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生命の花 改訂版  作者: 元精肉鮮魚店
第二章 竜の谷

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第一話 新たな国-2

「二人旅、か。私、単独行動ばっかりだったから、こういうの初めてかも」

「俺は基本的に集団行動が多かったな。二人旅みたいな、少数で行動するのはある意味では初めてかな」

 エテュセと二三一はそんな事を話しながら、竜の谷を目指していた。

 西の大地はこの二年で、大きく情勢が変わっていた。

 二年前、メルディスを中心とした亜人収容所の反乱により、迫害され続けてきた亜人達の勢力が一気に大きくなったのだ。

 メルディスを女王として、壁の向こうと協力し合う新興国となって小国を併呑しながら勢力を伸ばしていく亜人の国の他、いくつかの力を持った亜人の集団が表に出てきた。

 その半数はメルディス傘下に下り各地で統治を行っているが、あくまでも人間との共存を掲げるメルディスと敵対する亜人の集団も、少なくない。

 彼らの恨みが水に流せるモノでは無い事は、収容所で暮らしていたメルディスにもエテュセにもよく分かる。

 しかし、そうやって呪いを蔓延させる行為をメルディスは良しとせず、メルディスの統治領内で不必要ないがみ合いは罰則を与えられている。

 それは人間でも亜人でも等しく罰せられるので、多くの人間からも亜人からも支持される事になっているが、少数の人間には亜人贔屓に見えるし、少数の亜人からは人間に媚を売っている様に見えるらしい。

 あまりにも度が過ぎるとエテュセが出てくるので、ある程度以上の騒ぎにはならなくなってきている。

 治安も、大きな街であれば格段に良くなったが、その分街道から離れた所の小さな町や村にはしわ寄せの様に、野盗やならず者が集まるようになった。

 エテュセと二三一が目指す竜の谷は、まさにそう言う所に足を踏み入れる事になる。

「私としては、普通に街で暮らすよりしっくり来るけどね」

 エテュセは平然と言う。

 彼女は収容所に入れられるまで、路上で流浪の生活を送っていた。生活水準の低い亜人の中でも、エテュセほどその日暮らしに終始していた亜人はいなかったほどだ。

 人並みの生活を送れる様になったのは、亜人収容所の反乱と呼ばれる戦いの前後くらいから、と言う事は収容所の頃からエテュセを知っている人物達くらいしか知らない。

「俺はあんまり好きじゃないな。こっちは普通に話してるのに、何か被害妄想が過ぎると言うか、卑屈になってる連中が多いだろ? 正直、住む所がどうとか言う以前に自分が何をして来たかが大事って言う事が、意外と分かってない連中が多いんだよな」

 二三一は苦笑いしながら言う。

 二三一にしてもエテュセにしても、収容所に入れられた時にも入れられる前も、野盗やならず者と比べても、マシだと言える生活をしていた訳では無い。

 場合によっては、ならず者達よりも劣悪な環境で生き延びてきたと言える。

 エテュセとしては、ならず者や野盗に身をやつした者の気持ちは分からないでは無いが、戦士である二三一は気に入らないらしい。

 実際にエテュセと二三一が野盗に絡まれた事が数回あったが、相手があまりにも悪すぎた。実際に剣を交えるまでもなくあしらう事は出来たが、二三一としてはそれも不満だったようだ。

「武器を持つって事は、命を奪う反面、自分の命も同じく天秤に乗せているんだ。その最低限の覚悟も持たない者が、脅しとして持ち歩いている事が許せないんだよ」

「ま、武器ってのは相手を傷付けるモノだからね。ソレに意味を求める事が、そもそもおかしい事だと、私なんかは思うんだけど」

 エテュセは二三一に言う。

「誰かを守る為に武器を持つ、とか聞いた事があるし、実際本でそんな事を読んだ事があるけど、それってどうなの? 武器を持って誰かを守るって事は、それ以外を傷付けて、場合によっては敵対するモノの命を奪うって事でしょ? それで守るって、どんだけ呪いを引き受けられるかって事じゃないの?」

「うーん、ちょっと違うと思う。武器を持って大切なモノを守るって言う事は、究極のところは戦う事さえしなくても良い様に、と言うのが理想なんだよ。最強の戦士ってのは戦わない者って事さ」

「意味が分からないんだけど?」

「概念とか理想論を出ないけど、最強の戦士ってのはさ、相手に戦う事さえ許さない、戦う意思さえ奪う存在だと思うんだ。エテュセの言う所は、まあ、当然持っておくべき覚悟でもあるんだけど」

「なるほど。私がゴールだと思ってたところは、まだ折り返し地点ですら無かった訳ね」

「守る、と一言で言っても色々な形や方法があるからね。メルディス女王みたいに、慈悲と善政で生活を守る事で大勢を守る方法もあれば、エテュセみたいに一身に呪いを引き受けて人々を守る方法もある。一概に正解だとか、否定されるべきとか、そういう事を決め付けるべきじゃないんだよ」

「ふーん、やっぱりよく分からないわね」

 エテュセは腕を組んで首を傾げている。

「そんなモノだと思うよ? 俺からすれば、結果さえ得られれば手段を問わないって言うエテュセの合理主義は、どうしても肌に合わない事も多いし」

 基本的に、エテュセは常識の範疇を軽く逸脱している戦闘能力を持っているので、彼女に対して真っ向から反対意見を言える人物は少ない。

 特に親しい少数で話している時ならともかく、普段のメルディスは女王と言う立場上、議論を戦わせる場での発言は控えている。女王の発言には決定権があると言う事を、メルディスはよくわかっているのだ。

 なので、エテュセに対して反対意見を言うのは二三一である事が多い。

 見た目にそぐわぬ常識と良識を持ち、見た目通りの豪胆さでエテュセと論戦を行う二三一は、メルディス女王の元で、元収容所職員であるスパードと並ぶ将軍振りを見せている。

 集団戦における統率能力にでも、守勢に回ればスパードさえも上回る堅牢な戦い方の出来る二三一は、守りの要と言っていい。

 攻めの要にはエテュセという別格の存在があるのでどうしても地味になるが、基本的に最前線にいるエテュセと違って、本国の守備として治安を守る二三一の方が本国では評価が高いほどだ。

 その守備の要を表に出すくらいだから、今回の事がいかに重要かという事もわかる。

「ところで二三一は、竜って見た事ある?」

「エテュセの連れてるケヴィンしか見た事無いよ。ぶっちゃけ、竜って架空の生物だと思ってた」

「まあ、そうよね。収容所の近くまで竜が来る事ないもんね。寒いの苦手なのかな?」

 エテュセは歩きながら地図を見る。

 世界地図の北西端にかつての収容所があり、現在のメルディス女王の居城がある。今エテュセ達は道なりに南東へ移動している。

 もう少し東へ移動した辺りから北上すると、目的地である竜の谷に近付く。

 ここまでの移動も全て徒歩、という訳ではなく、主な街道を移動する時には馬車や馬を使って移動しているにも関わらず、一ヶ月近くかかっている。

「まあ、確かにこの辺りまで来るとだいぶ暖かいね。エテュセ、その格好だと暑くないの?」

「私、暑いのには強いからね」

「よく凍死しなかったよね」

「うん。それは私も思う」

 エテュセ自身も思っている事なので、素直に頷く。

 本人の生命力の高さもあるだろうが、それに関して言えば運も良かったのかもしれない。

「二三一って、収容所に入れられるまではどんな生活してたの?」

「俺? 俺も大体他の皆と一緒で、逃亡生活してたよ? でも、デカい俺は逃げるのに不利だったみたいで、結構早めに収容所に入れられたから、逃亡生活より収容所生活の方が長かったかもしれない」

 二三一は軽く言う。

 正義感の強い二三一の事だから、他の亜人を逃がすためにあえて捕まった事は十分過ぎるほど考えられるし、それを自慢げに話すような男ではない事も、エテュセは知っている。

 彼は本当に、デカい自分は逃げるのに不利だから早くに捕まった、と思っているのだろう。

 これまでの立場の違いもあって、エテュセと二三一はあまりお互いの事を知らなかったのだが、お互いの過去の話をしても大して盛り上がらないと言う事は分かった。

 同じ様に、収容所でもエテュセは居残り組、二三一は強制労働組と立場は違うのだが、その話をしても大して盛り上がる事は無かった。

「そういえば、エテュセは飲み込んだ国の全てをメルディス様に任せてないよな? 自治を認めているところも少なくないみたいだけど、それってどんな基準で選んでるんだ?」

「好み」

 エテュセは平然と言う。

「いやいや、絶対そんな事で選んでないだろ? 何か基準があるんだろ?」

「基準ねえ。でも、そんな難しい事はやってないし、考えてないよ? 私って外交とかでその国訪れる訳じゃないでしょ? だからまずは一般人として入るわけよ。で、現地で情報収集して、善し悪しを見聞きするの。で、正体がバレる頃には判断出来るくらいの情報が集まっているから、代表者と話し合いになるのよね。で、その対応とメルディスの前での態度の違いとかで判断してるわね」

「軽く言うけど、意外と厳しいよな、ソレ」

 二三一は苦笑いしながら言う。

「そうでもないわよ。実際メルディスが支配力を発揮してるところなんて、今の国土の三分の一も無いでしょ?」

 エテュセは地図を見ながら言う。

 収容所跡地から始まったメルディス女王を中心とする国は、自治領まで含めると西の大地の三分の二近くになるが、実際にメルディスが接収してその領地の領主を任命した支配地はかなり少ない。

 エテュセの強引な併呑法にも問題はあるのかもしれないが、その徹底した恐怖の印象が強いため反乱なども今は起こされていない。

「まあ、二年くらいで反乱を起こされたらたまらないよな」

 二三一が言うと、エテュセは首を振る。

「正直に言うと、私達は力で支配権を奪っている反乱軍だからね。自らが暴力で権力を奪ってそれを良しとする事を見せている以上、それを形だけ真似する奴はいつ出てきてもおかしくないわよ」

「俺達は権力欲しさに戦った訳じゃないだろう?」

 二三一はエテュセに抗議する。

 収容所の戦いは、言うなれば自由を得る為の、自分たちの明日の為の戦いだった。虐げられ、生殺与奪を相手に一方的に握られている立場から対等な立場になる為の、希望を賭けた戦いだった。

 その為に二三一は収容所の亜人を率いて、最前線に立った。

 エテュセも歴史上最悪の妖獣『ナインテイル』の異名を受ける事を覚悟して、あえて戦場を血に染めた。

 そこに権力欲は無く、より誇り高い戦いだったと言うのが二三一の主張だった。

 おそらく、あの戦いに参加した亜人のほとんど全てが、同じ事を言うだろう。

「でも、私達が何を思って行動したかと言うより、その結果私達が何を得たか、それを周りの、特に人間の権力者がどう感じたかと言う方が大事なのよ、この場合。気に入らない事があったら、暴力でそれを奪って塗り替えればいい。そう考えるのは、何も特別歪んだり穿った見方じゃないからね」

 熱くなる二三一に対し、エテュセは極めて冷静に言う。

 そこにどれほど誇り高い理念があり、それによって救われた人物がどれほどいたとしても、端的に言ってしまえば、エテュセと言う暴力で周囲を脅迫して黙らせたと言うのは、真実でもある。

 虐げられた亜人としては、当然得るべき平等な人権を得る為の戦いだったとしても、これまで支配してきた人間から見れば、不当な暴力を受けた被害者なのだ。

「戦士のあんたには分かりにくいかもしれないけど、それが当然手に入っていたモノであれば、それが理不尽かどうかは考えないモノよ。例えば、強制労働させられていた亜人側からすると理不尽な扱いを受けていたから、翌日から改善を訴えてサボタージュしたとするでしょ? でもその現場監督としては、これまでは真面目に働いていた亜人が突然わがままを言い出して仕事しなくなった、と思うわけよ。そうすると、その現場監督は被害者になるわけよね?」

「納得いかないな」

「そんなモンよ。で、私達は話し合いではなく暴力に出た。暴力で得た権力なんだから、暴力で失う事に文句は言えないわ。だから、反乱の可能性は常に目を光らせる必要があるのよ」

「ああ、そこは納得出来る」

 二三一は頷く。

「そう言う意味でなら、クデベルが一番怪しくないか?」

「メルディスの力が弱まったりしたら、真っ先に牙を向くでしょうね」

 二三一の言葉に、エテュセは答える。

 収容所跡地からも比較的近い所にある小国クデベルは、最初にメルディスの庇護を求めてきた国である。

 エテュセは収容所の反乱の中で、クデベル兵はもちろん、騎士も一人死に至らしめている。実際に手を下したのはエテュセではなかったものの、それはたまたまエテュセでは無かっただけで、エテュセが殺していても何も不思議ではなかった。

 それでも、クデベルの若き王はメルディスの庇護を求め、全面降伏してきた。

 実際に戦場でエテュセの脅威を目の当たりにしたと言う事と、貧しい小国と言う事もあったが、クデベル王の時勢を読む目の鋭さでもあった。

 その処世術が、二三一などの目には軟弱かつ狡猾に見えるのだろう。

 そう言う側面が無いとは言わないが、クデベルの若き王はその不評を背負う事で、自国を守ったのだ。

 それは、批難される事と同等の評価を受けるべきである。

 後から知った事ではあるが、クデベル王の決断には圧倒的大多数が反対したという。

 それに対してクデベル王は、反対する者、特に兵権を持つ者達に、

「止めたいのであれば今この場でクーデターを起こし、王を殺してでも止めて見せろ」

 と恫喝したという。

 クデベルの軍事力などたかが知れているとはいえ、よほどの超人や例外でもない限り、一国の軍事力で一個人を討つ事は容易い。

 それでも結局王を討つ事はできず、その時反対していた人物たちの半数以上はクデベルを去った。

 その結果、大幅に弱体化したはずのクデベルは今でも地図にその名を残し、その時去った者はの中には、別の戦場でエテュセによって討たれている者もいた。

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