「墓フェス、二度目の夏(後編)」【中盤】
☆開演
午後六時。
雨の中、境内のステージに、ライトが灯った。
――ごおん。
鐘が、一つ。
慈念さんが、ステージの真ん中に、正座した。ギターは、背中に回したまま。
「――開演前に、読経をいたします」
ステージの横の、本堂の縁側。
最前列の特等席に、大恩寺さまが、腕を組んで座っていた。
慈念さんの声が、雨音の中に、流れ出した。
――少しだけ半音ずれた、ハーモニックマイナーの節。
そこに、円海さんのベースが、低く、太く、根音を重ねる。
――ゾクゾクッ。
墓場中の霊の背筋に、あの感覚が走った。
「……き、来ましたわ……」
「……去年より、深いっす……」
最後の一音が消えた瞬間。
「――こんばんは、天野結衣です!!」
――ぽこぽこぽこぽこぽこっ!!
蒼太の木魚が、ものすごい勢いで、連打された。
「「「うおおおおおおっ!!」」」
「――蒼太、木魚、うますぎない!?」
「……東京で、ドラム習ってたんですって、結衣さんに聞きましたわ……」
「聞いてない!! お姉ちゃん、聞いてない!!」
一曲目。二曲目。三曲目。
雨は、どんどん強くなる。
でも、誰も、帰らない。
傘を閉じて、ずぶ濡れで、跳ねている人までいる。
――そして、四曲目の前。
結衣ちゃんが、マイクの前で、深呼吸をした。
「……次の曲は、新曲です」
境内が、少しだけ、静かになった。
「作曲は――三十三年前に亡くなった、『冥土インヘヴン』のギタリスト、轟雷太さんです」
――ざわっ。
客席の一番後ろで、哲也さんが、腕を組んで、うなずいていた。
「ギターは、この寺の、慈念さん」
慈念さんが、ステージの袖から、エレキギターを抱えて、出てきた。
肩から下げているのは、去年の冬に届いた、一番安い練習用のアンプにつないだ、一番安いギター。
最前列で、大恩寺さまの眉間のしわが、一本、増えた。
☆ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!
結衣ちゃんが、慈念さんに、うなずいた。
慈念さんが、ピックを、弦の上に構えた。
――そして。
止まった。
一秒。二秒。三秒。
慈念さんの指が、動かない。
視線が、最前列の、大恩寺さまに、吸い寄せられていた。
「……やばい。慈念さん、固まってる」
「――おい、小僧! 弾け!」
鬼塚さんが、客席から叫んだ。
もちろん、聞こえない。
雷太さんが、ステージに駆け上がった。
慈念さんの、すぐ後ろに立つ。
「……おい」
雷太さんは、慈念さんの背中に向かって、低く言った。
「……審査役の顔なんか、見んな。……客の顔を見ろ」
――聞こえない。
慈念さんの指は、まだ、動かない。
境内に、雨の音だけが、響いていた。
――そのときだった。
「…………ア゛…………」
客席の真ん中から、低い、低い、うなり声が聞こえた。
「…………ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!」
――伽椰子だった。
傘を握りしめて、真っ赤な顔で。
緊張すると鳴る、あの喉の音を、伽椰子は、ありったけの力で、ステージに向かって、ぶつけていた。
「……カ、カヤ……!?」
一瞬、境内が、しんとした。
それから。
「「「――ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!」」」
客席中が、それに続いた。
デスボイスの、コールだと思ったらしい。
丸山くんが、自撮り棒を振り上げて叫んでいた。
千田くんも、桃井さんも、ヤスさんも、ブンさんも、車椅子のマサさんも、左手を突き上げて。
慈念さんが、目を丸くした。
それから。
――ふっと、笑った。
最前列の大恩寺さまじゃなく、ずぶ濡れで叫んでいる、客席の顔を見て。
――じゃっ、じゃじゃっ、じゃあああああん!!
一番安いアンプが、雨の境内を、切り裂いた。
☆まだ、ここにいる
――じゃじゃっ、じゃじゃっ、じゃああん!!
雷太さんのリフが、鳴った。
三十三年ぶりに、雷太さんの新しい音が、生きている人たちの耳に、届いていた。
円海さんのベースが、地面を揺らす。蒼太の木魚が、雨粒を弾く。
そして、結衣ちゃんが、歌い出した。
見えなくても 聞こえなくても
名前を呼んで ここにいるから
宙ぶらりんの この音ごと
まだ、ここにいる
「――うおおおおおお!!」
鬼塚さんが、最前列で、ヘッドバンギングを始めた。
――すぽーん。びよーん。すぽーん。びよーん。
首が、ゴムひもに引っ張られて、上下に、ものすごい勢いで往復する。
「わしもじゃああああ!!」
源蔵じいちゃんの首も、飛んだ。
――すぽーん。びよーん。
二人のゴムひもが、空中で、絡まった。
――すぽん。
戻ってきた首が、入れ替わった。
「「――わしの首じゃないぃぃぃ!!」」
「――モッシュは、禁止です!」
ふみ先生のホイッスルが鳴った。
……でも、誰も止まらない。
ふみ先生は、しばらく、ホイッスルをくわえたまま、ステージを見上げていた。
それから、ホイッスルを、ぽとりと落とした。
「…………今日だけは、許可します!!」
ふみ先生の首が、飛んだ。
「先生ぇぇぇ!?」
車椅子のマサさんの横で、鬼塚さんが、入れ替わった源蔵じいちゃんの首を抱えたまま、跳ねていた。
マサさんの左手と、鬼塚さんの拳が、同じリズムで、雨の夜空を突いていた。
――総長と、副総長。五十二年ぶりの、集会。
ベビーカーの横では、麗華が、かすみちゃんのイヤーマフを両手で押さえながら――押さえられないんだけど――それでも、首だけは、思いっきり振っていた。
「……か、かすみさん! これが、ロックですわぁぁぁ!!」
――ふわっ。
――ふわわっ。
――ふわわわわっ。
墓場中の霊が、雨の中、いっせいに、浮き上がり始めた。
「――全員、気をつけ……っ!」
ふみ先生の号令は、空の上から聞こえた。
ふみ先生も、首だけ先に、浮いていた。
「先生まで浮いてる!!」
「誰か! 誰か、地面に残っている方は!?」
――一人だけ、いた。
「――はいはい」
トメばあちゃんだった。
トメばあちゃんは、砂利道に、しっかりと足をつけたまま、浮き上がった五十人のゴムひもの端を、一本ずつ、手繰り寄せていった。
そして、五十本の束を、ぎゅっと、片手で握った。
――墓場中の霊が、トメばあちゃんの手の先で、風船みたいに、ぷかぷかと揺れていた。
「……ひいばあちゃん、最強すぎない……?」
「――ゴムひも、付けといてよかったでしょう?」
トメばあちゃんは、にこにこしながら、片手で五十人を握ったまま、もう片方の手で、リズムに合わせて、お玉じゃくしを振っていた。
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