↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
墓場ぐらしのサダコさん  作者: 則本潮


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
88/110

「夜叉鬼、最後の集会(前編)」【中盤】

⭐︎原付の音

三月十四日。

本番まで、あと一週間。


鬼塚さんのリーゼントのセット時間は、とうとう、一時間半を超えた。


「……なあ、貞子。この角度と、この角度。どっちが総長っぽい?」

「……同じに見える」

「全然ちげえだろが」


――ぶるるるる。

山門のほうから、原付の音が聞こえた。

「……あ、翔くんだ」

鬼塚さんが、ぱっと顔を上げた。

「おう、来たか! 段取りの報告か? ……ったく、気が早え――」


でも。

砂利道を走ってきた翔くんの顔を見て、鬼塚さんの言葉は、途中で止まった。

ヘルメットも外さないまま。金髪が、汗で額に張りついている。

翔くんは、鬼塚家之墓の前で、立ち尽くした。


「……武さん」

声が、かすれていた。

「……じいちゃん、倒れた」


――しん。


墓場中の音が、消えた。

「……昨日の夜。倉庫で、昔のバイク、磨いてて。……集会の日に、エンジンかけて見せるんだって、張り切ってて。……そのまま」

翔くんは、ヘルメットを、ようやく外した。


「脳梗塞だって。……命は、大丈夫。でも、右の手と足が、動かなくて。……しゃべるのも、うまくできなくて」


鬼塚さんは、動かなかった。

チラシを持った手だけが、小さく、震えていた。


「……病院のベッドで、じいちゃん、左手で、俺の腕つかんで」

翔くんは、自分の腕を、ぎゅっと握った。


「『やる』って。……『集会は、やる。お前が、段取りしろ』って。……そればっかり」

翔くんは、墓石に向かって、深く頭を下げた。

「……すみません。俺、どうしたらいいか、わかんなくて。……とりあえず、武さんに、言わなきゃって」


それから、翔くんは、また原付で、山門の向こうへ走っていった。


――ぶるるるる。

エンジンの音が、だんだん、小さくなっていく。


⭐︎見えない壁


「――どけ」

鬼塚さんが、走り出した。

「鬼塚さん!?」

砂利道を、山門に向かって、一直線に。

特攻服の裾が、ばたばたと翻る。


――ぼよんっ。


見えない壁に、はね返された。

鬼塚さんの体が、砂利道を、ごろごろと転がった。

「……っ」

鬼塚さんは、すぐに起き上がった。もう一度、走る。


――ぼよんっ。


「鬼塚さん、無理だよ! 山門の外には――」

「わかってんだよ!!」

もう一度。


――ぼよんっ。

もう一度。

――ぼよんっ。

一時間半かけたリーゼントが、ぺしゃんこに潰れていく。


「――おい、ジジイ! 手え貸せ!」

「……な、何をする気じゃ」

「後ろから押せ! 勢いがあれば、抜けられるかもしんねえ!」

源蔵じいちゃんは、一瞬だけ迷って、それから、鬼塚さんの背中に、両手を当てた。


「……一回だけじゃぞ。……せーのっ!」


――ぼよよんっ。


二人そろって、はね返された。

源蔵じいちゃんが、鬼塚さんの上に、どすんと落ちた。


「……重てえよ、ジジイ」

「……お前が、押せと言うたんじゃろうが」

「――わたくしの日傘で、棒高跳びはいかがかしら!」

麗華が、閉じた日傘を差し出した。


「上からなら、壁が、ないかもしれませんわ!」

鬼塚さんは、日傘をひったくって、助走をつけた。

日傘の先を、砂利道に突き立てる。


――びよーん。


鬼塚さんの体が、きれいな弧を描いて、山門の屋根の高さまで跳ね上がり――

――ぼよんっ。

空中で、はね返された。

「……あ」

――どさっ。


「…………」

誰も、笑わなかった。

いつもなら、墓場中が大笑いする場面なのに。

鬼塚さんは、山門の内側の砂利道に、大の字に転がったまま、空を見上げていた。


「……くそ」

日傘を握ったまま、小さく言った。

「……くそ、くそ、くそっ」


麗華が、そっと日傘を受け取った。

「……わたくしも、九十年、試しましたのよ」

「……」


「あの方が待っていた駅は、この山門の、ほんの少し先でしたの。……一度も、たどり着けませんでしたわ」

鬼塚さんは、何も答えなかった。

ただ、山門の向こうの、春の道を、じっと見つめていた。


⭐︎一週間後の集会

その夜。

鬼塚さんは、山門の内側の石段に、一人で座っていた。

あたしは、少し離れて、その隣に腰を下ろした。

「……リーゼント、直さないの?」

「……いい」

潰れた前髪が、鬼塚さんの目元に、だらりと垂れていた。

しばらく、二人とも、黙っていた。


「……一九七五年の、十月な」

鬼塚さんが、ぽつりと言った。

「俺が死んだ夜の、一週間後に、集会やる予定だったんだ。……俺の、総長引退の集会」

「……引退?」

「ああ。十九で、引退。……族なんてのは、いつまでもやるもんじゃねえ。マサが二代目を継いで、俺は、普通に働くつもりだった」

鬼塚さんは、自分の背中の刺繍を、親指で指した。

「この特攻服を、マサに渡す段取りまで、決めてた。……そしたら、あいつが『抜ける』って言い出して。……頭にきて、殴って。……そのまま、一人でバイクで、走っていっちまった」

「……うん」

「あの夜、俺は、マサの話を、最後まで聞かずに、走っていっちまったんだ」

鬼塚さんは、山門の向こうの、暗い道を見た。


「……で、今度は、あいつが倒れてんのに。……俺は、一歩も、走っていけねえ」


――あたしは、何も言えなかった。


あの夜は、走っていってしまったことを、後悔した。

今夜は、走っていけないことに、打ちのめされている。


どっちも、この人のせいじゃないのに。


「……集会、どうなるのかな」

「……やめりゃいいんだよ。あんな身体で、無理すんじゃねえ」

鬼塚さんは、そう言って、膝に顔をうずめた。


「……やめろよ、マサ。……来んなよ。……こっちには、まだ、来んじゃねえぞ」

山門の向こうから、夜風が、ひゅうっと吹き込んできた。


――あたしたちは、その風を、受け取ることしかできない。

石段の下で、おはぎが、小さく、ふわあ、とあくびをした。


最後までお読みいただきありがとうございました。

よろしければ、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。