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墓場ぐらしのサダコさん  作者: 則本潮


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「百年分の、産声」(中盤)

⭐︎第一回 墓場名付け会議


その夜。西園寺家之墓の前の広場に、墓場中の霊が集まった。


書記は、落ち葉で黒板を作ったふみ先生だ。


「議長は、わたくしですわ!」


麗華が、日傘を木づちみたいに、こんこんと墓石に打ちつけた。


「麗華、それ、自分ちのお墓だからね」


「よろしいのですわ! 候補を募ります!」


「――はい!」


真っ先に手を挙げたのは、鬼塚さんだった。


「男なら、夜叉丸。女なら、夜叉子」


「却下ですわ」


「早えよ!」


「――はい! わしじゃ!」


源蔵じいちゃんが、胸を張った。


「男なら、棟梁!」


「それ、名前じゃなくて役職だから!」


「女の子なら……そうさねえ」


トメばあちゃんが、にこにこと手を挙げた。


「ハル、なんてどうだい。春の陽だまりみたいな子になるように」


「……あ、かわいい」


「十二月生まれですけれどね」


ふみ先生が、落ち葉の黒板に、きれいな字で『ハル(季節に難あり)』と書き込んだ。


「……リフ」


北の端から、雷太さんが、ぼそっと言った。


「それ、ただの雷太さんの趣味じゃん!」


「それなら、こういうのはどうすか」


ハヤトさんが、空中を指でなぞった。


「希望の希に、空と書いて、のあ。月に愛と書いて、るな。今どき、こういうの普通っすよ」


――墓の奥から、ずしん、と重い気配が立ちのぼった。


「……なんという時代に、なったものか……」


高祖父さまだった。


「お父様、落ち着いてくださいまし!」


「……わしは、望、がよいと思うがのう」


墓の奥から、今度は、お兄様の声がした。


「美月の子じゃ。月にちなんで、望月の望。……満月のことじゃよ」


「お兄様、素敵ですわ!」


「それでは、わたしからも一つ」


ふみ先生が、眼鏡をきらりと光らせた。


「姓名判断で、総画数がもっとも縁起の良くなる組み合わせを、昨夜のうちに計算しておきました」


ひっくり返された落ち葉の黒板には、難しい漢字が、びっしり並んでいた。


「七文字です。総画数、八十一画。大吉の中の大吉です」


「名前で、テストの答案用紙が埋まっちゃうよ!」


「……男の子なら」


西の端から、清一さんが、そっと手を挙げた。


「……勇、というのは、どうじゃろうか」


ほっほっ、と、いつもみたいに笑う。

でも、その目は、どこか、遠くを見ていた。


「わしの、一番の友達の名前じゃ。……いい名前じゃよ。呼ぶたびに、少しだけ、背中を押してもらえるような」


――広場が、少しだけ、静かになった。


「……名前というのはな」


清一さんが、静かに続けた。


「呼ばれるために、あるものじゃ。……わしのように、呼ぶ者がいなくなれば、名前は、どこかへ行ってしまう」


清一さんは、穏やかに笑った。


「だから、何度でも、呼びたくなる名前がよかろうな」


あたしは、膝を抱えて、黙ってそれを聞いていた。


それから、ゆっくり、手を挙げた。


「……あのさ。名前って、つけられた子が、一生、背負うんだよね」


みんなが、こっちを見た。


「あたし、自分の名前、ずっと嫌いだったじゃん。井戸から出てこいとか、テレビから出てこいとか、言われ続けて。……死ぬ朝まで、名前のことで、ママと喧嘩してた」


「でもね。今は、ちょっとだけ、好きなんだ。……毎朝、慈念さんが、呼んでくれるから。蒼太も、カヤも、ママも、呼んでくれたから」


あたしは、へへっと笑った。


「だから、名前って、つけた日に決まるんじゃなくて、呼ばれた回数で、好きになっていくのかもね。……その子が、いっぱい呼ばれる名前なら、それでいいんじゃないかな」


――しん。


それから、源蔵じいちゃんが、ずずっと、鼻をすすった。


「……さだぁ……」


「……わしの棟梁も、取り下げる……」


「最初から、取り下げてほしかったけどね」


ふと見ると、麗華は、議長席で、じっと黙っていた。


「……ねえ、麗華は? 麗華の候補、まだ聞いてない」


「わたくしは、議長ですもの。……候補は、出しませんわ」


麗華は、そう言って、日傘をくるりと回した。


その横顔は、なぜだか、少しだけ寂しそうに見えた。


⭐︎落ち葉の手紙と、「……チッ」


結局、会議の結論は、こうなった。


――全員の候補を、落ち葉で、西園寺家之墓の前に並べておく。

美月さんの次のお参りまでに。


「届くかどうかは、わかりませんわ。でも、届けたいと思うことは、わたくしたちの自由ですもの」


ハル。勇。望。それから、ふみ先生の七文字。


――一番大きく、一番太い字で並べられていたのは、もちろん『夜叉丸』だった。


そして、翌朝。


――ざっ、ざっ、ざっ。


竹ぼうきの音に、あたしたちは、墓から飛び出した。


慈念さんだった。

白い息を吐きながら、西園寺家之墓の前を、丁寧に掃いている。


「……なんか、字みたいに見えるな。……夜……叉……?」


慈念さんは、首をかしげた。

それから、ぶるっと、肩を震わせた。


「……気のせいか。寒いし」


――ざっ。


夜叉丸が、一掃きで、消えた。


――ざっ、ざっ。


ハルも、勇も、七文字も、まとめて、ちりとりの中に消えていった。


「「「……チッ」」」


墓場中の舌打ちが、冬の朝の空に響いた。


その日は、火曜日だった。


――ごおん。


鐘のあとに、慈念さんのお経が流れてくる。

もう、ほとんど、胃もたれはしない。


そして、最後に。


「……西園寺、麗華さん」


「――はい」


麗華は、日傘の下で、小さく返事をした。


落ち葉のことなんて、もう、どうでもいいみたいな顔だった。


⭐︎抱いたことのない腕


十二月に入った、ある夜。


西園寺家之墓の縁側で、麗華は、一人、膝の上に巻物を広げていた。


のぞきこむと、巻物には、名前が、びっしり書いてあった。

上から下まで、精一杯きれいな字で。


「……これ、全部、候補?」


「三百ほど、ございますわ。……議長ですから、出さなかっただけですの」


「三百!? ていうか、だったら会議で出してよ!」


「出せませんわ。……だって、選べませんもの」


巻物の、一番最初の行だけが、墨で、ぐしゃぐしゃに塗りつぶされていた。


「……一番上のは?」


「……それは、わたくしの思い出ですの」


麗華は、塗りつぶした行を、指でそっとなぞった。


「どうしても、と思うお名前が、一つだけございましたの。……でも、それは、わたくしの九十二年分の気持ちですもの。生まれてくる子に背負わせるものでは、ございませんわ」


麗華は、巻物を巻き戻して、夜空を見上げた。


「……貞子さん。わたくし、赤子を、一度も抱いたことがございませんの」


「……え」


「兄の子が生まれたのは、わたくしが亡くなったあとでしたもの。それから、孫も、曾孫の美月さんも。……みんな、おくるみに包まれて、誰かの腕に抱かれて、この墓の前に、ご挨拶に来てくださいましたわ」


麗華は、自分の両手を、膝の上で、そっと開いた。


「わたくしは、いつも、ここから見ておりましたの。……一番近くで。でも、いつも、少しだけ、遠くから」


「お兄様は、美月さんを抱いたことがおありですのよ。亡くなる前の、ほんの一年だけ。……墓に入っていらしたとき、真っ先に、その重さの話をなさいましたの。『米袋より、ずっと軽くて、ずっと重い』と」


麗華は、ふふっと笑った。


「……わたくしの腕は、九十二年、からっぽのままですわ」


金木犀の枝が、冬の夜風に、かさりと鳴った。


あたしは、麗華の手を、そっと握った。


――霊の手は、霊の手しか、握れない。


「……ねえ、麗華」


「はい」


「それでもさ。……生まれたら、一番に、名前、呼んであげようよ。みんなで」


麗華は、少しだけ、目を丸くした。


それから、いつもの顔で、つんと、そっぽを向いた。


「……当然ですわ。わたくしが、一番に呼びますのよ。鬼塚さんより、先に」


遠くの鬼塚家之墓から、ひとりごとみたいな声が聞こえてきた。


「……夜叉丸ぅ……」


「まだ諦めていませんのね……」


縁側の下で、おはぎが、ふわあ、とあくびをした。


最後までお読みいただきありがとうございました。

最近、他の作家さんの話を聞いてみたいと思っています。どんなルーティンで書いているのだろう。

私の周りには小説を書いている人がいない。

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