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墓場ぐらしのサダコさん  作者: 則本潮


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「夜叉鬼、最後の集会(後編)」【後半】

⭐︎犯人は、私です

翌朝。

寺は、大騒ぎになっていた。


「――円海さん! 夜中の二時に、鐘が鳴りましたよね!?」

「うちの犬が、朝まで遠吠えしてましたよ!」

「除夜の鐘には、早すぎませんか!?」

山門の前に、近所の人たちが、何人も押しかけていた。


円海さんは、一人ずつに、深々と頭を下げていた。

鐘楼の下には、あたしたちが、ぐったりと転がっていた。五十人、全員。


「……体が……動かねえ……」

「……わしもじゃ……」

源蔵じいちゃんと鬼塚さんが、並んで、砂利道に伸びていた。


近所の人たちが帰ったあと、円海さんは、鐘楼を見上げて、静かに言った。

「……慈念。夜中に、鐘を撞いたのは、誰だ」

慈念さんは、鐘楼の綱を、じっと見ていた。


それから、ぶるっと、肩を震わせた。

――慈念さんは、ときどき、あたしたちの気配を感じてしまう人だ。

夜中、鐘楼で、勝手に揺れる綱を、見たのかもしれない。


ひやりとした空気の中で、たくさんの何かが、必死に綱を引いているのを。

慈念さんは、しばらく黙っていた。

それから、まっすぐに、円海さんを見た。


「……私です」

――鐘楼の下で、五十人が、いっせいに顔を上げた。

「夜中に、目が覚めて。……どうしても、撞かなきゃいけない気がして。……申し訳ありません」


円海さんは、慈念さんの顔を、長いこと見つめていた。

それから、鐘楼の下の、何もない砂利道に、ちらりと目をやった。


「……そうか」

円海さんは、小さく、息を吐いた。

「なら、仕方ないな。……写経、百枚」

「……はい」


円海さんが本堂へ戻っていくと、慈念さんは、鐘楼の下に向かって、誰にともなく、ぼそりとつぶやいた。


「……今回だけですからね、皆さん」

――その朝のお経は、相変わらず、少しだけ半音ずれていた。


でも、墓場中の誰一人、舌打ちをしなかった。

……と思ったら、一人だけ、した。

「……チッ」

鬼塚さんだった。

「……借り、作っちまったじゃねえか、小僧」


⭐︎鐘が鳴り終わったころに

昼過ぎ。

――ぶるるるる。

原付の音が、山門に飛び込んできた。

翔くんは、鬼塚家之墓の前まで走ってきて、それから、へなへなと座り込んだ。


「……武さん。……じいちゃん、熱、下がりました」

――あたしは、息を止めた。

「夜中の二時に、寺の鐘が鳴ったんす。……病院まで、聞こえて。……そしたら、じいちゃん、急に、目え開けて」

翔くんは、泣きながら、笑っていた。


「『鐘だ』って。『やべえ、集会、始まっちまう』って。……それから、ちゃんと、俺の顔見て、『翔、何時だ』って」

翔くんは、ぐしゃぐしゃの顔で、墓石を見上げた。


「医者も、不思議がってました。……朝には、熱、下がってて。……ヤスさんから、『寺の鐘聞いたか!』って、朝五時に電話来ました。……補聴器なしで聞こえたって」


鬼塚さんは、墓石の前に、座り込んでいた。

何も言わなかった。

ただ、肩だけが、ずっと、震えていた。


――それから、二週間後。

四月の、桜が満開の日曜日。

山門をくぐってきたのは、車椅子だった。

押しているのは、翔くん。その両脇に、ヤスさんと、ブンさん。

車椅子の上に、マサさんがいた。


「――段差だ! ブン、持ち上げろ!」

「……腰が」

「根性だ、根性!」

「……ヤスさん、補聴器、ハウってます」

砂利道で、車椅子の車輪が埋まって、三人がかりで、えっちらおっちら、持ち上げる。


――墓場中が、笑った。


笑いながら、泣いていた。

ようやく、鬼塚家之墓の前にたどり着くと、マサさんは、動く左手で、ゆっくりと缶を一本、墓前に置いた。

ミルクコーヒー。


「……よう、タケ」

言葉は、まだ、少しもつれていた。


「……鐘、聞こえたぞ。……お前だろ」

「……」

「……わかってる。……あんな下手くそな鐘、撞けるのは、お前らくらいだ」


鬼塚さんが、吹き出した。泣きながら。

「……悪かったな、下手くそで」

「……集会、遅刻しちまった。……鐘が鳴り終わったころに、来ちまった」

マサさんは、笑った。

「……いつも通りだろ」

「……ああ。いつも通りだ、バカ野郎」


⭐︎隣の木

「……それとな、タケ。……一個、報告がある」

マサさんは、左手で、本堂の裏のほうを指さした。

竹林の中の、樹木葬墓地「さくらの丘」。桜の苗木が、何本も並んでいる場所だ。


「……あそこの、桜の木の下。……予約した。……千津子と、二人分」

――鬼塚さんが、顔を上げた。

「……相沢の墓は、武志に任せる。……俺と千津子は、ここに来る。……お前の、すぐ近くにな」

マサさんは、車椅子の上で、少しだけ姿勢を正した。


「……だからよ。……次は、遅刻しねえ。……ちゃんと、隣に来る」

「……」

「……でも、順番は、守る。……ゆっくり、来る。……それで、いいだろ」


――しばらく、鬼塚さんは、何も言えなかった。

山門の外には、出られない。

マサさんのところには、走っていけない。

右手は、もう、拳を握れない。

バイクには、たぶん、二度と乗れない。

――それでも。

いつか、この人は、この山門をくぐって、ここに来る。


「……ゆっくり来い」

鬼塚さんは、かすれた声で言った。

「……百まで、来んな。……来たら、ぶん殴るからな」

マサさんには、聞こえていない。


でも、マサさんは、なぜか、満足そうに笑った。

鬼塚さんは、墓前から、最後の一個の苺大福を取った。少し潰れた、あの一個。

それを、二つに割って、半分を、マサさんの膝の上に、そっと置いた。

もちろん、マサさんには、見えない。


――と、そのとき。

――ひょい。

おはぎが、マサさんの膝の上に、飛び乗った。

ちょうど、半分の苺大福が置いてある、その場所に。


「……お? なんだ、この猫」

マサさんが、左手で、おはぎの背中を撫でた。

おはぎは、ごろごろと喉を鳴らして、マサさんの膝の上で、丸くなった。


「……あったけえな」

鬼塚さんは、残りの半分を、口に放り込んだ。

「……半分こ、な」


その日の夜。

さくらの丘の、まだ細い桜の苗木の前で、鬼塚さんが、ふみ先生と話していた。


「……この苗木、予約済みだからな。……誰も入れんなよ」

「管理は、わたしの担当です。ご安心ください」

ふみ先生は、眼鏡を押し上げて、それから、少しだけ笑った。


「……ずいぶん、楽しみにしていらっしゃるんですね」

「――楽しみじゃねえよ!! 百年後でいいんだよ!!」


翌朝。

「――こらぁぁぁ、鬼塚ぁぁぁ!!」

――ごつん。

――すぽーん。

――かぽーん。


いつもの朝。

縁側の下で、おはぎが、ふわあ、とあくびをした。

墓場は今日も、成仏しない。

――山門の内側で、総長は、副総長の遅刻を、気長に待つことにした。


(第二十二話 完)

最後までお読みいただきありがとうございました。

前回の後書きですが、――ごおん。ではなく――

――チーン。の方が良かったかも……

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