「夜叉鬼、最後の集会(前編)」【前半】
⭐︎鬼塚さんが、おかしい
三月。
梅が散って、墓場の桜の枝先が、ほんのりピンク色にふくらみ始めた。
「――おはようございます!」
「「「おはようございまーす」」」
ふみ先生の朝礼は、今日も元気だ。
でも、あたしは、さっきから、隣の様子が気になって仕方がなかった。
「……ねえ、麗華」
「ええ。わたくしも、気づいておりますわ」
麗華が、日傘の陰から、鋭い目で鬼塚家之墓を見つめた。
――鬼塚さんが、おかしい。
一つ目。今朝、源蔵じいちゃんのおはぎを、盗まなかった。
二つ目。リーゼントのセットに、一時間以上かけていた。
三つ目。さっきから、墓石に向かって、ぶつぶつ何かをつぶやいている。
「……本日は、お日柄もよく……いや、ちげえな……」
「「……」」
あたしと麗華は、顔を見合わせた。
「……麗華探偵、出番じゃない?」
「ええ。この事件、わたくしが解決いたしますわ」
麗華は、日傘をくるりと回して、鬼塚さんの背後に忍び寄った。
「――ごきげんよう、鬼塚さん! 何をぶつぶつと――」
「うおおおっ!?」
鬼塚さんが、飛び上がった。
その拍子に、手に持っていた紙切れが、ひらりと落ちた。
あたしは、それを拾い上げた。
印刷された、一枚のチラシだった。
『夜叉鬼 最後の集会』
『三月二十一日(日) 総長・鬼塚武 生誕七十年』
『場所:総長の墓前 ※雨天決行・暴走禁止・杖可』
「……杖可」
「……杖、可、ですわね……」
「――か、返せっ!!」
鬼塚さんの顔が、リーゼントの先まで、真っ赤になった。
⭐︎七十歳の集会
――話は、二月にさかのぼる。
その日、鬼塚家之墓に、金髪の男の子が、原付で乗りつけてきた。
相沢翔くん。マサさんの、孫だ。
「……どうも、武さん。じいちゃんの孫の、翔っす」
翔くんは、墓前にしゃがみこんで、ミルクコーヒーの缶を置いた。それから、リュックの中から、チラシを一枚取り出した。
「じいちゃんが、これ、供えてこいって」
それが、あのチラシだった。
「三月二十一日、武さんの誕生日なんすよね。生きてたら、七十歳。……じいちゃん、それで、昔のメンバーを集めて、集会やるって言い出して」
翔くんは、困ったように笑った。
「毎晩、昔の仲間に片っ端から電話してるんすよ。補聴器の音量、最大にして。……相手も補聴器だから、二人して怒鳴り合ってて。近所から、苦情きました」
――墓場中が、ずっこけた。
「……『最後の集会』ってのは、じいちゃんが決めたタイトルっす。……あの頃、本当は、やるはずだった集会があったんだって。それを、五十年遅れでやるんだって」
翔くんは、チラシを墓石に立てかけて、立ち上がった。
「……じゃ、当日、また来ます。じいちゃんたち、たぶん、杖ついて来るんで。……よろしくっす」
――そして、今。
「……つまり、誕生日会じゃん!」
「誕生日会じゃねえ! 集会だ!」
鬼塚さんは、チラシを奪い返して、ぎゅっと胸に抱えた。
「……ったく。七十のジジイどもが、何やってんだか」
口では、そう言っている。
でも、リーゼントの先は、いつもより、三ミリくらい、ぴんと上を向いていた。
⭐︎墓場の予行演習
「――では、予行演習をいたしますわ!」
その日の午後。麗華の号令で、墓場中の霊が、鬼塚家之墓の前に集められた。
「本番で、鬼塚さんが恥をかかないように。わたくしたちで、集会の練習をいたしますのよ」
「余計なことすんじゃねえ!」
「総長は、真ん中にお立ちになって!」
鬼塚さんは、ぶつぶつ言いながらも、ちゃんと真ん中に立った。
その前に、墓場の霊たちが、ずらりと並んだ。
「……で、わしは、何の役じゃ」
源蔵じいちゃんが、腕を組んだ。
「源蔵さんは、特攻隊長ですわ」
「誰が、こんな小僧の子分じゃ!」
「……俺、旗持ちっすか。……旗、ないっすけど」
ハヤトさんが、割り箸の残りに、手ぬぐいを結んで掲げた。手ぬぐいには、麗華の字で、なぜか『夜叉鬼』ではなく『やさしい鬼』と書いてあった。
「字、違くない!?」
「暴力的な名前は、いけませんわ」
「――では、整列!」
ふみ先生が、ホイッスルを、ぴりりと鳴らした。
「集会というのは、つまり、朝礼ですね。わたしの専門分野です。……右へ、ならえ!」
「朝礼じゃねえ!!」
「総長、私語は慎んでください」
「総長だぞ、俺は!?」
「……コール、入れるぞ」
北の端から、雷太さんが、見えないギターを構えた。
「……ぶぉん、ぶぉぉん、ぶんぶんぶぶぶん」
口で、バイクの空ぶかしを始めた。無駄に、うまい。
「わんっ! わおーーーん!」
ごまが、遠吠えで、かぶせてきた。
「――あはははっ!」
あたしは、お腹を抱えて笑った。
真ん中の鬼塚さんも、最初は怒鳴っていたのに、だんだん、肩が震えてきた。
「……ったく。……お前ら、本当に、ろくでもねえな」
そう言って、笑った。
――そのときだった。
「――ところで、特攻隊長」
鬼塚さんが、にやりとして、源蔵じいちゃんを振り返った。
「隊長なら、総長に、おはぎの一つも献上すんのが筋だろ」
「――それが本音か、この不良がぁぁぁ!!」
――ごつん。
――すぽーん。
総長の首が、春の空に、高々と舞い上がった。
「「「……おお……」」」
「――おまえさんたち」
――かぽーん。
トメばあちゃんのお玉じゃくしが、予行演習の、締めの一発を決めた。
その夜。
鬼塚家之墓の縁側で、鬼塚さんは、チラシを、何度も、何度も、読み返していた。
「……五十年遅れの集会、か」
そのつぶやきを聞いていたのは、あたしと、墓石の上で丸くなっているおはぎだけだった。
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