「墓フェス、二度目の夏(後編)」【後半】
☆最後の一音
ギターソロが、終わった。
最後のサビを、結衣ちゃんが、雨の中で、叫ぶように歌った。
見えなくても 聞こえなくても
名前を呼んで ここにいるから
そして、曲は、最後のフレーズにたどり着いた。
――慈念さんの指が、止まった。
ノートの、最後のページ。
そこには、慈念さんの字で、こう書いてあったはずだ。
『最後の一音 未定』
結衣ちゃんも、円海さんも、蒼太も、音を止めた。
境内が、しんとした。
雨の音だけが、ざあざあと、鳴っていた。
――宙ぶらりんの、まま。
去年の墓フェスと、同じ。
雷太さんの、いつもの終わり方。
「……雷太さん」
あたしは、トメばあちゃんの手の先で、ぷかぷか揺れながら、ステージを見た。
雷太さんは、慈念さんの、すぐ後ろに立っていた。
慈念さんが抱えているギターの、六本の弦を、じっと見下ろしていた。
長い前髪の奥の目が、少しだけ、揺れていた。
それから。
雷太さんは、ゆっくりと、長い指を伸ばした。
慈念さんの指の、すぐ隣。一番太い、六弦の上に。
――ぶうううううん。
誰も、弾いていないのに。
一番安いアンプから、一つの音が、鳴った。
低くて、太くて、どこまでも伸びていく音。
半音ずれていない。
導音から、ちゃんと、帰ってくる音。
――解決する、音だった。
「…………っ」
慈念さんが、自分のギターの弦を、見下ろした。
六弦が、まだ、震えていた。
客席の一番後ろで、哲也さんが、叫んだ。
「――雷太ぁぁぁぁ!!」
その声で、境内が、爆発した。
「「「うおおおおおおおおおおっ!!!」」」
☆解決しちまった
――ふわあっ。
雷太さんの足元から、光が、立ちのぼった。
「――雷太さん!?」
ほわほわ、なんてものじゃない。朝日みたいな、まぶしい光。
――鬼塚さんのときと、同じだ。
雷太さんの体が、ゆっくりと、ステージの床から、浮き上がった。
「……ああ」
雷太さんは、自分の足元を見下ろして、少しだけ笑った。
「……解決しちまったか」
「――ひいばあちゃん! 雷太さんのゴムひもは!?」
「……あの子だけ、付けてなかったのよ。『ギターの邪魔になる』って」
「えええええ!?」
あたしは、トメばあちゃんの手の中から、自分のゴムひもを、ぶちっと引きちぎった。
それから、雨の中を、ステージに向かって、まっすぐ飛んだ。
雷太さんの足首に、しがみつく。
「――雷太さん!! 来年の曲は!?」
雷太さんの体が、止まった。
「……来年の曲」
「作ってるんでしょ!? どうせ、もう、頭の中で鳴ってるんでしょ!?」
あたしは、雨と涙で、ぐしゃぐしゃになりながら、叫んだ。
「――まだ、聴いてないから!! 聴くまで、行かせないから!!」
雷太さんは、しばらく、黙っていた。
光の中で、空を見上げて。
それから、ステージの上の慈念さんを見た。
客席の結衣ちゃんを見た。一番後ろの、哲也さんを見た。
「……そうだな」
雷太さんは、長い前髪をかき上げた。
「……まだ、作りかけが、三曲ある」
――すうっ。
光が、雷太さんの足元に、吸い込まれるように消えていった。
雷太さんは、自分の足で、ステージの床に、すとん、と降りた。
――自分で、決めたんだ。
まだ、ここにいるって。
「――轟雷太さんに、拍手を!!」
結衣ちゃんが、マイクに向かって叫んだ。
雨の境内に、拍手が、鳴り響いた。
何百人もの拍手が、ステージの、雷太さんの立っている場所に向かって。
――誰にも、見えていないのに。
雷太さんは、ステージの真ん中で、深く、深く、頭を下げた。
三十三年ぶりの、拍手。
でも、その頭を下げる姿は、拍手をしている誰の目にも、映っていない。
――雷太さんは、それでも、拍手が鳴りやむまで、頭を上げなかった。
☆両方、磨いておけ
ライブが終わると、台風は、嘘みたいに、東へ逸れていった。
ステージの片付けが始まった境内で、大恩寺さまが、慈念さんの前に立っていた。
慈念さんは、ずぶ濡れのギターを抱えたまま、直立不動だった。
「……慈念」
「は、はいっ!」
大恩寺さまは、深い眉間のしわのまま、しばらく、慈念さんを見下ろしていた。
それから、ぼそりと言った。
「……お経より、ギターのほうが、上手いな」
「――――」
慈念さんの魂が、口から抜けていくのが、見えた気がした。
――いや、あれは、たぶん、本当に何か出ていた。
「……だが」
大恩寺さまは、ほんの少しだけ、口の端を動かした。
「開演前の読経は、悪くなかった。……あれは、お前の節だ」
「……え」
「本審査は、来年だ。……両方、磨いておけ」
それだけ言うと、大恩寺さまは、黒い車に乗り込んで、帰っていった。
慈念さんは、しばらく、その場に立ち尽くしていた。
その後ろで、円海さんが、ベースのケースを担いで、にやにやしていた。
「……な。なるようになったじゃろ」
☆来年の新曲
翌朝。
台風一過の青空の下、墓場は、ゴムひもだらけだった。
「――わしの首を、返さんか!!」
「――俺の首は、どこだぁぁぁ!!」
源蔵じいちゃんと鬼塚さんが、入れ替わった首のまま、殴り合っていた。
――ごつん。すぽーん。びよーん。
「――おまえさんたち」
――かぽーん。
本堂のほうから、慈念さんのお経が聞こえてくる。
その最後の一節で、慈念さんの声が、ほんの一瞬だけ――
あの新曲のリフと、同じ節をなぞった。
「「「……チッ」」」
いつもの舌打ち。
――と、思ったら。
「「「…………今の、ちょっと、カッコよかった」」」
縁側の下で、おはぎが、ふわあ、とあくびをした。
北の端からは、今日も、音のないギターが聞こえてくる。
雷太さんが、見えないギターを膝に抱えて、左手を、ゆっくりと動かしていた。
「……雷太さん。それ、来年の?」
「……聴かせねえよ。まだ」
雷太さんは、長い前髪の奥で、少しだけ、笑った。
墓場は今日も、成仏しない。
――北の端では、もう、来年の新曲が鳴り始めている。
(第二十五話 完)
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