「墓フェス、二度目の夏(後編)」【前半】
☆ゴムひも点検
八月十五日。
空は、朝から、どんよりと灰色だった。
「――おはようございます!」
「「「おはようございまーす」」」
「本日は、墓フェス当日です。まず、首のゴムひもの点検を行います」
ふみ先生が、ホイッスルを首から下げて、列の前を歩いていく。
墓場中の霊の首には、お供えの菓子折りから回収したゴムひもが、一本ずつ、くくりつけられていた。
もう片方の端は、それぞれの帯や、ベルトや、特攻服のボタンに結んである。
「では、試験運用です。……桜庭源蔵さん、鬼塚武さん。お願いします」
「「おう」」
源蔵じいちゃんと鬼塚さんが、向かい合った。
「――この不良がぁぁぁ!!」
――ごつん。
――すぽーん。
鬼塚さんの首が、空高く舞い上がった。
そして。
――びよーーーん。
ゴムひもに引っ張られて、勢いよく、戻ってきた。
――ごっ。
源蔵じいちゃんの額に、鬼塚さんの首が、正面から激突した。
――すぽーん。
源蔵じいちゃんの首も、飛んだ。
――びよーーーん。
――ごっ。
――すぽーん。
――びよーーーん。
「……と、止まらない!!」
二人の首が、ゴムひもに引っ張られて、空中で、何度も何度も、ぶつかり合っていた。振り子みたいに。
「――おまえさんたち」
――かぽーん。
トメばあちゃんのお玉じゃくしが、空中の二つの首を、まとめて打ち落とした。
ころころ、と、二つの首が、砂利道に転がった。
「……ゴムひもの長さは、もう少し、短めにしましょうね」
ふみ先生が、手帳に書き込んだ。
☆嵐の前の、満員御礼
昼過ぎから、ぽつぽつと、雨が降り始めた。
――それでも、人は、来た。
「――カヤだ! 研究会のみんなも!」
紺色の傘と、水色の傘。
その後ろに、小野寺くんと、千田くんと、桃井さん。
そして、自撮り棒の金髪。
「……丸山くん、来てる」
「幽霊部員が、来ましたわ……」
伽椰子は、ノートを抱えていた。表紙には、『夏祭りの民俗 フィールドワーク』。
「――蒼太!!」
東京から帰省した蒼太が、本堂の横で、なぜか、木魚を抱えて立っていた。
「……円海さんに、頼まれた。今年のドラム、俺だって」
蒼太は、困った顔で、木魚を見下ろした。
「……木魚で、ドラムって、どうやんの」
「――蒼太が、ドラム!? うそ、やばい、浮く!」
「貞子さん、本番前に浮くのはおやめくださいまし!」
それから。
――きいいい。
車椅子の車輪の音。
「――段差だ! ブン!」
「……腰が」
翔くんに押されて、マサさんが、境内に入ってきた。
その両脇に、ヤスさんとブンさん。
「――マサあああああ!!」
鬼塚さんが、首を抱えたまま、飛び上がった。
「……ヤスさん、今日は、補聴器、外しといたほうが」
「ああ? なんだって?」
「爆音だから!」
「――まあっ! 美月さん! 湊さん!」
麗華の悲鳴が、境内に響いた。
美月さんと湊さんが、ベビーカーを押して、やってきた。
ベビーカーの中で、かすみちゃんが、ピンク色の大きなイヤーマフをつけて、きょとんとしている。
「……か、かすみさん! このような爆音の場所に、生後八か月で……! イヤーマフは、ちゃんと、耳に……ああ、ずれておりますわ……!」
「麗華、落ち着いて! まだ一曲も始まってないから!」
町内会の権藤さんが、法被姿で、受付のテントを張っていた。
境内は、あっという間に、傘の花でいっぱいになった。
――そして。
山門から、一台の黒い車が、静かに入ってきた。
降りてきたのは、紫の衣をまとった、背の高い老僧だった。
眉間に、深い、深い、しわ。
「……大恩寺さま」
本堂の縁側で、慈念さんが、ギターケースを抱えたまま、石のように固まった。
☆顔で感じろ
本堂の奥。ステージ裏の、控えの間。
慈念さんは、ギターを膝に乗せたまま、ずっと、震えていた。
「……む、無理です。……大恩寺さまの、目の前で、メタルなんて……」
結衣ちゃんは、歌詞を書いたノートを、もう一度だけ確認していた。
表紙には、新曲のタイトル。
『まだ、ここにいる』
「……慈念さん」
哲也さんが、慈念さんの前に、しゃがみこんだ。
「……あいつはな。雷太は、ステージに上がる前、いつも、震えてたんだ」
「……え」
「ギターのネックを握りしめて、真っ青な顔で。……それで、俺に言うんだよ。『哲也、顔で感じろ。客の顔だけ見てろ。そしたら、指が勝手に動く』って」
哲也さんは、慈念さんの肩を、ぽん、と叩いた。
「……あんたも、そうしな。顔で感じろ」
――控えの間の隅で、雷太さんが、そっぽを向いていた。
「……余計なこと、言いやがって」
その声が、少しだけ、震えていた。
「……雷太さん。最後の一音、決まった?」
あたしは、小声で聞いた。
雷太さんは、首を振った。
「……まだだ」
外で、風が、ごうっと鳴った。
雨が、急に、強くなった。
円海さんが、ベースを肩に担いで、控えの間をのぞきこんだ。
「――そろそろじゃ。……降ったら、降ったで、ロックじゃろう」
円海さんは、にやりと笑った。
その笑い方は、たぶん、五十年前の「最後のライヴ」の写真の中の青年と、同じ形をしていた。
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