「夜叉鬼、最後の集会(後編)」【前半】
⭐︎最後の一個
三月の終わり。
墓場の桜が、五分咲きになった。
「――おはようございます!」
「「「おはようございまーす」」」
「……おはよう、ございまーす……」
朝礼の列の一番端で、鬼塚さんが、地面に半分めり込んでいた。
「……鬼塚さん。それ、どうしたの」
「……聞くな」
鬼塚家之墓の前には、空っぽになった苺大福の箱が、転がっていた。
――七十個入りの箱。
中身は、残り一個。
「……まさか、一晩で六十九個……」
「……甘いもんは、別腹なんだよ」
「別腹の容量、おかしくない!?」
霊の体は、未練や怒りや胃もたれで、重くなる。
そして、どうやら、食べすぎでも、重くなるらしい。
「わっはっは! 見い、リーゼントが地面から生えとるわい!」
源蔵じいちゃんが、腹を抱えて笑った。
「……覚えてろよ、ジジイ……」
鬼塚さんは、砂利から首だけ出したまま、源蔵じいちゃんをにらんだ。迫力は、ゼロだった。
「……ねえ。最後の一個は、食べないの?」
あたしが聞くと、鬼塚さんは、ぷいっと横を向いた。
「……それは、取っとくんだよ」
「何のために?」
「……マサが来たら、半分こすんだ」
――墓場が、少しだけ、静かになった。
マサさんは、まだ、病院のベッドの上だ。
右の手と足は、動かないまま。
いつ来られるのかも、そもそも来られるのかも、わからない。
「……なんだよ。文句あんのか」
「……ないよ」
あたしは、首を振った。
「ないけどさ。……とりあえず、地面から出よっか」
みんなで、鬼塚さんを、大根みたいに引っこ抜いた。
⭐︎鐘が鳴ったら、集合
その日の夕方。
――ごおん。
本堂の横の鐘楼から、夕方の鐘が鳴った。
鬼塚さんは、鬼塚家之墓の縁側で、その音を、じっと聞いていた。
「……昔な。あの鐘が、合図だったんだよ」
「合図?」
「夜叉鬼の集合の合図。……夕方の鐘が鳴ったら、この寺の裏の空き地に集合。そういう決まりだった」
鬼塚さんは、懐かしそうに目を細めた。
「十六で、マサと二人で作ったチームだ。……金もねえし、時計も持ってねえ連中ばっかでよ。だから、町中どこにいても聞こえる、この寺の鐘を、時計代わりにしたんだ」
「……かっこいいような、エコなような……」
「エコって言うな」
隣で聞いていた麗華が、首をかしげた。
「では、マサさんは、いつも鐘と同時に、いらしたのですか?」
「いや」
鬼塚さんは、ふっと笑った。
「あいつは、毎回、遅刻だった。鐘が鳴り終わったころに、『わりい、わりい』って、のこのこ来やがるんだ。……一回も、鐘より先に来たことはねえ」
「……ふふ。マサさんらしいですわね」
「だろ」
――ごおん。
二つ目の鐘が、夕焼けの空に溶けていく。
「……引退の集会もな、あの鐘で始める予定だったんだ」
鬼塚さんは、空を見上げた。
「鐘が鳴って、マサが遅れて来て、俺が特攻服を渡す。……そういう段取りだった」
その集会は、結局、開かれなかった。
鐘が鳴る前の夜に、鬼塚さんは、いなくなってしまったから。
⭐︎今夜が山
三月二十八日の夕方だった。
――ぶるるるる。
原付の音が、いつもより、ずっと荒っぽく、山門に飛び込んできた。
翔くんだった。
ヘルメットを脱ぎ捨てるみたいに外して、鬼塚家之墓の前に、膝をついた。
「……武さん」
翔くんの顔は、真っ青だった。
「じいちゃん、肺炎、起こして。……熱が、下がらなくて。……医者が、今夜が山だって」
――しん。
墓場中の空気が、凍りついた。
鬼塚さんの手の中で、最後の一個の苺大福が、ぎゅっと潰れかけた。
「……今、母さんも、父さんも、ばあちゃんも、病院にいて。……俺、一回だけ、抜けてきたんす」
翔くんは、墓石を、まっすぐに見上げた。
「じいちゃん、ずっと、うわ言、言ってて。……『鐘』って」
「……鐘?」
あたしは、思わず、聞き返していた。
もちろん、翔くんには聞こえない。
「『鐘、鳴ったか』って。……『まだ鳴ってねえか』って。……何回も、何回も」
翔くんは、唇を噛んだ。
「俺、意味わかんなくて。……でも、武さんなら、わかるんじゃないかって」
翔くんは、深く頭を下げた。
「……お願いします。じいちゃん、まだ、連れてかないでください」
それだけ言って、翔くんは、また原付に飛び乗った。
――ぶるるるる。
エンジンの音が、山門の向こうに、消えていく。
あたしは、鬼塚さんを見た。
鬼塚さんは、動かなかった。
でも、その目は、本堂の横の、鐘楼に向いていた。
「……あいつ、集会に行こうとしてやがる」
「……え?」
「五十年前の、引退の集会だよ。……鐘が鳴ったら、始まる集会。……あのバカ、熱にうかされて、あの夜に戻ってやがるんだ」
鬼塚さんは、ゆっくり、立ち上がった。
「……で、遅刻しねえように、鐘を待ってる」
その声は、静かだった。
「……行かせるかよ。……あっちの集会には、行かせねえ」
鬼塚さんは、潰れかけた苺大福を、そっと墓石の前に置いた。
それから、特攻服の袖を、まくった。
「――鐘、鳴らすぞ」
最後までお読みいただきありがとうございました。
最近、朝5時頃に三桁のアクセスがあるのですが、どこかのお寺で読まれているのでしょうか?嬉しい限りです。
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