「夜叉鬼、最後の集会(後編)」【中盤】
⭐︎真夜中の作戦会議
「――鐘を、撞く!?」
その夜。鐘楼の下に、墓場中の霊が集まっていた。
麗華が、日傘を握りしめて、声を上げた。
「鬼塚さん、お気持ちはわかりますわ。でも、わたくしたちは、落ち葉一枚動かすのにも、ひと苦労ですのよ!?」
「わかってる」
「あの撞木は、丸太ですわよ!?」
鐘楼の真ん中には、大きな鐘が吊るされている。
その横には、太い綱で吊られた、丸太の撞木。
慈念さんが毎朝、全身でぶつかるようにして撞いている、あの撞木だ。
「……それに、夜中に鐘が鳴ったら、ご近所が大騒ぎになりますわ。円海さんにも、慈念さんにも、ご迷惑が――」
「わかってる!」
鬼塚さんが、声を荒らげた。
それから、少しだけ、声を落とした。
「……鐘は、ここで鳴る。でも、集合場所は、山門の向こうの空き地だ。生きてる奴らの場所だ」
鬼塚さんは、山門のほうを指さした。
「あいつの体はな、五十年経っても、覚えてんだよ。鐘が鳴ったら、山門の向こうに走る。……生きてる側に、走るんだ」
「……生きてる側に」
「だから、鳴らす。……熱で、あの夜に迷い込んでんなら、鐘で、こっちに引き戻す」
――誰も、反論しなかった。
「……よろしい」
ふみ先生が、眼鏡を押し上げた。
「では、作戦を立てましょう。撞木の綱に、全員で並びます。つまり、綱引きです。運動会は、わたしの専門分野ですので」
「……テンポは、BPM六十」
雷太さんが、見えないギターを構えた。
「……一拍目で引いて、三拍目で離す。……俺が、カウントする」
「わしは、一番前じゃ」
源蔵じいちゃんが、ねじり鉢巻きを締めた。
「大工の腕力、見せちゃる」
「……俺も、行くっす」
ハヤトさんが、ポケットから手を出した。
「わしらも、加勢しよう」
西園寺家の墓から、紋付きの高祖父さまと、杖をついたお兄様が出てきた。
清一さんも、ふだんは顔を合わせない、ほかの家の霊たちも。
――気づけば、五十人の霊が、鐘楼の下に、ずらりと並んでいた。
「……お前ら」
鬼塚さんの声が、詰まった。
「――ほら、鬼塚さん。一番前ですよ」
トメばあちゃんが、にこにこと、お玉じゃくしで綱を指した。
「総長でしょう?」
⭐︎一センチ
「――せーのっ!」
ふみ先生のホイッスルが、真夜中の鐘楼に響いた。
五十人が、いっせいに、綱を引いた。
――すかっ。
全員の手が、綱を、すり抜けた。
「「「…………」」」
五十人が、いっせいに、後ろにひっくり返った。
「……つかめてないじゃん!!」
「き、気持ちが足りませんでしたわ! もう一度!」
「――せーのっ!」
――すかっ。
「ぐえっ」
源蔵じいちゃんの上に、鬼塚さんが倒れ込んだ。
その上に、ハヤトさん。その上に、ごま。
「……重てえよ、ジジイ」
「……わしは、一番下じゃ……」
「――集中してください!」
ふみ先生が、ぴりりとホイッスルを鳴らした。
「落ち葉を動かすときと同じです。手だけでなく、気持ちで、つかむのです。……動かしたいものの、向こう側を思い浮かべて」
――向こう側。
あたしは、目を閉じた。
山門の向こうの、病院。白いベッド。左の眉の、小さな古傷。
「――せーのっ!」
――ぎしっ。
「……あ」
綱が、ほんの少しだけ、たわんだ。
撞木が、一センチ、揺れた。
「――動いた!!」
「動きましたわ!!」
「……一センチ」
雷太さんが、ぼそっと言った。
「……鐘まで、あと、五十センチ」
「遠い!!」
――ぎしっ。……ぎしっ。
二センチ。三センチ。
でも、そこから先が、どうしても、動かない。
撞木は、少し揺れては、すぐに、元の位置に戻ってしまう。
時間だけが、過ぎていった。
本堂の時計が、午前一時を打った。
それから、午前一時半。
「……くそ」
鬼塚さんの肩が、上下していた。霊なのに、息が、切れているみたいだった。
「わんっ!」
ごまが、綱の端をくわえて、うなりながら後ろに踏ん張った。
――それでも、撞木は、鐘に届かない。
⭐︎総長の、お願い
午前二時の、少し前。
鬼塚さんは、綱から、手を離した。
「……鬼塚さん?」
鬼塚さんは、綱の前で、くるりと振り返った。
五十人の霊が、綱を握ったまま、鬼塚さんを見ていた。
鬼塚さんは、しばらく、黙っていた。
それから。
リーゼントの頭を、深く、深く、下げた。
「――頼む」
――墓場が、しんとした。
鬼塚さんが、誰かに頭を下げるのを、あたしは、初めて見た。
「……俺は、あの夜、あいつの話を聞かずに、走っていっちまった。……今は、あいつのところに、一歩も走っていけねえ」
下げた頭が、震えていた。
「だから、せめて、呼ばせてくれ。……こっちに来いって意味じゃねえ。……生きてる側に戻れって、あいつに、言ってやりてえんだ」
「……夜叉鬼の総長が、頭を下げてんだ。……頼む。……力、貸してくれ」
最初に、動いたのは、源蔵じいちゃんだった。
「……顔を上げい、小僧」
源蔵じいちゃんは、綱を握り直して、ぶっきらぼうに言った。
「とっくに、貸しとるわい。……毎朝、殴り合っとる仲じゃろうが」
「……ジジイ」
「――皆様」
麗華が、日傘を背中に差して、綱を握った。
「総長さんの、ご命令ですわ」
「「「――おうっ!!」」」
鬼塚さんは、ぐしっと鼻をこすって、一番前で、綱を握った。
その後ろに、源蔵じいちゃん。
トメばあちゃん。麗華。ふみ先生。ごま。ハヤトさん。清一さん。高祖父さま。お兄様。五十人。
そして、一番後ろに、あたし。
「……ワン、ツー」
雷太さんが、静かにカウントを取った。
「……ワン、ツー、スリー、フォー」
――山門の向こうの、白いベッドを思い浮かべる。
――左の眉の、小さな古傷を思い浮かべる。
――生きてる側へ。
「――せーのっ!!」
――ぎしいっ。
綱が、大きく、しなった。
撞木が、後ろに、ゆっくりと引かれていく。
十センチ。二十センチ。三十センチ。
「――離せぇぇぇ!!」
鬼塚さんの声で、五十人が、いっせいに、綱から手を離した。
丸太の撞木が、夜の空気を切り裂いて、まっすぐに、鐘へ――
――ごおおおおおおん。
午前二時。
真夜中の町に、鐘の音が、どこまでも、どこまでも、響き渡っていった。
最後までお読みいただきありがとうございました。
慈念と円海のBL小説を書いて欲しいと言われました。
「なんでやねん」――ごおん。
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