「墓フェス、二度目の夏(前編)」【前半】
☆族車、改
八月。
蝉が、朝から全開で鳴いている。
「――おはようございます!」
「「「おはようございまーす」」」
――ごおん。
本堂から、慈念さんのお経が流れてくる。
「「「……チッ」」」
いつもの舌打ち。
でも、今年の夏の慈念さんのお経は、なぜか、ほんの少しだけ、ロックっぽい。
――そして、お経が終わった、その瞬間だった。
――ぶおおおおおおおん!!
……いや、実際には何の音もしていない。
でも、鬼塚さんの口からは、確かにそういう音が出ていた。
「――見ろ! 族車・改だ!!」
鬼塚さんが、キュウリにまたがって、砂利道を爆走してきた。
去年のお盆と同じ、キュウリの精霊馬。
でも、今年のは、何かが違った。
割り箸で組んだ、ハンドル。割り箸で組んだ、背もたれ。
そして、なぜか、割り箸の三段シート。
「……それ、ひいじいちゃんの衣桁の余りじゃない?」
「おう! ジジイに作らせた!」
「作らされたんじゃ」
源蔵じいちゃんが、縁側で、腕を組んでいた。
「三段シートは、わしの最高傑作じゃ」
「乗り気だったんじゃん!」
「――行くぜぇぇぇ!!」
鬼塚さんの族車・改が、墓場の砂利道を、ものすごい速さで駆け抜けていく。
そして、山門の手前で――
――ぼよんっ。
族車ごと、はね返された。
キュウリが、ころころと、源蔵じいちゃんの足元まで転がってきた。
「……まだ、お盆の前じゃからな。精霊馬は、まだ供えられとらん。それは、去年のじゃ」
「……しなびてんじゃねえか」
鬼塚さんは、砂利道に大の字のまま、しなびたキュウリを見つめた。
――いつもの、夏の朝だった。
☆墓フェス、再び
「――号外ですわぁぁぁ!!」
麗華が、日傘を振り回しながら、山門のほうから駆けてきた。
「山門の掲示板に、貼り紙がございましたわ!」
麗華が読み上げた文字に、墓場中が、どよめいた。
『夏祭り奉納ライブ 天野結衣 八月十五日(日)』
「「「――墓フェスだああああ!!」」」
去年の夏。
この寺の境内に、ステージが組まれて、結衣ちゃんが歌った。
円海さんがベースを弾いて、慈念さんが木魚でドラムをやって、幽霊たちの首が二十個、夜空に舞った。
あの夜のことを、墓場の誰もが、まだ覚えている。
「――ただいまより、墓フェス実行委員会、第二期を発足いたしますわ!」
麗華が、日傘を、高々と掲げた。
「委員長は、わたくし! 副委員長は、貞子さん!」
「あたし、応援団長がいい!」
「では、応援団長兼副委員長ですわ!」
「――モッシュは、禁止です」
ふみ先生が、ぴりりとホイッスルを鳴らした。
「去年は、首が二十個飛びました。うち三個が、持ち主を間違えて付け直されました。……今年は、安全第一で」
「「「えええええ!?」」」
「――首に、ゴムひもを付けましょう」
トメばあちゃんが、にこにこしながら、手を挙げた。
「飛んでも、ちゃんと戻ってくるように」
「――天才ですわ!!」
その日の午後、墓場中の霊の首に、お供えの菓子折りから回収したゴムひもが、一本ずつ、くくりつけられることになった。
☆北の端の、新曲
――そんな大騒ぎの中で、一人だけ、北の端から出てこない霊がいた。
「……雷太さん?」
あたしは、轟家之墓をのぞきこんだ。
雷太さんは、墓石に背中を預けて、見えないギターを、膝の上に抱えていた。
弦を押さえる左手が、ゆっくり、動いている。右手は、ほとんど動かない。音のない、ギター。
「……墓フェス、決まったよ」
「……聞こえてた」
「……新曲、あるんでしょ。去年、言ってたじゃん」
雷太さんの左手が、止まった。
「……ある」
長い前髪の奥で、雷太さんは、空を見上げた。
「一年かけて、作った。……リフも、サビも、ソロも。……全部、ここに入ってる」
雷太さんは、自分の頭を、とん、と指で叩いた。
「……でもな」
雷太さんは、膝の上の、見えないギターを見下ろした。
「――届ける手段が、ねえ」
あたしは、言葉に詰まった。
去年、結衣ちゃんが歌ったのは、三十三年前のテープに残っていた、雷太さんのリフだった。
生きていたころの雷太さんが、自分の手で、録音した音。
――でも、新曲は、違う。
死んでから作った曲は、どこにも、録音されていない。
雷太さんの頭の中にしか、存在しない。
「……弦は、ちょっとだけ、震わせられる。……一音ずつなら。……でも、一曲まるごと、誰かに伝えるなんて、無理だ」
雷太さんは、ぽつりと言った。
「……死んでから作った曲は、死んだ奴にしか、聴こえねえんだよ」
蝉の声が、急に、遠くなった気がした。
――そのときだった。
――ぎゅいいいん。
本堂の裏のほうから、かすかに、エレキギターの音が聞こえた。
ボリュームを、一番小さくした、練習用のアンプの音。
ちょっとだけ半音ずれた、ハーモニックマイナーの、たどたどしいフレーズ。
――あたしと、雷太さんは、同時に、顔を上げた。
「……いた」
あたしは、思わず、叫んでいた。
「――いたじゃん! 弾ける人!!」
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