「民俗学研究会、怪異を調査す」【前半】
☆代表の、月島です
六月。梅雨入り。
朝から、しとしとと雨が降っていた。
「――おはようございます!」
「「「おはようございまーす」」」
雨の日の朝礼は、ふみ先生の声も、少しだけ湿っている。
あたしは、雨が嫌いだ。
でも、六月の雨の日だけは、ちょっとだけ、そわそわする。
――ぱしゃ、ぱしゃ。
山門のほうから、傘の足音が聞こえた。
紺色の傘。その手に、もう一本、畳んだ水色の傘。
「――カヤだ!」
伽椰子は、今日は一人じゃなかった。
後ろに、背の高い眼鏡の男の子。小野寺くんだ。
そのさらに後ろに、見たことのない三人。
金髪で、スマホを自撮り棒につけている男の子。
ビニール傘を両手で握りしめて、おどおどしている女の子。
ぼさぼさ頭で、一言もしゃべらない男の子。
「……新入生、ですわね」
麗華が、日傘の陰からのぞいた。
伽椰子は、桜庭家之墓の前で立ち止まると、くるりと三人を振り返った。
それから、ノートを胸に抱えて、すうっと、息を吸った。
「…………み、民俗学研究会の、き、今日のフィールドワークを、始めます」
声が、裏返った。
「…………だ、代表の、つ、月島…………伽椰子、です」
――しん。
金髪の男の子が、スマホから顔を上げた。
「……かやこ?」
「……ひっ」
おどおどした女の子が、小さく悲鳴を上げた。
「え、かやこって、あの、ホラー映画の……」
あたしは、思わず、身を乗り出した。
――言われる。また、言われる。
小学四年生の春から、あたしとカヤが、ずっと言われ続けてきたやつ。
でも。
伽椰子は、まっすぐに、三人を見た。
「…………はい。伽椰子です」
小さな声だった。
でも、もう、うつむいてはいなかった。
「…………お母さんが、つけてくれた名前です。…………よろしく、お願いします」
――ふわっ。
「――あ、やば」
「――全員、気をつけ!」
――ぴしっ。すとん。
雨の中、あたしは、桜庭家之墓の前に着地した。
「……カヤ、かっこよすぎ……」
「……わたくしも、少し浮きましたわ……」
☆廃部の危機
「――で、先輩。例の写真の場所って、どこっすか」
金髪の男の子――丸山くんが、自撮り棒を振り回した。
「首なしピースのやつ! 俺、あれ見て、この研究会入ったんすよ!」
「…………あ、あれは、その…………」
伽椰子は、困ったように、小野寺くんを見た。
小野寺くんが、苦笑いしながら、隣の鬼塚家之墓を指さした。
「……そこだよ。去年、僕が撮ったんだ」
「うおおお、ここが聖地っすか!」
――隣の墓の縁側で、鬼塚さんが、得意げにリーゼントを撫でた。
「おう、聖地だ。拝んでけ」
「……鬼塚さん、ちょっと黙ってて」
丸山くんは、鬼塚家之墓の前で、自撮りを連写し始めた。
おどおどした女の子――桃井さんは、ビニール傘の陰で、小さく震えていた。
「……わ、私、怖いの、本当に無理なんです。……でも、友達に、一緒に入ろうって言われて。……その友達、入学式の次の日に、辞めちゃって……」
「……災難すぎない?」
ぼさぼさ頭の男の子――千田くんは、ずっと黙って、墓石の文字を眺めていた。
伽椰子は、ノートを開いて、おずおずと言った。
「…………あ、あの。…………民俗学研究会は、その、心霊を調べるところじゃ、なくて。…………お墓や、お祭りや、名前の由来や……そういう、人の暮らしを……」
「えー」
丸山くんが、露骨に、がっかりした声を出した。
「じゃあ、幽霊とか出ないんすか?」
「…………で、出ない、と、思います」
――ここにいるけどね。五十人。
小野寺くんが、そっと、伽椰子に耳打ちした。
「……先輩。七月の活動報告会までに部員五人いないと、サークル登録、取り消しですよ」
「…………わかってる」
伽椰子の声が、少しだけ、震えた。
――部員は、今、ちょうど五人。
伽椰子と、小野寺くんと、新入生の三人。
一人でも辞めたら、民俗学研究会は、なくなる。
「……四年生の先輩たち、引退するとき、『月島なら大丈夫』って言ってくれたから」
伽椰子は、誰にも聞こえないくらいの声で、墓石に向かって、つぶやいた。
「…………なくしたく、ない」
☆墓場、怪異をプロデュースす
伽椰子たちが帰ったあと。
「――緊急会議ですわ!」
麗華の号令で、桜庭家之墓の前に、墓場中の霊が集まった。
「議題は一つ。月島さんの研究会を、廃部から救うことですわ!」
「「「おおっ!」」」
「要するに、あの金髪のガキを、辞めさせなきゃいいんだろ」
鬼塚さんが、ばきばきと指を鳴らした。
「簡単だ。幽霊、出してやりゃいいんだよ。……サービス第二弾だ」
「――それですわ!」
麗華が、日傘をぱっと開いた。
「怪異で、新入生の皆様を、虜にするのですわ! 題して――『墓場、怪異をプロデュースす』!」
「……それ、カヤの研究会の趣旨と、真逆じゃない?」
「細かいことは、よろしいのですわ!」
「……効果音なら、任せろ」
雷太さんが、見えないギターを、低く鳴らした。
「……盛り上がる映え方なら、わかるっす」
ハヤトさんが、スマホを構えるような手つきをした。
「……わしは、足音担当じゃな。大工の足腰で、砂利を鳴らしちゃる」
源蔵じいちゃんまで、腕まくりをした。
「――ほどほどにね」
トメばあちゃんが、にこにこしながら、お玉じゃくしを、ぽん、と手のひらに打ちつけた。
――全員の背筋が、少しだけ、伸びた。
あたしは、雨の中で、ぎゅっと拳を握った。
「……よし。カヤの研究会、あたしたちで守ろう!」
「「「おおおおおっ!!」」」
その声の中で、一人だけ、ふみ先生が、眼鏡を押し上げながら、小さくつぶやいた。
「……教育的には、あまり感心しませんけれどね」
――その予感は、一週間後、見事に当たることになる。
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