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墓場ぐらしのサダコさん  作者: 則本潮


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「民俗学研究会、怪異を調査す」【後半】

☆墓場の、五十人の聴衆


次の日から、伽椰子は、毎日、夕方になると山門をくぐってくるようになった。


桜庭家之墓の前に、スマホを立てて、タイマーをセットする。


それから、ノートを胸に抱えて、背筋を伸ばす。


「…………民俗学研究会、か、活動報告。…………て、テーマは、『墓前で、名前を呼ぶということ』」


――発表の、練習だった。


「…………サダの前なら、噛まない気がして」


噛んだ。


一行目から、噛んだ。


「……カヤ、がんばれ!」


あたしは、墓石の前に正座して、拳を握った。


――そして、気づけば、あたしの後ろに、墓場中の霊が、ずらりと並んでいた。


「……声、小せえぞ!」


鬼塚さんが、腕を組んで、最前列にどっかりと座っていた。


「……鬼塚さん、聞こえないから」


「聞こえなくても言うんだよ! 応援団ってのは、そういうもんだ!」


「――姿勢は、よろしいです。視線を、もう少し上に」


ふみ先生が、手帳にメモを取っていた。


「……三十秒、走ってる。……もっと、ためていい」


雷太さんが、リズムを数えていた。


源蔵じいちゃんは、三日目に、居眠りをした。


――かぽーん。


トメばあちゃんのお玉じゃくしが、静かに、でも確実に、落ちた。


一日目。三分で、喉が鳴って、止まった。


二日目。五分で、ノートを落とした。


三日目。雨で、ノートがにじんで、泣きそうになった。


四日目。「名前」を「なめえ」と噛んで、自分で吹き出した。


五日目。最後まで、たどり着いた。噛んだ回数は、ノートの端に、正の字で、三つ半。


六日目。正の字は、一つになった。


そして、七日目。


「…………名前を呼ぶのは、届いているかを、確かめるためでは、ないのかもしれません」


伽椰子は、ノートから、顔を上げた。


墓石を、まっすぐに見た。


「…………呼ぶ側が、忘れないために。…………その人が、ここにいたことを、毎朝、確かめるために。…………以上で、発表を、終わります」


――ぴっ。


タイマーが、止まった。


伽椰子は、ノートの端を見た。


正の字は、一本も、増えていなかった。


「…………噛まなかった」


伽椰子が、ぽかんとした顔で、言った。


「…………サダ。…………噛まなかったよ」


「――カヤああああああ!!」


――ふわっ。ふわわっ。ふわわわっ。


あたしだけじゃなかった。墓場中の五十人が、拍手をしながら、いっせいに、浮き上がった。


「――全員、気をつけ!!」


――ぴしっ。すとん。


着地しても、拍手は、鳴りやまなかった。


もちろん、伽椰子には、一つも聞こえていない。


でも、伽椰子は、なぜか、誰もいない墓地に向かって、小さく、ぺこりと頭を下げた。


☆見られない晴れ舞台


七月の、最初の土曜日。


活動報告会の日。


――大学は、山門の、ずっと向こうにある。


あたしたちは、行けない。


カヤが一番頑張る日を、あたしは、見ることができない。


「……いつもそうだったな、生きてるときも」


縁側で、あたしは、ぼんやりと空を見上げていた。


「カヤの大事な日って、あたし、だいたい、いなかった。……試験の日も。卒業式も。……今日も」


麗華が、隣に座った。日傘は、あの翌日、慈念さんが西園寺家之墓のそばに、そっと立てかけてくれていた。


「……見送るのは、置いていかれることとは、違いますわ」


「……うん。わかってる。……わかってるけどさ」


あたしは、膝を抱えた。


「……見たかったな。カヤが、二百人の前で、しゃべるとこ」


――夕方。


――ぱしゃ、ぱしゃ。


傘の足音。


紺色の傘と、水色の傘。


山門をくぐってきたのは、伽椰子と、小野寺くんと――


「……千田くん?」


ぼさぼさ頭の千田くんが、少し後ろを歩いていた。


それから、その後ろに、ビニール傘の、桃井さん。


伽椰子は、桜庭家之墓の前で、しゃがんで、手を合わせた。


「…………サダ。…………噛んだ」


――え。


「…………最初の一言で。…………二百人の前で。…………喉、ア゛ア゛って、鳴った。…………みんな、笑ってた」


伽椰子は、少しだけ、笑った。


「…………でも、最後まで、言えた。…………ノート、見ないで」


小野寺くんが、横から言った。


「先輩、最後の質問のとき、全然噛まなかったんですよ。先生に、『その名前を呼ぶお坊さんに、会ってみたい』って言われて」


千田くんが、初めて、口を開いた。


「…………俺、写真目当てで入ったんすけど。…………名前の話、続き、聞きたいです」


「……わ、私も」


桃井さんが、傘の陰から、おずおずと言った。


「お、お墓は、まだ怖いですけど。……先輩の話は、怖くなかったので」


――四人。


一人、足りない。


「…………丸山くんは、来なかった」


伽椰子は、ノートを、ぎゅっと抱えた。


「…………だから、五人目、探さないと。…………夏休みまでに」


その声は、落ち込んでいなかった。


――と、そのとき。


山門のほうから、自撮り棒を持った金髪が、気まずそうに顔を出した。


「……あの。……先輩の発表、後ろの席で、聞いてて」


丸山くんだった。


「最後のとこ、ちょっとだけ、よかったんで。……正式には辞めないで、籍だけ置いとくってのは、ありっすか」


丸山くんは、頭をかいた。


「……いわゆる、幽霊部員ってやつで」


――墓場中が、固まった。


「「「――幽霊部員!?」」」


「……おい。それ、俺らのことか?」


鬼塚さんが、首を抱えたまま、真顔で言った。


伽椰子は、ぽかんとして、それから。


――生まれて初めて見るくらい、大きな声で、笑った。


「…………いいよ。…………幽霊部員、歓迎です」


☆返事は、届かない


次の月曜日の朝。


まだ薄暗い本堂の前に、伽椰子が、一人で立っていた。


ノートと、ペンを持って。


――ごおん。


慈念さんのお経が、始まる。


伽椰子は、本堂の縁側の端に正座して、目を閉じて、それを聞いていた。


そして、お経の最後に。


「……桜庭、源蔵さん。……桜庭、トメさん。……桜庭、貞子さん」


「――はーい!!」


あたしは、墓場中に響くくらい、大きな声で、返事をした。


本堂の縁側まで、走っていって。伽椰子のすぐ隣で。


「はーい! ここにいるよ、カヤ! 聞こえてる! 全部、聞こえてるよ!」


――伽椰子は、目を開けた。


それから、ノートに、何かを書き始めた。


あたしは、その手元を、のぞきこんだ。


『七月五日 月曜日 午前六時。桜庭家の名前が呼ばれる。』


『返事は、聞こえなかった。』


伽椰子のペンが、そこで、止まった。


少しのあいだ、何かを書こうとして、何度も、ペン先を紙に近づけて。


結局、何も書かずに、ノートを閉じた。


「…………届いてるかどうかは、どれだけ調べても、わかんないんだよね」


伽椰子は、本堂の外の、墓地のほうを見た。


あたしのいる、ちょうど、その場所を。


「…………でも、届いてるって、思ってる。…………それは、研究じゃなくて、私の気持ち」


――届いてるよ。


あたしの声は、やっぱり、届かない。


伽椰子は、立ち上がって、水色の傘を、桜庭家之墓に、そっと差しかけていった。


晴れの日なのに。


翌朝。


「――おい、貞子。幽霊部員って、出欠どうなってんだ」


「知らないよ!」


「俺は、毎朝、慈念の小僧に呼ばれてっから、皆勤賞だよな」


「水曜日だけね」


「――鬼塚の小僧! わしのおはぎを返さんか!」


――ごつん。


――すぽーん。


――かぽーん。


本堂のほうから、慈念さんのお経が聞こえてくる。


「「「……チッ」」」


縁側の下で、おはぎが、ふわあ、とあくびをした。


墓場は今日も、成仏しない。


――幽霊部員は、今日も、届かない返事を、毎朝、元気にしている。


(第二十三話 完)


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