「大工の初仕事」(前半)
⭐︎書き初め朝礼
一月一日。
「――あけまして、おめでとうございます!」
「「「おめでとうございまーす」」」
樹木葬エリアの前で、ふみ先生が、紋付きみたいにぴしっとした背中で、新年の朝礼を始めた。
足元のごまは、首に、どこから持ってきたのか紅白の水引を巻いている。
「新年最初の朝礼は、書き初めです。今年の抱負を、一人ずつ、書いてもらいます」
ふみ先生が配ってくれたのは、落ち葉の半紙と、松葉の筆だった。
「先生、これ、書きにくくない?」
「工夫も、学びのうちです」
――そして、墓場中の抱負が、ずらりと並んだ。
『見届け』――麗華。
裏に、小さな字で『かすみさんの七五三まで、あと二年十か月』
『新曲』――雷太さん。
字が、なぜかギザギザしていた。
『表札、毎日磨く』――ハヤトさん。
『初日の出暴走』――鬼塚さん。
「鬼塚さん、それ、もう過ぎてるし。ていうか山門の外に出られないじゃん」
「うるせえ。墓場の中を、一周すんだよ」
あたしの半紙には、大きく『盛る』と書いた。
「桜庭さん、もう少し具体的に」
「二十一歳になっても、盛る」
「……よろしい」
ふみ先生が、最後の一人を振り返った。
「――桜庭源蔵さん?」
源蔵じいちゃんは、桜庭家之墓の縁側で、腕を組んだまま、半紙を見下ろしていた。
「……わしは、ええ」
「抱負は、一人一つ、必ずです」
「大工が、筆なんぞ持つかい。……それに」
源蔵じいちゃんは、ふん、と鼻を鳴らした。
「仕事始めもなにも、大工に、もう仕事なんぞないわい」
――ちょっとだけ、空気が、しんとした。
その沈黙を破ったのは、もちろん、この人だった。
「――おい、ジジイ。西園寺んとこの鏡餅、うまかったぞ」
鬼塚さんが、口の周りを白い粉だらけにして、にやっと笑った。
「――わたくしの鏡餅ぃぃぃ!!」
「お前、元旦から盗み食いか! この不良が!」
――ごつん。
――すぽーん。
鬼塚さんの首が、元旦の青空に、初日の出みたいに、きれいに昇っていった。
「「「……おお……」」」
「拝まないで!」
「――おまえさんたち」
――かぽーん。
トメばあちゃんのお玉じゃくしが、新年一発目の音を、高らかに響かせた。
⭐︎振袖と、学習机
一月二日。
山門をくぐってきたのは、パパとママと、蒼太だった。
蒼太は、東京から帰省中だ。
去年より、また少し背が伸びている。
「――来た来た!」
ママは、桜庭家之墓の前で、大事そうに風呂敷をほどいた。
桜色の、振袖。
「……約束したもんね。お正月は、ちゃんと掛けてあげるって」
ママは、振袖を広げて、墓石に、そっと掛けた。
――ふわり。
あたしの肩にも、桜色の袖が、もう一枚、重なった。去年の秋にもらった振袖の上に、今日のぶんが。
「……あったかい」
「よう似合うのう、さだ」
源蔵じいちゃんが、目を細めた。
――でも。
――ひゅうっ。
冬の風が、吹き抜けた。
墓石に掛けた振袖の袖が、ばさっとあおられて、ずり落ちかける。
「あっ、ちょっと……」
ママが、慌てて直す。
また、風。また、直す。
「……もう。墓石って、掛けるところがないのよね」
「衣桁でもあればなあ」
パパが、袖を押さえながら、ぽつりと言った。
「……じいちゃんが生きてたら、こんなの、一晩で作ってくれたのにな」
――ぴくっ。
縁側で、源蔵じいちゃんの肩が、跳ねた。
「俺の学習机も、じいちゃんの手作りだったんだよ。小学校に上がるとき。……引き出しが一個だけ、やたら固くてさ。結局、最後まで、うまく開かなかった」
パパは、ちょっとだけ笑った。
「……あれは、わざとじゃ」
源蔵じいちゃんが、誰にも聞こえない声で、つぶやいた。
「大事なもんを入れる引き出しじゃ。……簡単に開いたら、いかんじゃろうが」
――ひいじいちゃん。
蒼太が、横から口を挟んだ。
「ひいじいちゃんって、どんな人だったの? 俺、会ったことないし」
「声がでかくて、短気で、口下手で」
パパは、少し考えてから、言った。
「……手だけは、誰よりも、正直な人だったよ」
源蔵じいちゃんは、何も言わずに、自分の両手を、じっと見下ろしていた。
⭐︎仕事始め
夕方。桜庭家の三人が帰ったあと。
「――さだ」
源蔵じいちゃんが、縁側から、のっそりと立ち上がった。
「……ちょっと、寸法を測らせい」
「え?」
源蔵じいちゃんは、あたしの肩に掛かった振袖の袖丈を、指を広げて、ひい、ふう、と測り始めた。
「……袖丈、三尺。裄が……ふむ」
「ひいじいちゃん、何すんの?」
「決まっとるじゃろう」
源蔵じいちゃんは、ねじり鉢巻きを、きゅっと締めた。
「――衣桁じゃ。お前の振袖を掛ける、衣桁を作る」
――おおおっ。
墓場中が、どよめいた。
「紫陽花は、わしの勝手じゃった。……人に頼まれた仕事は、二十七年ぶりじゃ」
「パパ、別にひいじいちゃんに頼んではないけどね」
「頼まれたんじゃ!! ――二十七年ぶりの、仕事始めじゃ!!」
「「「おおおおおっ!!」」」
鬼塚さんまで、首を付け直しながら拍手していた。
――ところが。
「……で、材料は?」
あたしが聞くと、源蔵じいちゃんは、腕を組んだまま、固まった。
「…………」
霊の側には、お供えされたものしか、届かない。お団子も、お花も、お線香も。でも、木材をお供えする人なんて、いない。
「……前の紫陽花は、どうしたの?」
「あれは、何年もかけて拾い集めた、お供えの菓子折りの木箱の切れ端じゃ。……あれで、最後じゃった」
――しん。
「……卒塔婆なら、いっぱいあるぜ」
鬼塚さんが、墓地の奥を指さした。
――かぽーん。
「仏さまのものですよ」
トメばあちゃんのお玉じゃくしが、即座に飛んだ。
あたしは、うーん、と腕を組んで、墓場をぐるっと見回した。
お供えのお団子。お弁当。
お盆の、キュウリの馬。
――あ。
「……割り箸」
「「「……割り箸?」」」
「お弁当とか、お団子とか、お供えには、だいたい割り箸がついてくるじゃん! 墓場中から集めたら、けっこうな量になるんじゃない?」
源蔵じいちゃんは、しばらく、あたしの顔を見つめていた。
それから、にやりと笑った。
「……割り箸の衣桁、か。……大工の腕の見せどころじゃのう」
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