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墓場ぐらしのサダコさん  作者: 則本潮


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「大工の初仕事」(中盤)

⭐︎割り箸大捜索


翌朝から、墓場中の割り箸集めが始まった。


「――西園寺家、二本! お正月のお煮しめについておりましたわ!」


「――花村家、竹串三本! お団子の串ですが、使えますか?」


「串は、補強に回す! 持ってこい!」


源蔵じいちゃんは、桜庭家之墓の前に陣取って、集まってくる割り箸を、一本ずつ検品していた。


「……これは、割り方が下手じゃ。ささくれとる。……これは、ええ。まっすぐじゃ」


「検品、厳しくない!?」


「大工は、材料で八割決まるんじゃ」


「――一ノ瀬家、ゼロっす」


ハヤトさんが、申し訳なさそうに手ぶらで戻ってきた。


「母さん、いつもおにぎりなんで。……手で食べるやつなんで」


「……そっか。おにぎりだもんね」


「でも、来週、割り箸がつくもの持ってきてって、念を送っときます」


「届かないけどね」


北の端からは、雷太さんが、黙って何かを差し出した。


「……ピック。……三枚」


「それ、割り箸じゃないから!」


「……飾りに、使え」


源蔵じいちゃんは、ピックを、ちょっと考えてから、懐にしまった。


「――おい、ジジイ! 大漁だぜ!」


鬼塚さんが、両腕いっぱいに、割り箸を抱えて戻ってきた。


「すごい! どこにあったの!?」


「無縁仏の区画の奥に、昔のお供えが、山ほど……」


「――それは、わしの割り箸じゃ」


ナナシさんが、鬼塚さんの後ろに、すうっと立っていた。


「……ナナシさん、お供え、あったの?」


「お盆の施餓鬼のたびに、円海さんが、無縁仏にも弁当を供えてくださる。……割り箸は、記念に取っておいたんじゃ」


「――鬼塚さん、返して!」


「ち、ちげえよ! 知らなかったんだって!」


ナナシさんは、ほっほっと笑って、割り箸の束を、源蔵じいちゃんに差し出した。


「よい。……使っておくれ。そのほうが、割り箸も喜ぶじゃろう」


――そうして、二週間。


源蔵じいちゃんの前に、割り箸と竹串の山が、できあがった。


「……三百十二本」


源蔵じいちゃんが、数え終えて、満足そうに頷いた。


「足りるの?」


「足らせるのが、大工じゃ」


⭐︎三度、崩れる


それから、源蔵じいちゃんの、悪戦苦闘が始まった。


釘は使わない。

のこぎりも、かんなもない。

あるのは、霊の爪と、割り箸と、二十七年分の、うずうずした指先だけ。


源蔵じいちゃんは、割り箸の先を、爪で、少しずつ削っていった。

凸と凹。ほぞと、ほぞ穴。

割り箸と割り箸が、ぴたりと噛み合う。


「……すご」


あたしは、思わず、息を呑んだ。


「釘一本使わずに、組めるの?」


「当たり前じゃ。日本の大工は、千年、そうやってきたんじゃ」


――一度目は、鬼塚さんだった。


「おう、ジジイ、助手やってやるよ」


「いらん」


「遠慮すんなって。……っくしょん!!」


――ばらばらばらっ。


鬼塚さんの盛大なくしゃみで、組みかけの脚が、きれいに吹き飛んだ。


「――こ、この不良がぁぁぁ!!」


――ごつん。


――すぽーん。


――二度目は、ごまだった。


「わんっ!」


ごまが、しっぽを振りながら、組み上がった横木を、嬉しそうにくわえて走り去った。


「――ごまっ! それは骨じゃありません! 戻ってきなさい!」


ふみ先生のホイッスルが、墓場中に響き渡った。


――三度目は、麗華だった。


「――少々、殺風景ですわね。レースで、飾って差し上げますわ!」


「――乗せるな! 重みで――」


――ぐしゃっ。


完成間近の衣桁が、レースのリボンと一緒に、ゆっくりと横に倒れた。


「…………」


「…………」


「……も、申し訳ございませんわ……」


源蔵じいちゃんは、崩れた割り箸の前に、しゃがみこんだまま、しばらく動かなかった。


それから、ぼそっと言った。


「……生きとった頃なら、こんなもん、半日じゃった」


――その声が、いつもより、ずいぶん小さかった。


「……ひいじいちゃん」


「……ええ。もう一回じゃ」


源蔵じいちゃんは、一本目の割り箸を、また、拾い上げた。


そのとき、本堂のほうから、慈念さんのお経が聞こえてきた。


「「「……チッ」」」


舌打ちの中で、源蔵じいちゃんだけが、黙々と、割り箸を削り続けていた。


⭐︎遅かったのう


その夜。


桜庭家之墓の縁側で、あたしは、トメばあちゃんと並んで座っていた。


縁側の奥では、源蔵じいちゃんが、灯りもつけずに、まだ割り箸を削っている。


――しゃっ、しゃっ。


爪で木を削る、小さな音。


「……あの人はねえ、昔から、こうなのよ」


トメばあちゃんが、にこにこしながら言った。


「言葉の代わりに、作るの。表札も、紫陽花も。……パパの学習机もね」


「……あの、固い引き出しの?」


「そう。あれ、わたしが『大事なもん入れる引き出しなら、開けにくくしたら』って言ったのよ。そしたら、本当に、誰も開けられなくなっちゃって」


「ひいばあちゃん発案なんだ……」


トメばあちゃんは、ころころと笑った。


それから、ふっと、夜空を見上げた。


「……あの人が亡くなった朝もね、田村さんちに、仕事に行ったのよ。いつもどおり、『おう』って言って」


「……うん」


「それっきり。……ほんとに、それっきりだったの」


――しゃっ、しゃっ。


縁側の奥で、削る音が、一瞬だけ、止まった。


「わたしが、ここに来たのは、それから四年あと。……ねえ、さだちゃん。あの人、わたしの顔を見て、最初に、なんて言ったと思う?」


「……なんて?」


トメばあちゃんは、源蔵じいちゃんの、いつもの大声を、そっと真似した。


「――『……遅かったのう』、ですって」


「……え、それだけ?」


「それだけ」


トメばあちゃんは、肩を揺らして、楽しそうに笑った。


「四年ぶりに会った奥さんに、それよ。……でもね、顔は、何か言いたそうだったのよ。口が、もごもごってしてね。それで、結局、『遅かったのう』」


「……ひいじいちゃんらしい……」


「でしょう?」


トメばあちゃんは、膝の上で、両手を重ねた。紫陽花の木彫りを撫でるときと、同じ手つきだった。


「あの日、何を言いたかったのかしらねえ。……二十年以上、聞きそびれてるの」


――しゃっ、しゃっ。


削る音が、また、始まった。


さっきより、少しだけ、ゆっくりだった。


縁側の下で、おはぎが、ふわあ、と小さくあくびをした。


最後までお読みいただきありがとうございました。

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