「墓フェス、二度目の夏(前編)」【後半】
☆雷太の音だ
八月八日。
本番の一週間前。打ち合わせの日。
山門をくぐってきたのは、ギターケースを背負った結衣ちゃんと、その隣で、杖代わりに楽器ケースを提げた、哲也さんだった。
「――結衣ちゃんだああああ!!」
「――哲也ぁぁぁ!!」
墓場中の霊が、いっせいに、砂利道に飛び出した。
本堂の縁側で、円海さんと、結衣ちゃんと、哲也さんが、セットリストを広げた。
その横で、慈念さんが、正座したまま、ずっと、もじもじしていた。
「……あ、あの」
慈念さんが、二冊のノートを、差し出した。
「……この曲を、ライブで、やっていただけませんか」
結衣ちゃんは、きょとんとして、ノートを開いた。
数字と記号が、びっしり。
ギターのタブ譜だ。
「……これ、慈念さんが作ったんですか?」
「……いえ」
慈念さんは、首を振った。
「……私の曲では、ありません」
結衣ちゃんは、首をかしげながら、ギターケースを開けた。
アコースティックギターを膝に乗せて、ノートの一ページ目を、指でなぞる。
――じゃっ、じゃじゃっ、じゃああん。
最初のリフが、鳴った。
その瞬間。
――ごとん。
哲也さんの手から、楽器ケースが、床に落ちた。
「……おじいちゃん?」
哲也さんは、動かなかった。
結衣ちゃんの指先を、じっと見つめていた。
「……もう一回、弾いてくれ」
――じゃっ、じゃじゃっ、じゃああん。
哲也さんの目から、涙が、ぼろぼろと、こぼれ落ちた。
「…………雷太の音だ」
――北の端で、雷太さんが、息を止めた。
「導音から、逃げねえ。……半音ぶつけて、ねじ伏せる。……こんな弾き方するのは、世界で、あいつ一人だけだ」
哲也さんは、慈念さんを見た。
「……お坊さん。これ、どこで」
慈念さんは、少しだけ迷って、それから、北の端の方角を、まっすぐ指さした。
「……夜中に、ギターが、勝手に鳴るんです。……一音ずつ。……北の端の、轟さんのお墓のほうを向くと、煙が、揺れるんです」
――しん。
普通なら、笑われる話だ。
でも、哲也さんは、笑わなかった。
三十三年分、届かなかったテープの小包を、ここで開けた人だから。
「……そうか」
哲也さんは、涙を拭いもせずに、北の端を見た。
「……あいつ、死んでからも、曲、作ってやがったのか」
「――おじいちゃん」
結衣ちゃんが、ノートを閉じて、背筋を伸ばした。
「この曲、私、歌う。……歌詞は、私が書く」
それから、慈念さんのほうを向いた。
「――ギターは、慈念さんが弾いてください」
「……え」
「教わった人が弾くのが、一番いい。……この曲、慈念さんの指が、覚えてるんでしょう?」
「む、無理です! 本山の、審査が……修行僧が、ステージでメタルなんて……」
「――弾け」
円海さんが、お茶をすすりながら、ぼそりと言った。
「ベースは、わしじゃ。……木魚は、今年は、別の誰かに頼め」
「お、和尚さま……!」
――墓場中が、爆発した。
「「「――慈念、デビューだああああああ!!」」」
☆最後の一音
その夜。
北の端で、雷太さんは、見えないギターを抱えたまま、ずっと黙っていた。
「……よかったね、雷太さん」
「……ああ」
「……ていうか、哲也さん、泣いてたね」
「……あいつ、昔から泣き虫なんだよ。ボーカルのくせに」
雷太さんは、ふっと笑った。
それから、真顔に戻った。
「……一個だけ、問題がある」
「……問題?」
「……最後の一音が、決まってねえ」
雷太さんは、見えないギターの弦を、そっと押さえた。
「……俺は、ずっと、解決しねえ終わり方をしてきた。……最後の一音を、宙ぶらりんにしたまま、曲を終わらせる。……それが、俺の音だった」
――去年の墓フェスで、結衣ちゃんが歌った曲も、そうだった。最後の一音は、解決しないまま。
「……でもな。今度の曲は、なんか、違う気がすんだよ」
雷太さんは、空を見上げた。
「……解決させてえのか、させたくねえのか。……自分でも、わかんねえ」
「……雷太さん」
「……あと一週間で、決める」
雷太さんは、それだけ言って、また、音のないギターを弾き始めた。
☆本山から、来る
――そして、本番の三日前。
寺務所の電話が、鳴った。
「――はい。……ああ、大恩寺さま」
円海さんの声に、本堂の縁側で、慈念さんの背中が、びくっと跳ねた。
「……ええ、はい。……十五日の、夏祭りに。……視察、ですか」
――慈念さんの顔から、すうっと、血の気が引いた。
「……それは、ありがとうございます。……ええ、慈念も、喜びます。……はい。お待ちしております」
がちゃり。
円海さんは、受話器を置いて、縁側の慈念さんを振り返った。
「……大恩寺さまが、夏祭りを見にいらっしゃるそうだ」
「…………」
慈念さんは、正座したまま、固まっていた。
ギターのネックを、握りしめたまま。
「……それと、天気予報じゃ、台風が来とるそうだ。十五日の、夕方あたりにな」
「…………」
円海さんは、湯呑みをすすって、のんびりと言った。
「……ま、なるようになる」
――墓場中が、凍りついた。
本山の審査役が、見に来る。
台風が、来る。
最後の一音は、まだ、決まっていない。
それでも、縁側の下で、おはぎは、いつものように、ふわあ、とあくびをした。
墓場は今日も、成仏しない。
――墓フェスまで、あと三日。嵐の予感しかしない。
(第二十四話 完)
最後までお読みいただきありがとうございました。
よろしければ、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。




