↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
墓場ぐらしのサダコさん  作者: 則本潮


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
98/101

「墓フェス、二度目の夏(前編)」【後半】

☆雷太の音だ


八月八日。


本番の一週間前。打ち合わせの日。


山門をくぐってきたのは、ギターケースを背負った結衣ちゃんと、その隣で、杖代わりに楽器ケースを提げた、哲也さんだった。


「――結衣ちゃんだああああ!!」


「――哲也ぁぁぁ!!」


墓場中の霊が、いっせいに、砂利道に飛び出した。


本堂の縁側で、円海さんと、結衣ちゃんと、哲也さんが、セットリストを広げた。


その横で、慈念さんが、正座したまま、ずっと、もじもじしていた。


「……あ、あの」


慈念さんが、二冊のノートを、差し出した。


「……この曲を、ライブで、やっていただけませんか」


結衣ちゃんは、きょとんとして、ノートを開いた。


数字と記号が、びっしり。

ギターのタブ譜だ。


「……これ、慈念さんが作ったんですか?」


「……いえ」


慈念さんは、首を振った。


「……私の曲では、ありません」


結衣ちゃんは、首をかしげながら、ギターケースを開けた。


アコースティックギターを膝に乗せて、ノートの一ページ目を、指でなぞる。


――じゃっ、じゃじゃっ、じゃああん。


最初のリフが、鳴った。


その瞬間。


――ごとん。


哲也さんの手から、楽器ケースが、床に落ちた。


「……おじいちゃん?」


哲也さんは、動かなかった。


結衣ちゃんの指先を、じっと見つめていた。


「……もう一回、弾いてくれ」


――じゃっ、じゃじゃっ、じゃああん。


哲也さんの目から、涙が、ぼろぼろと、こぼれ落ちた。


「…………雷太の音だ」


――北の端で、雷太さんが、息を止めた。


「導音から、逃げねえ。……半音ぶつけて、ねじ伏せる。……こんな弾き方するのは、世界で、あいつ一人だけだ」


哲也さんは、慈念さんを見た。


「……お坊さん。これ、どこで」


慈念さんは、少しだけ迷って、それから、北の端の方角を、まっすぐ指さした。


「……夜中に、ギターが、勝手に鳴るんです。……一音ずつ。……北の端の、轟さんのお墓のほうを向くと、煙が、揺れるんです」


――しん。


普通なら、笑われる話だ。


でも、哲也さんは、笑わなかった。


三十三年分、届かなかったテープの小包を、ここで開けた人だから。


「……そうか」


哲也さんは、涙を拭いもせずに、北の端を見た。


「……あいつ、死んでからも、曲、作ってやがったのか」


「――おじいちゃん」


結衣ちゃんが、ノートを閉じて、背筋を伸ばした。


「この曲、私、歌う。……歌詞は、私が書く」


それから、慈念さんのほうを向いた。


「――ギターは、慈念さんが弾いてください」


「……え」


「教わった人が弾くのが、一番いい。……この曲、慈念さんの指が、覚えてるんでしょう?」


「む、無理です! 本山の、審査が……修行僧が、ステージでメタルなんて……」


「――弾け」


円海さんが、お茶をすすりながら、ぼそりと言った。


「ベースは、わしじゃ。……木魚は、今年は、別の誰かに頼め」


「お、和尚さま……!」


――墓場中が、爆発した。


「「「――慈念、デビューだああああああ!!」」」


☆最後の一音


その夜。


北の端で、雷太さんは、見えないギターを抱えたまま、ずっと黙っていた。


「……よかったね、雷太さん」


「……ああ」


「……ていうか、哲也さん、泣いてたね」


「……あいつ、昔から泣き虫なんだよ。ボーカルのくせに」


雷太さんは、ふっと笑った。


それから、真顔に戻った。


「……一個だけ、問題がある」


「……問題?」


「……最後の一音が、決まってねえ」


雷太さんは、見えないギターの弦を、そっと押さえた。


「……俺は、ずっと、解決しねえ終わり方をしてきた。……最後の一音を、宙ぶらりんにしたまま、曲を終わらせる。……それが、俺の音だった」


――去年の墓フェスで、結衣ちゃんが歌った曲も、そうだった。最後の一音は、解決しないまま。


「……でもな。今度の曲は、なんか、違う気がすんだよ」


雷太さんは、空を見上げた。


「……解決させてえのか、させたくねえのか。……自分でも、わかんねえ」


「……雷太さん」


「……あと一週間で、決める」


雷太さんは、それだけ言って、また、音のないギターを弾き始めた。


☆本山から、来る


――そして、本番の三日前。


寺務所の電話が、鳴った。


「――はい。……ああ、大恩寺さま」


円海さんの声に、本堂の縁側で、慈念さんの背中が、びくっと跳ねた。


「……ええ、はい。……十五日の、夏祭りに。……視察、ですか」


――慈念さんの顔から、すうっと、血の気が引いた。


「……それは、ありがとうございます。……ええ、慈念も、喜びます。……はい。お待ちしております」


がちゃり。


円海さんは、受話器を置いて、縁側の慈念さんを振り返った。


「……大恩寺さまが、夏祭りを見にいらっしゃるそうだ」


「…………」


慈念さんは、正座したまま、固まっていた。


ギターのネックを、握りしめたまま。


「……それと、天気予報じゃ、台風が来とるそうだ。十五日の、夕方あたりにな」


「…………」


円海さんは、湯呑みをすすって、のんびりと言った。


「……ま、なるようになる」


――墓場中が、凍りついた。


本山の審査役が、見に来る。


台風が、来る。


最後の一音は、まだ、決まっていない。


それでも、縁側の下で、おはぎは、いつものように、ふわあ、とあくびをした。


墓場は今日も、成仏しない。


――墓フェスまで、あと三日。嵐の予感しかしない。


(第二十四話 完)

最後までお読みいただきありがとうございました。

よろしければ、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。