第一話 新たな国-6
「え? じゃあ、貴方も竜なんですか?」
驚きの声を上げたのは二三一だが、エテュセも同じ様に驚いていた。
正直なところを言いづらそうにしていたエテュセ達に対し、黒髪の男性が先に自身の正体を明かしてきたのだ。
彼の名はアリアドリ。どう見ても人間の男性にしか見えないが、実は竜の谷の住人であり、その正体は竜だという。
「竜の大半はこうやって人の姿に変化する事が出来ますよ。ワザと角や顔をそのままにして、竜である事をアピールする者いるくらいです」
「あ、竜人と言うヤツですね。聞いた事があります」
「竜にはプライドが高い者が多いですからね。あえて自分が竜であると言う事を相手に知らしめる者も、少なくはないでしょう」
黒髪の男性アリアドリは、苦笑い気味に言う。
「竜って目立ちたがりなの?」
エテュセが尋ねると、アリアドリは首を傾げる。
「目立ちたい、とはちょっと違うのですよ。ただ、竜というモノはやはり特別視されている事が多いですから、竜の側も特別であろうとするのです」
アリアドリの言葉に、エテュセは小さく頷く。
竜のあり方というより、このアリアドリという男に興味が湧いてきたのだ。
一見人当たりの良い黒髪の男性ではあるが、露骨に何か演じている雰囲気がある。
それが人の姿をしている時に人を演じているのか、何か違うことを隠そうとしているのかは、今のところ分からない。
おそらくそれが分かるほど表に出す事は、この男に関しては無いだろう。
竜の知能の高さはあらゆる文献でも確認される事ではあるが、エテュセにとって人を演じるという知能は方向性が違うが、想像以上に知能が高い。
極端な例えではあるが、エテュセは竜というモノを独自の文化を築いた喋る爬虫類だと、その程度に思っていた。
なので、最優先に要求してくるのは餌場の確保であり、あの村という餌場を認める事で有利な条件で同盟の話に持っていけるかと思っていたが、とんだ計算違いだ。
より高度な知識と知能を持っている。
「貴女方が西の世界の果てから来られたという事は、黒衣の方がエテュセさんですね?」
「え? あの、どこかでお会いした事がありましたっけ?」
エテュセが驚くのを、アリアドリと二三一は苦笑いする。
「種明かしすると、すごく簡単ですよ」
「え? え?」
「うわ、この人、ホントに気付いてないよ」
二三一も呆れた様に言う。
「エテュセ、あんたは自分が思っている以上に有名なんだよ。俺達だけじゃなくて、もう黒衣で金色の目の魔術師の少女って言ったらエテュセ、と言うくらい有名だぞ?」
「そうですね。私もそう言う評判を聞いていたので、貴女がエテュセさんだと予想したんですよ」
アリアドリは爽やかな笑顔で答える。
「ですが、もっと見るからに怖い方かと思っていました」
「いやいや、見るからに怖い方でしょう」
アリアドリの言葉に二三一は、すぐに訂正する様に言う。
エテュセの評判を本人は全く気にしていないが、実は西の諸国では桁外れの知名度である。
何しろ現代に蘇った『ナインテイルの厄災』とまで呼ばれ、彼女が訪れると言う事はその国の存続に直接関わってくるので、余計に尾びれ背びれが付いて回る。
「具体的にどう言われてるの、私って」
「私が聞いたのは、竜でさえ一捻りに出来る魔術師で、見た目には可憐な少女であっても真の姿は『ナインテイル』の妖獣である、とか」
「いや、俺は少なくとも『可憐な少女』と言う評判は聞いた事が無い」
「おい、身内。そこは流してもイイんじゃないの?」
エテュセがツッコミを入れるが、二三一は聞こえない振りをしている。
「エテュセさんは基本的に地元民や単独で行動しているそうですが、貴方は地元民では無さそうですね」
「まあ、エテュセについていけるのは、本当に限られた人だけですからね。俺はエテュセの足を引っ張る為に一緒に行動してます、二三一と申します」
「にさんいち? 珍しい名前ですね」
「番号ですよ。色々あって、番号を名乗ってるんです」
二三一は正直に言っているのだが、事情を知らないアリアドリは複雑な笑顔を浮かべて、首を傾げている。
「ところで、本当の目的はなんですか? エテュセさんと言えば、西で最強の魔術師とさえ言われるお方。二三一さんも、そのエテュセさんと行動を共にするほどのお方であれば、ただの竜見物では無いのでしょう?」
「いや、竜を見たいと言うのは本当ですよ」
二三一がアリアドリに言う。
その言葉の通り、エテュセと二三一の目的の一つに竜見物はあった。同盟の話の前に竜が本当にいる事を確認する必要があり、ちょっと期待していた。
アリアドリが竜ですよと言われても、違う、これじゃない感は物凄く感じるが、独特の迫力はあるので信じてしまう。
「アリアドリさん、竜の姿って見せてもらえないんですか?」
エテュセがそう言うと、アリアドリは苦笑いしながら頭を掻く。
「エテュセさんは、今この場で全裸になれますか?」
「うん。全然なれるよ。脱ぐ?」
「あー、アリアドリさん。エテュセはちょっと一般常識とかけ離れてるんで。竜の姿になると言うのはそう言う事なんですね?」
「ちょっと違いますが、私達竜にとって、人の姿で暮らしている者は真の姿を晒すのは抵抗があるんですよ」
アリアドリは本当に竜の姿を晒すのが嫌そうだったので、エテュセも二三一もアリアドリに無理強いする事はしなかった。
その必要も無かったと言った方が正しい。
「うおーぃ! 二三一、見てよ! 飛んでる! めっちゃデカいのが飛んでる!」
「興奮するなよ、見えてるから」
二三一の腕を取って、子供のようにはしゃぐエテュセを見て、アリアドリはやはり複雑そうな笑顔を浮かべる。
まだかなり遠いのだが、鳥にしては大き過ぎるし、シルエットもあまりにも違い過ぎる。
竜。
雄大に空を舞うその姿は、翼手竜ケヴィンと比べても大きさも迫力も違う。
遠くを飛ぶ竜の一体がこちらに気付いた様で、こちらへ近付いて来る。
「アリアドリ様、お帰りなさい」
翼手竜ケヴィンの数倍はありそうな巨体。肉厚なトカゲに翼を生やし、その迫力を十倍したような生物でありながら、女性の澄んだ声で話しかけてくる。
「ええ、ただいま戻りました。こちらのお二方はお客様です。女王はいらっしゃいますか?」
「はい。姫様と一緒ですよ」
「姫がいらっしゃいますか。ちょっと揉めそうですね」
女性の声で話す竜に、アリアドリは柔らかく言う。
「姫? こちらの竜じゃなくて?」
エテュセが女性の声の竜の方を見て尋ねると、アリアドリは首を振る。
「姫はまったく別者ですよ。そもそも竜でさえありませんからね」
「え?」
エテュセと二三一は同時に驚く。
「アリアドリ様、何ですか、ソレは」
「失礼な事を言ってはいけませんよ。このお二人は、西の果てのメルディス女王の使者なのですから」
「メルディス……? ああ、あの」
女性の声の竜は値踏みする様に、エテュセと二三一を見る。
緑が強い色合いの鱗のせいか、やはりトカゲの様な印象を受けるのだが、その目は爬虫類と言うよりは人のそれに近く、感情が見て取れる。
それは蔑みの目だった。
無理もない、とエテュセは思う。
空を舞う雄大な姿、刃物を通さない硬い鱗、鉄の楯や鎧では防ぐ事の出来ない爪や牙、生物を一瞬で炭化させる炎の息を持つ、史上最強の生物である竜。
その生物から見ると、いかに脅威的な二つ名を持つエテュセと言っても、所詮は亜人。
自身と比べようとも思わない、取るに足らない生物と見ても不思議じゃない。
ほとんどの人が言葉を喋るアマガエルやカブトムシなどを、自分と重ね合わせる様な事も無く、まして客として迎えると言われても蔑みか好奇の目しか向けないはずだ。
女性の声の竜の目付きは、ごく自然なモノだ。
それと同じ様に、竜がヒトをどの様に見ているのかが分かる。
「使者を女王の元へ案内しますので、失礼の無い様にして下さい」
「アリアドリ様がそう言うのなら。では、何か御用がお有りなら呼んで下さい」
「ええ、その時には協力を要請します」
アリアドリがそう言うと、女性の声の竜はどこかへ飛び去っていく。
「竜だったな、エテュセ」
「ええ、竜だった。私、生竜見たの初めて」
「俺もだけど、生竜って言う言い方はどうなんだ?」
「だって、生の竜だよ? 思ってたよりデカいし、迫力あるね」
「ああ、迫力あるな。実際に竜騎士を兵団レベルで率いる様な国は無いけど、物語とかに出てくる竜騎士団って、凄く怖いよな」
「うん。でも、竜に乗る騎士って、ぶっちゃけ騎士要らないよね。竜がすでに超強い訳だし、あんなデカい竜に乗って使える武器とか無いし」
「まあ、そうかな。槍とかでも、相当な長槍じゃないと届かないし、そんな長い槍って振り回すのも大変だしな」
エテュセと二三一は、飛び去った竜を見ながらお互いに感想を言い合っている。
「アリアドリさんに聞きたいんですけど」
二三一がアリアドリに言う。
「はい、何でしょうか」
「今の竜の方は、大きさ的には大きい方になるんですか? それとも小さい方になるんですか?」
「そうですね、特別大型、と言う訳ではありませんよ。平均的な大きさだと言えますね」
「あれで、ですか? 家なんて簡単に潰せそうですけど」
「竜と言うのは大きな生き物ですからね。最大級の竜は山の様な大きさと言われていますから。ただ、この谷にはそこまで大きなモノはいませんが」
「この谷には竜はどれくらいいるんです?」
「多くはないですよ。三十体もいないです」
アリアドリは笑顔で答える。
それは確かに考えられる数ではあるし、エテュセとしても想定内ではあった。
はずだった。
竜の大きさも想定内だったはずだが、実際に竜の大きさや迫力を目の当たりにしたら、イメージが大きく変わった。
翼手竜ケヴィンも騎獣、馬などと比べるとはるかに大きい。その翼手竜の数倍はありそうな巨体が三十体。
(これは敵対したくないわね)
大きさなどを考えると文献と変わらないと思えたが、だとすると強靭な顎や強固な鱗も備えていると思った方がいい。
そんな生き物が三十体。しかも極めて高い知能を有しているので、猛獣を駆除するのとは訳が違う。
幸いと言ってはなんだが、アリアドリと言う男は話が通じる様子がある。
二三一の様な戦士であった場合はかなり厳しい事になるが、どちらかといえばエテュセと同じ様な政治家気質に見える。
しっかりと利益や見返りの話をすれば理解出来るだろうし、こちらの味方をしてくれるのではないかと思えた。
もちろん、そうならなかった時には最大の障害になるのも、このアリアドリだろう。
「女王って、やっぱり竜の姿なんですか?」
エテュセが尋ねると、アリアドリは僅かに首を傾げる。
「竜の姿、と言う概念はヒトがそう思っているだけで、私のこの姿もヒトに寄せたモノと言うより、私なりの竜の姿でもあるのですよ?」
「どう言う事?」
「私や女王など、執務がある立場にとっては一般的に言われる竜の姿よりこの姿の方が都合や効率が良いのですが、そう思っていると自然とできるようになっていました。これが日常の私で、貴女の言う竜の姿と言うのは戦闘用と言うワケです。鞘に入れていても、抜いていても剣、と言うワケですよ」
「なるほど。なんとなく分かりました」
「なんとなく、ですか」
知恵者として名を馳せるエテュセの反応に、アリアドリは苦笑いしている。
「エテュセ、お前、女王に失礼な事言うなよ?」
「言わないわよ、失礼な」
二三一に釘を刺されて、エテュセはむくれる。
挑発と言うのは扱いが非常に難しいが、効果の高い外交手段でもある。上手く扱えないと効果が無いどころか逆効果な手段ではあるが、エテュセは選択肢の一つとして残していた。
あえて気位の高い竜を挑発して本心を話させる、と考えていた事は事実だが、さすがに本物の竜を目の当たりにして、それが想像以上であったのだから軌道修正は当然である。
二三一がわざわざ釘を刺してきたと言う事は、彼はエテュセならやりかねないと思っていたのだろう。
いくらなんでも、そこまで自信過剰ではない。
それだけに友好関係を結ぶ事が出来れば、見返りも大きい。
アリアドリと二三一は、日常会話で盛り上がっている。
政治家の雰囲気の強いアリアドリだが、二三一とは戦士の会話を楽しんでいた。もっぱら武器の優劣について、である。
「竜でも武器って使うモノなんですか?」
「もちろんです。戦闘用で竜の姿になると、使えるサイズの武器はなくなりますが、この姿の時には武器は有効です。特に槍や弓を好みますね」
「へえ。てっきり腕力を活かせる斧や槌を好むかと思ってました」
「いえいえ、腕力に頼るのであればツメで十分ですからね。それより先手を取れる長柄の武器や飛び道具の方が、私達にとっても使う上では有効です。使われる分にはそうでもないですけど」
アリアドリが言うには、余程の熟練者でも無い限りヒトの姿であっても表皮の下の鱗で止められると言う。
急所はヒトも竜も変わらず、特に目は最大の弱点と言う事もアリアドリは話した。
が、瞼の強度がヒトのそれとは桁外れの硬度なので、狙われたところで、特に弓矢などで傷付けるのはほぼ不可能らしい。
つまりアリアドリはこう言っているのだ。
弱点を教えたところで、戦っても勝目が無いと。




