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生命の花 改訂版  作者: 元精肉鮮魚店
第二章 竜の谷

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第一話 新たな国-1

第一話 新たな国


「私は徒らに命を奪うつもりはない。降伏し、我が女王に忠誠を誓うのであれば、それでいい。ただし、貴様らが今なお踏みにじる事に喜びを見出し、貴様らがまだそれを認めず血を望むと言うのなら、容赦はしない。答えを聞こう」

 黒いマントと同色のとんがり帽子を被った小柄な少女は、千人近い兵の集団に向かって、それでも恐れる事無く堂々と言う。

 小柄な少女の後ろには貧相な装備の亜人達が百名前後、不安の面持ちで彼女を見ている。

「貴様か、亜人を率いて人間に歯向かう不届き者と言うのは。たかが魔術の才に恵まれたからと言って、何を過信する。亜人如きの魔術が我らに通用すると思うか」

 真紅の鎧に身を包む馬上の騎士が、槍を少女に向けて言う。

「命を奪うつもりはない? 命だけは奪わないで下さいの間違いではないか?」

 真紅の騎士がそう言うと、大部隊から笑い声が起きる。

「あんた達、評判悪いわよ? その大層なナリのために、どれだけ搾取してきたの? 野盗から守る? 亜人や魔物を蹴散らす? 悪いけど、見た目をどんなに飾っても、実力はついて来ないわよ?」

 小柄な少女はため息混じりに呆れて言うと、腰に手を当てて首を振る。

「できるだけ穏便に、って言われてるけど、こう言う奴らを残しても何の役にも立ちそうに無いわね。今なら勘弁してあげるから、さっさと逃げなさい」

 少女は左手に銀色の柄を持ち、右手で騎士団に向かって追い払う様な仕草をする。

「はっはっは、大した度胸」

 真紅の騎士は最後まで笑い飛ばす事は出来なかった。

 何しろ本人が言葉の途中で、上空へ放り投げられたのだ。

 真紅の騎士はそのまま真紅の弾丸となって、騎士団の陣形の中央に落下する。

 とても自由落下によるものとは思えない勢いで落下した真紅の騎士は、小型のクレーターを作り、その中心で元が人だったとは思えない塊に変わっていた。

「もう一度だけ問う。武器を捨て、命乞いをしろ。そうしたら、その命だけは助けてやる。それが嫌なら今すぐに逃げ出せ。追う事はしない。私に敵意を向けるのであれば、同じ末路を辿る事を覚悟しろ」

 少女は顔を上げて騎士団を睨む。

 黒づくめの装束に身を包む魔術師風の小柄な少女。だが、その瞳だけは金色の輝きを見せ、見る者に恐怖を植え付け、狂気を伝染させる。

 その風貌は、この地域では二人といない死神の様相。

 最凶の妖獣『ナインテイル』、歴史上最悪の厄災とされる『不死王』にさえ例えられる金眼の魔術師。

「まさか、エテュセと言うのは貴様か」

 騎士の一人が少女に向けて問う。

「私が誰であるかは、さほど大きな問題じゃないわ。今お前達が本気で考えないといけないのは、自分の命の危険の方よ」

 彼女はそう言うと、左手に持つ銀の柄を振る。

 その瞬間に巨大な九つの尾を思わせる発輝色の鞭が暴れだす。

「選べ。自分の生き方だろう?」


 今、世界は混乱の中にある。

 この世界は東西南北にそれぞれ区分けされ、それを中央都が統括していたと言われていた。

 事実、世界地図を見る限りでは西と北の地の間には険しい岩山があり、西と南の間には広大な不毛の砂漠が行く手を阻む。同じ様に東から北へは大地の亀裂が走り、東から南へも人の手が入る事を許さない密林が遮っていた。

 しかし、それもこの数年で大きく様変わりしている。

 東の小国だったフラウロスが東の国を一つにまとめ、中央都レイギルへ攻め込み戦争状態に入った。

 南では、フリースとムーシェルランスと言う国が争っている。

 北のセラは我関せずを貫き、争いに参加することも仲裁することもしない。

 そして、西の大地でも大きく勢力図が変わりつつあった。


 元々西の大地は迷信深く、『不死王』の伝説も研究されていた。

 その研究の結果、『不死王』と亜人には密接な関わりがあると発表されてから、西の大地では亜人狩りが日常的に行われるようになり、亜人種に対する迫害も横行する様になった。

 世界地図の西北端にある『世界を分断する壁』近くに建てられた、亜人収容所。その立地条件も、亜人の隔離と言うのが最大の目的だった。

 この地域の亜人はその収容所にかき集められ、ある者達は労働力として使い捨てられ、ある者は奴隷として売られていく。

 それが西での半ば常識だった。

 その常識を覆し、蔑まれる亜人をまとめ、世界を分断する壁さえも破壊して立ち上がったのが、女王メルディスを中心とした亜人の集団であり、その集団の中で女王メルディスに次ぐ権限を与えられたのが、小柄な黒衣の魔術師。

 驚異的な戦闘能力と、苛烈な裁断。

 敵対する者を血の海に沈め、一切の容赦をかけず殲滅していく。一方、早期降伏した者達は手厚く歓迎して、自治を認めている。

 その恐怖から『ナインテイル』と呼ばれ、高い統治能力故に『生命の花』とも呼ばれる金眼の少女。

 実在を確認されない架空の花の名前を持つ、彼女の名はエテュセ。

 女王の剣としてその手を血に染める事も躊躇わない、『鬼才』とさえ呼ばれる人物でもある。


「で、今度は何をやらかしたのよ」

 そんなエテュセを睨みつけているのが、女王メルディスである。

 蒼くも見える銀色の髪の美女で、大きく先が尖った耳が特徴の亜人で、本来は花も恥じらう美貌の持ち主なのだが、今は非常に険しい表情になっていた。

「女王様、エテュセに何言っても無駄ですよ」

 呆れながら苦笑いするのは、実質的な軍権を任せられている大男の二三一。

 他の者と違い、彼は収容所時代の番号を名乗り続けている。

 本人には名乗る名前はあるはずだが、彼には彼の譲れないところがあるらしく、未だ本名を名乗ろうとはしない。

 女王メルディスにとって、エテュセと二三一は武の両翼と言える。

 実質的な機動戦力はエテュセであり、守備隊を率いているのが二三一である。

「何もやらかしてないわよ、失礼ね。もう二年も経つのに、未だに亜人がどうだとか人間がなんだとか言ってる事が驚きよ」

 エテュセは呆れながら言う。

「たった二年で何が変わるんだよ。結果を焦るとロクな事にならないぞ」

 エテュセに対して、二三一は言う。

「人の恨みや呪いはそう簡単には解けはしない。それは誰よりもお前がよく知っているだろう、エテュセ」

「不健全よね。もっと前向きにならないと」

「それを貴女が言うの?」

 一人表情の険しいメルディスが、エテュセに言う。

「どうしたの、メルディス。機嫌悪いみたいだけど」

「機嫌も悪くなるわよ。まったく、貴女が帰ってくるとシェルが怒ってばっかりいるけど、その気持ちもわからなくはないわ」

「ん? 私、わかんない。二三一、どう言う事?」

「血生臭い話はしたくないって事さ」

 二三一は驚く程要約して言う。

 エテュセが帰ってくるタイミングは、ある意味では凱旋と言える。

 小国が集まっている西の大地なので、エテュセが帰ってきたと言う事は国の一つを併呑したと言う事である。

 そしてエテュセが帰ってくると、その国の代表者もメルディスに謁見に来る事が多いのだが、ほとんどの場合は恐怖に支配され、メルディスの前に来た時に意識を失う者も、今となってはそう珍しくもない。

 また、メルディスとしては寛大な処置処遇をするつもりでいるのだが、相手からうんざりする程命乞いをされるのも、すでにいつもの事になりつつある。

 もっとも、その落差があるためにメルディスは慈悲深き女王として、降伏した者達さえも感服していると言う自覚はある。

 が、精神的な疲弊は慣れるモノではない。

「もうちょっと穏便にやれないモノなの?」

「やってるわよ。向こうが血を求めてくるんだから、しょうがないじゃない」

 メルディスに対して、エテュセは頬を膨らませていう。

 こう言う仕草をすると、メルディスもエテュセもまだ世間一般では少女と言える歳なのだと分かる。

 メルディス女王の周りを固める亜人の大半は、収容所に収容されていた亜人であり、収容されていた亜人のほとんどが、年若い少年少女であった。

「貴女の降伏勧告って、アレでしょ? 命が惜しければ財産を差し出せ、とかそんな感じで言ってるんじゃないの?」

「あー、それ、いかにもエテュセっぽい」

 メルディスの言葉に、二三一が腕を組んで大きく頷いている。

「いやいや、そんな事は言ってないって」

「でも近い事は言ってるだろ?」

 二三一に言われ、エテュセはすぐには否定できなかった。

「エテュセって、本人が思ってるより怖いんだぜ? 俺だってあんたから脅されたら、心臓止まるかと思うからな」

「あんたに凄まれた方が怖いでしょ? 物理的に」

 エテュセは抗議するが、二三一は苦笑いして首を振る。

「戦う前はそうかもしれないけど、一度でも戦場で戦ったら、俺の千倍はエテュセの方が怖いって。俺には勝てても、エテュセには勝てないよ」

「とにかく、貴女は相手を怖がらせ過ぎ。ちょっとは自重しなさい」

 メルディスに念を押され、エテュセはそれを受け入れるしか無かった。

 と言っても最前線に出るのはエテュセであり、そこにメルディスはいない。また、いざ戦闘が始まると徹底的な恐怖で相手の士気を挫く事が、被害を抑えるためには有効な事でもある。

 メルディスには悪いが、亜人の国の為にも、またメルディス本人の為にも、その精神的疲労は受け入れてもらう事になる。

「ところでメルディス、ちょっと地図を見て欲しいんだけど」

「何よ、また厄介事なの? そろそろ帰ってきて内政に専念して欲しいんだけど」

「まあまあ。それも込みの話よ」

 エテュセはそう言うと、テーブルの上に地図を広げる。

 特に秘密会議という訳では無いが、エテュセが帰ってきてメルディスと会う場合、エテュセ、メルディス、二三一の三人で話す事が多い。

 敵味方に恐れられているエテュセだが、メルディス女王に対しては絶対の忠誠を誓っている事は広く知られているところなので、エテュセが近くにいる時はどんな状況より女王の安全は確保されていると思われている。

 と言うより、それを口実に他の者達がエテュセを避けている、と言うのが正直なところである。

 本来なら、女王の親衛隊長を自任している獣人の少女シェルは同席するべきなのだが、その代わりに二三一が話を聞いている状況だ。

「この地図を見る限り、西の大地と中央都を結ぶ所。西の大地の入口の街があるでしょ? ここが多分行動限界値になると思うから、ここを最前線にして私が駐屯しようと思ってるんだけど、どう?」

「へえ、エテュセの事だから世界征服とか言い出すのかと思ってたけど、案外現実的なんだな」

 二三一は、本気で驚いていた。

「あんた、私を悪の大魔王か何かにするつもりなの?」

「いや、だってほら、『ナインテイル』と呼ばれてる以上は同等の厄災を、とか考えそうじゃないか、エテュセって」

「あー、何か分かる」

 とメルディスも納得している。

「失礼な。私これでも天空の騎士と同等なのに。まあ、そんな事じゃないのよ、私が言いたいのは」

 エテュセはそう言うと、地図の一点を指差す。

「ここに竜の谷って言うのがあるらしいのよ。私が最前線の街に駐屯するとして、メルディス達はここで西を統括するにしても、最前線との間に竜って言う無視するにはいくら何でも大き過ぎる問題を残していいのかな、って思ってね」

「思うのは確かに俺も思うけど、エテュセ、まさか竜も人間と同じ様に恐怖で圧倒しようとか思ってる?」

「別に恐怖じゃなくてもいいわよ。要は竜が余計な事さえしなければ。単純に竜にも興味あるし」

 エテュセは一匹の翼手竜を使役しているが、翼手竜は竜の中では最下級であり、竜として数えられない事すらある。

 世界最強の生物とされる竜。

 それを見てみたいと言った少年が居た。

 エテュセにとって返しきれない恩をくれた、彼女の全てを形成してこの世を去った、優しい命の恩人。

 彼が竜を見たいと言った事が、エテュセの竜に対する興味に繋がったのは間違い無い。

「竜の谷の話は私も聞いたわ。実際に竜が住んでいて、時折人里に降りてきては尋常じゃない被害を出しているとか。確かに無視は出来ないわね」

 メルディスは頷く。

「ただ、竜は凄く高い知能を持っていると言われているから、出来る事なら友好関係を築ければ良いと思ってるけど」

「ほら二三一、夢見る女王様にツッコミ入れなくていいの?」

「いや、それはそれで現実的じゃないか?」

 呆れるエテュセに、二三一は真面目に答える。

「人の魔法技術や兵器の研究は進み続けているんだ。いずれ竜を圧倒する事になるかもしれない事は、竜にも分かっていると思うから、友好関係を築いて無意味な争いをする必要は無い事はわかってもらえると思うぞ?」

 二三一は見た目には厳つい大男なのだが、こう言う事にかけては理知的である。

「じゃ、その為の使者として、エテュセには竜の谷に行ってもらおうかな。でも、失敗は許されないから、お目付け役に二三一も行ってきて」

「はあ?」

 と、声を上げたのはエテュセである。

「守備の要の二三一をそんな前線に出してどうするの? ぶっちゃけ、シェルの親衛隊とかじゃまったく安心出来ないんだけど?」

「ああ、それなら大丈夫。シェルは物凄く腕を上げたから。俺とかスパードさんほどでは無いにしても、結構強くなったぞ」

「それに、私の守護より貴女を監視していた方が効率良さそうだし」

 メルディスの言葉に、エテュセはため息をついた。

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