第三話 終わりを待つ日々-8
「おお、ホントに私の足だ! 再生魔術って凄い!」
彼女はベッドの上で、右足を抱えて動かしながら驚いている。
「いえ、これだけの効果が未だに出てる事の方が凄いんですけど」
再生させたウェンディーの方が、自分の魔術の効果に驚いている。
彼女は収容所でルーディールに再生魔術を使って回復させてもらっていたそうだが、目の前で再生魔術を見たのは初めてである。
切断された足から組織が再生され、元に戻っていく様は目を疑う光景ではあったが、実際に足が元に戻っても信じられなかった。
数ヵ月振りの右足はどうにも奇妙な感じがあり、立ってみても違和感が多少あるが、義足替わりの杖の時と比べると利便性はやはり上である。
特に膝の関節によって、足の稼働範囲のお蔭で動きの制限が大幅に広がったのが大きい。
「おお、走れるよ、この足!」
「そりゃ走れるだろ、足だもんよ」
部屋の中を走って回る彼女に、サラーマが笑いながら言う。
「でも走るのは部屋の中ではやめといた方が良いですよ」
「ああ、ごめんなさい。走るの久し振りだったんで」
ウェンディーに苦笑いされて、彼女は大人しくなる。
「思いのほか早く済んだな。街行こうぜ、街」
「サラーマ、あんたは」
「でも、それも良いですね」
サラーマに助け舟を出したのは、イリーズだった。
「リハビリも兼ねて歩く事にしましょう。僕も付き合いますよ」
「え? 良いんですか?」
彼女は驚いてイリーズに言う。
「ええ、もちろん。ですが、杖は念のため持っておいた方が良いですね。足だってまだ戻ったばかりなんですから」
「さすがイリーズ。お前は分かってる。ウェンディーは過保護なんだよな」
「私はイリーズ様の事を心配しているんです。サラーマみたいに自分の興味だけで話しているんじゃないのよ」
「それが過保護だっていうんだよ」
「街まではどれくらいあるんですか?」
彼女はイリーズに尋ねる。
「さっきの洞窟より近いですよ。今から出れば、夜になる前につきます。そういえば街に興味があったんでしたね」
街と言うより別のものに興味があると言ったつもりだったが、イリーズの記憶からはそう言う物騒なところは消去されているらしい。
(とことん戦う事に向いてない人なんだろうな)
平和主義と言うより、戦う事という選択肢が頭の中に浮かばない様な性格なのだ。それはそれで、素晴らしい性格だとも思う。
彼が王となったら、それはさぞかし優しく、素晴らしい国になっていた事だろう。
もし不幸というものがあるのなら、本来王として君臨するべき彼の様な人格者が生まれつき呪いに苛まれ、壁の向こうでは俗物が幅をきかせている事である。
「亜人が迫害を受けていない事は聞きましたけど、街には亜人はいないとかですか?」
街へ行く事になって、移動しているところで彼女はイリーズに尋ねる。
「いえ、いますよ。街の人口の三分の一くらいは亜人種になるはずです」
「その亜人達は、戦争していた王族を悪く思ってたりしないんですか?」
「それはねーよ」
彼女の質問に答えたのはサラーマだった。
「むしろイリーズの先祖にあたる王族は、亜人達から感謝されてるくらいだよ。悪いのはイリーズじゃなくて、呪いを撒き散らした宮廷魔術師だって事くらい理解してんだ」
「当然です。イリーズ様は何も悪くないんですから、嫌われる理由がありません」
ウェンディーは胸を張って言う。
ウェンディーの言う事はわかるし、正しい事だと彼女も思う。しかし、それを正しく認識して正当な判断をすると言う事は、人間には非常に難しい。
亜人であった事が幸いした、と言う事かも知れない。
壁の向こうでは存在しているかも分からない不安だけで、亜人が迫害されている事を考えると、人間と亜人の違いを感じる。
そんな話ている時、彼女は城を振り返る。
改めて見ると、古城の傷み方はかなり深刻で、建物として維持出来てはいるものの、それも時間の問題であるのは、見ただけで分かる。
相当古い城だが、管理している者も無く、生活しているのが妖精二体と王族の末裔が一人とあっては、急激に古びていくのを止められるはずもない。
この城の最後の住人であるイリーズと共に、消え去っていく城と言う趣である。
昼過ぎに城を出た四人だが、街に到着したのは夕方頃だった。
イリーズの住んでいる古城は人里離れた雰囲気があったが、それは森の中に建っているからであって、距離的に言えばそこまで人里離れたというほどではない。
「思ってたより早く着きましたね」
夕方頃の街は、夕飯時のためか活気があった。冬の日中は短く、日が暮れてしまうと防寒に備えていたとしても命に関わるので、彼女達は街で一泊する事にした。
「宿ってところに泊まるんですよね?」
彼女はイリーズに尋ねる。
彼女は宿に忍び込んだ事はあっても、宿泊した事は無い。なので、そこに泊まると言っても、何をどうしていいのかが分からなかった。
「宿、ですか。実は僕も宿を利用した事が無くて」
イリーズは頭を掻きながら言う。
確かにイリーズは不健康そうで体力も無いのは、見ただけで分かる。住んでいる城も、一日あれば十分往復出来る程度の距離である。
宿を必要とした生活では無いのだから、まず使う事は無い。
「仕方が無いな、ガキども。ココは大人の俺様が教えてやろうではないか」
彼女達の前を飛んでいたサラーマが、振り返って言う。
「良いか、ガキども。この町の宿ってのはな、一階が大衆食堂兼酒場になっていて、メニューによってはお前達みたいなガキどもは頼めないモノがあるんだ」
「なんで貴方は詳しいのかしら?」
イリーズの肩の上で、ウェンディーが白い目をサラーマに向けている。
「人生経験ってヤツだよ。まあ、いいから聞けって。二階が宿になってるんだが、この宿の中にも特殊な造りのものがあってな。それこそガキどもには詳しく教えられない、色んな大人の行為が行われているらしい」
「だから、何で貴方がそんな事を知っているのかしら?」
「そこはホラ、あの、何て言うか、知的好奇心とかそういう、あの、ねえ?」
ウェンディーに追求されて、サラーマはしどろもどろになりながら彼女に助けを求める。
「私に聞かれても困るわよ。教えていただいているガキの立場なものですから」
鼻で笑う様に、彼女は答える。
「イリーズ、世の中の女ってのは冷たいよな?」
「それは時と場合にもよるんじゃないですか?」
「いや、男にはやらなければならない時の為に、知っておかねばならない事があるんだ。引くに退けない時ってのがあるのは、わかるだろイリーズ」
「あんた、何を誘導してんの?」
サラーマがイリーズを味方に引き込もうとするのを、彼女はサラーマを叩き落として止める。
「ぷぎゃ」
「ま、まあ、趣味嗜好は人それぞれありますよ」
「イリーズ様、無理にフォローしなくても良いですよ。馬鹿が調子に乗りますから」
「お前達、何でイリーズにはそうなのに、俺にはこうなんだよ」
サラーマが飛び上がって抗議している。
「まあ、だってサラーマだし。このメンバーで私が唯一タメ口で行きやすいってのもあるかも」
「僕にも敬語なんか使わなくても良いですよ?」
イリーズが笑顔で彼女に言う。
「え? あ、こう言うとなんですけど、イリーズさんってすごく偉い人なんで、ちょっと遠慮しちゃうんですよ」
「偉いのは僕の先祖で、僕は何もしてないんですから、まったく遠慮なんか必要ありませんよ」
「そうだそうだ。遠慮する気があるなら、俺にするべきだぞ」
サラーマがアピールしているが、彼女はサラーマを手で払って相手にしない。
実際、イリーズには独特の雰囲気があるのに対し、サラーマは恐ろしく強力な存在である事は間違いないが、どこか気安い印象が強い。
この二人に対しては、それぞれの持つ雰囲気に引っ張られているところが強い。
そうやって街を歩いている時、店に並ぶ物の一つが彼女の目に飛び込んできた。
「大体お前は……、あん? どうした?」
一点を見つめて動かなくなっていた彼女に、サラーマは尋ねる。
そこには、いかにも魔法使いとでもいう様な、黒いつばの広いとんがり帽子が飾ってあった。
「何だ? 頭でも冷えたか?」
今まで前を飛んでいたサラーマが、彼女の肩の上に乗る。
「何か、あの帽子可愛いなって思って」
「マジで? あのインチキ魔術師っぽい帽子が? あんまり俺の趣味じゃねーな」
「案外似合うかもしれませんね」
イリーズが笑いながら言う。
「どっからどう見ても魔法使いだな。いっその事お前、箒に乗って空飛べよ」
サラーマが諦めた様に言う。
「せっかくだから、ここで帽子も買っていきますか」
「ええっ、い、いや、別にそんなつもりじゃなかったから」
彼女は慌てて否定したが、イリーズに背中を押されて入店する。
「いらっしゃいませー。あら、イリーズ様じゃないですか」
店に入ると、店員がイリーズに気付く。
「どうも。そこの帽子を頂けますか?」
イリーズはストレートに要件を伝えると、こう言うやり取りに慣れているのか、店員の女性は笑いながらとんがり帽子を持ってくる。
「服と一緒に買い忘れたんですか?」
「まあ、そんなところです」
イリーズはそう言うと、帽子を受け取ると彼女に被せる。
彼女は目を見開いて驚いている。
これまでの経験が役に立たないとでも言う様に、彼女は硬直して口をパクパクしている。
「はい、どうぞ」
イリーズに言われて、彼女は恥ずかしそうに帽子の広いツバを掴むと、それで火でも付いたかと思うほど火照った顔を隠す。
「可愛らしいリアクションですねー」
「女の子なんだなー」
店員の女性の言葉に、さらにサラーマが追い打ちをかける様に言うので、彼女はますます顔を火照らせるのを感じたので、さらに帽子で顔を隠す。
「あっはっは。面白いくらいウブな反応だな。そんな奴だったのか、お前」
「う、うるさいわね」
彼女は帽子で顔を隠し、喉を鳴らして自分の頬を叩く。
「サラーマ、せっかくのチャンスを棒に振ったのを分かってる?」
「あん? 何のチャンスだよ」
「今の帽子プレゼント、貴方がすれば見返せたんじゃないの? 恩を売れる機会だったのにね。これで大きな顔出来たんじゃないの?」
「うおーう、しまった。イリーズ、その帽子は俺からのプレゼントって事で頼む」
「いやー、今からはダメでしょうね。被せてあげる役をやらないと」
妖精の二人が言いたい放題なので、彼女は一度咳払いする。
「私、この恩には必ず報いますから!」
彼女が真っ赤な顔で固い決意を口にすると、イリーズはニッコリと笑う。
「僕はその言葉と気持ちだけで十分ですよ。どうも、ありがとうございました」
イリーズは店員の女性に笑顔で言うと、女性も笑顔で頭を下げる。
「こうして見ると、確かに似合ってはいるな。どこからどうみても魔法使いだ」
店を出て、サラーマが彼女の姿を見て言う。
黒くつばの広いとんがり帽子に、マントに見えなくもない黒いロングコート。本来すでに必要無いのだが、念のため持っている杖もあって、確かに見た目には魔法使いに見える。
金色の瞳もあって、この世ならざる迫力がある。
「見た目には確かに似合ってますね。街まで来た甲斐がありました」
「あんまりそんな事言わないで下さい」
彼女は恥ずかしそうに帽子で顔を隠す。
こう言う感情は、これまで彼女が感じた事の無い感情だった。
言葉にしづらいもどかしさ。これまでの彼女のマイナス感情と言うものは、憎しみや怨みであったが、この感情はそれとは違う。
だが、不快ではあるものの不愉快では無い。これまでに感じたことの無い感情は彼女を困惑させていた。
「イリーズ様、今日はもう休みましょう。イリーズ様もお疲れでしょう?」
イリーズの状態を最優先に考えているウェンディーは、今日一日の行動時間が長いイリーズを心配していた。
確かに普段から不健康極まりないイリーズが、今は更に生気すら感じられなくなっている。表情は柔らかい様に見えるが、よく見るとその表情もかなり無理して見える。
「ごめんなさい、私がワガママ言ってるから」
「いえいえ、僕が好きでやってる事ですから。むしろ謝られるこ僕が困ります。でも、お腹空いたし、今日は宿に泊まる事にしましょう。サラーマ、任せられますか?」
「おうとも、俺の一押しの所へ案内してやろう。覚悟しろ、ガキ共」
「覚悟ってなによ」
彼女は妙にテンションの高いサラーマに言うが、ある意味では彼女はサラーマに助けられたところもあった。
得体の知れない感情に振り回されている状態だった彼女だが、サラーマを適当にいじる事で通常の自分を意識する事が出来たのだ。
「ところでサラーマ、何でアナタが案内できるのかしら?」
「俺の知的好奇心は留まるところを知らないのさ! まあ、気にしたら負けとかそう言う類の話だ」




