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墓場ぐらしのサダコさん  作者: 則本潮


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「民俗学研究会、怪異を調査す」【中盤】

☆怪異、空回る


一週間後。土曜日。雨。


民俗学研究会の五人が、また山門をくぐってきた。


「――配置について!」


麗華の号令で、墓場中の霊が、物陰に散った。


作戦は、こうだ。


一番手、源蔵じいちゃん。

誰もいない砂利道に、足音を響かせる。


「……いくぞ」


源蔵じいちゃんが、砂利道を、どすどすと踏みしめた。


――しん。


何も、鳴らなかった。


「……霊は、砂利、鳴らせないじゃん」


「……そうじゃった」


二番手、麗華。日傘を、宙に浮かせる。


「ご覧あそばせ……!」


麗華が、全身の力を込めて、日傘を持ち上げた。

白い日傘が、ふわり、と――


「――あ、すみません。落とし物ですかね」


ちょうど通りかかった慈念さんが、ひょいと日傘を拾い上げて、寺務所に持っていってしまった。


「――わたくしの日傘ぁぁぁ!!」


三番手、雷太さん。見えないギターで、不気味な効果音を。


――ぎゅいいいいん。


本堂のほうから、同じタイミングで、慈念さんの練習用のエレキギターが鳴った。


「……お、ギターの音だ」


丸山くんが、のんきに言った。


「お寺の人、ギター弾くんすね。ウケる」


「……被った」


雷太さんが、北の端で、膝を抱えた。


四番手、ハヤトさん。新入生のスマホに、映り込む。


「……映えポーズ、いくっす」


ハヤトさんは、丸山くんの自撮りの後ろに、すっと立った。


――ぴこん。


「……あ、電池切れた」


「タイミング!!」


そして、真打ち。鬼塚さん。


「――どけ。俺が、本物を見せてやる」


鬼塚さんは、自分の首を、すぽんと外した。

小脇に抱えて、丸山くんのスマホの前で、ピースを――


「――ひっ……!」


桃井さんが、なぜか、こっちを見て、凍りついた。


「……い、今、なんか、寒く……なかったですか……」


――見えては、いない。


でも、鬼塚さんが首を外した瞬間の冷気だけが、桃井さんの首筋を撫でたらしかった。


「む、無理です、私、無理……っ」


桃井さんは、ビニール傘を放り出して、山門のほうへ走っていってしまった。


「…………あ」


「…………やっちまった」


鬼塚さんは、首を抱えたまま、固まっていた。


そのあいだ、伽椰子は、どうしていたかというと。


本堂の縁側で、慈念さんと、向かい合って座っていた。


⑤ 噛む二人


「…………し、慈念さん。…………お、お時間、いただいて、あ、ありがとうございます」


「い、いえ。……こ、こちらこそ。……わ、私でよければ」


伽椰子は、ノートを開いていた。

慈念さんは、正座で、背筋を伸ばしていた。


二人とも、噛んでいた。


「…………お、お経の最後に、檀家さんの、お、お名前を、呼んでいらっしゃると、き、聞いて」


「は、はい。……と、当番表、というか。……曜日ごとに、決めて」


「…………ど、どうして、始めたんですか」


慈念さんは、少しだけ、黙った。


それから、本堂の外の、雨の墓地を見た。


「……名前は、呼ばれないと、薄れていく気がするんです。……誰かが、毎朝、呼んでいれば。……その人は、ちゃんと、ここにいる気がして」


伽椰子のペンが、止まった。


「…………それ、は」


「……すみません。お坊さんっぽくないですよね。……ただの、気持ちの話です」


「…………いえ」


伽椰子は、首を振った。


「…………月曜日は、桜庭家、ですよね」


慈念さんが、はっとしたように、伽椰子を見た。


「…………毎朝、桜庭貞子って、呼んでくれてるんですよね。…………蒼太くんから、聞いてました。…………ずっと、お礼が、言いたくて」


伽椰子は、ノートを置いて、深く、頭を下げた。


「…………ありがとう、ございます」


慈念さんは、何か言おうとして、うまく言えなくて、それから、同じくらい深く、頭を下げた。


――二人とも、しばらく、顔を上げなかった。


あたしは、本堂の柱の陰で、それを見ていた。


胸の奥が、ぎゅうっとして、苦しかった。


⑥ 向いてないね


その日の夕方。


山門の前で、丸山くんが、自撮り棒を畳みながら、言った。


「――先輩。俺、やっぱ、辞めます」


「…………え」


「なんも起きなかったし。……桃井も、もう来ないって、さっきメッセージ来ました」


伽椰子の顔から、血の気が引いた。


「…………あ、あの、ま、待って……」


「民俗学とか、俺、よくわかんないんで。……すんません」


「…………ア゛…………」


伽椰子の喉が、鳴った。


「…………ア゛ア゛……ち、ちが……あの、研究会は……ア゛ア゛ア゛……」


言葉が、出てこない。


丸山くんは、気まずそうに頭をかいて、山門の向こうへ帰っていった。


千田くんも、何も言わずに、その後を追っていった。


残ったのは、伽椰子と、小野寺くんだけだった。


「……先輩」


「…………ごめん、小野寺くん。…………先、帰ってて」


小野寺くんは、少しだけ迷って、それから、傘を差して、帰っていった。


伽椰子は、一人で、桜庭家之墓の前にしゃがみこんだ。


雨の音だけが、していた。


「…………サダ。…………私、代表、向いてないね」


――そんなことない。


「…………噛むし。…………喉、鳴るし。…………大事なとき、言葉、出てこないし」


――そんなことないってば。


あたしは、伽椰子の前にしゃがみこんで、何度も、何度も、首を振った。


もちろん、伽椰子には、見えない。


「…………七月の報告会で、活動内容、発表しなきゃいけないの。…………一年生も、聞きに来る。…………それで、ダメだったら、本当に、おしまい」


伽椰子は、膝に顔をうずめた。


「…………二百人の前で、しゃべるんだよ。…………私が」


隣の墓で、鬼塚さんが、自分の首を抱えたまま、うなだれていた。


「……俺らのせいだ」


麗華も、日傘のない手を、所在なさそうに握っていた。


「……わたくしたち、余計なことを、いたしましたわね……」


――怪異じゃなかった。


カヤに必要だったのは、幽霊じゃなかった。


あたしは、伽椰子の背中を見つめた。


小学校の図書室で、百科事典の棚の陰に隠れて、泣いていた背中。


浪人の一年、毎朝、一人で予備校に通った背中。


――カヤは、いつだって、一人で、頑張ってきたんだ。


「……じゃあ、あたしたちに、できることは」


雨の中で、あたしは、つぶやいた。


「……カヤの頑張りを、一番近くで、見てることだけだよ」


最後までお読みいただきありがとうございました。

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