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墓場ぐらしのサダコさん  作者: 則本潮


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「百年分の、産声」(前半)

⭐︎霜月の朝礼


十一月。


寺の金木犀は、すっかり散ってしまった。

橙色の花びらが、砂利道の端に、名残みたいに溜まっている。


「――おはようございます!」


「「「おはようございまーす」」」


樹木葬エリアの前で、ふみ先生が、今日も背筋をぴんと伸ばしていた。

足元では、ごまが、尻尾をちぎれそうなくらい振っている。


「では、出欠を取ります。桜庭源蔵さん」


「おう」


「桜庭トメさん」


「はあい」


「鬼塚武さん」


「……うっす」


「西園寺麗華さん」


――しん。


返事が、ない。


「……西園寺さん?」


みんなで、西園寺家之墓のほうを振り返った。


いない。いつもなら、日傘を差して、一番いい場所に陣取っているはずなのに。


「……麗華なら、夜明け前から、本堂のほうにおるぞ」


清一さんが、のんびりと言った。


「本堂?」


「うむ。……お百度参りじゃそうな」


「「「お百度参り!?」」」


⭐︎墓場マラソン


本堂の前に駆けつけると、本当に、麗華がいた。


白い日傘を差したまま、本堂の周りを、ものすごい速さで、ぐるぐる回っている。


「――安産、祈願、安産、祈願っ……! 五十八っ……!」


「麗華!? 何やってんの!?」


「ごきげんよう、貞子さん! お話は、あと四十二周してからにしてくださいまし!」


「いや、お百度参りって、そういう競技じゃないから!」


麗華は、止まらない。

えび茶の絣の裾をからげて、日傘をくるくる回しながら、どんどん加速していく。


「美月さんの予定日まで、あと一か月ですのよ!? わたくしにできることは、これくらいしかございませんわ!」


「……気持ちは、わかるけど……」


「――おもしれえ」


あたしの後ろで、鬼塚さんが、特攻服の袖をまくった。


「本堂一周、何秒だ? 俺は昔、峠を一晩で百往復した男だぜ」


「鬼塚さん!? なんで張り合うの!?」


「待たんかい! わしも走る! 大工の足腰をなめるな!」


源蔵じいちゃんまで、ねじり鉢巻きを締めて飛び出した。


「ちょっと、ひいじいちゃんまで!」


「……走るのは、性に合わないっすけど」


ハヤトさんが、ポケットに手を突っ込んだまま、すたすたと列に加わった。


「わんっ! わんわんっ!」


ごまが、わけもわからず、全員を追い抜いていった。


――こうして、本堂の周りは、あっという間に、墓場マラソン会場になった。


「――西園寺麗華、六十周! 鬼塚武、八周! 桜庭源蔵、七周!」


ふみ先生が、どこから出したのか、ホイッスルを首から下げて、計測を始めていた。


「ふみ先生まで乗らないで!」


「運動会は、わたしの専門分野ですので」


「……源蔵! コーナーで肘を出すんじゃねえ!」


「お前こそ、インを突くな! この不良が!」


――ごつん。


――すぽーん。


源蔵じいちゃんの首が、本堂の屋根を越えて、きれいな放物線を描いた。


「……あ」


「――ひいじいちゃんの首、賽銭箱に入った!」


「ご利益が、ありそうですわね……」


「拾ってくれぇ! 暗いんじゃあ!」


――そして、仕上げは、いつものとおりだった。


「――おまえさんたち」


――かぽーん。


トメばあちゃんのお玉じゃくしが、鬼塚さんの後頭部に、きれいに決まった。


「本堂の周りで、何を騒いでるんだい。……ご本尊さまが、びっくりなさるよ」


「……すんません」


源蔵じいちゃんの首は、結局、夕方に慈念さんが賽銭箱を開けたとき、小銭と一緒にころんと転がり出て、ようやく救出された。

慈念さんは「……なんか、急に肩が重い」と、首をかしげていた。


本堂の縁側では、おはぎが、一部始終を眺めて、ふわあ、と大きなあくびをした。


⭐︎名前、決まらないの


十一月の、最後の日曜日。


山門をくぐってきたのは、美月さんだった。

今日は、一人だ。


「――まあ、美月さん!」


麗華が、ぱっと日傘を跳ね上げた。

それから、あわあわと、美月さんの足元に駆け寄る。


美月さんのお腹は、先月の命日のときよりも、もう一回り大きくなっていた。

ゆっくり、ゆっくり、砂利道を踏みしめて歩いてくる。


「……ああ、そこ、石がございますわ! 右に、右に寄ってくださいまし……!」


「麗華、聞こえてないってば」


「わかっておりますわ!」


美月さんは、西園寺家之墓の前で、よいしょ、と腰を落とした。

お線香に火をつけて、手を合わせる。


「――大伯母様、高祖父さま、みんな。こんにちは」


墓の奥で、高祖父さまとお兄様が、そろって背筋を伸ばす気配がした。


「今日はね、湊、仕事なの。年末の前に片づけなきゃいけないのがあるんだって」


美月さんは、お腹を、そっと撫でた。


「……あのね。名前、まだ決まらないんだ」


――ぴくっ。


麗華の肩が、跳ねた。


「性別も、生まれるまで聞かないことにしたの。二人で決めたんだけど……そしたら、男の子の名前も、女の子の名前も、両方考えなきゃいけなくなっちゃって。……湊とね、全然、意見が合わないの」


美月さんは、困ったように、ふふっと笑った。


「湊の候補、全部、ちょっと文学すぎるんだよね。私の候補は、湊に言わせると、全部、響きだけなんだって。……ひどくない?」


「ひどいですわ!」


麗華が、即答した。


「美月さんの選ぶお名前に、間違いなどございませんわ!」


「麗華、まだ一個も聞いてないじゃん」


「聞かなくとも、わかりますわ!」


美月さんは、しばらく、お線香の煙を、ぼんやりと眺めていた。


「……大伯母様だったら、なんてつけたのかな」


――その一言で。


麗華の目の色が、変わった。


美月さんが、山門の向こうに帰っていったあと。


麗華は、日傘を、ばさっと閉じた。

そして、墓場中に響き渡る声で、こう宣言した。


「――皆様! 緊急の、墓場総会を開きますわ!!」


「「「……また?」」」


「議題は、ただ一つ!」


麗華は、閉じた日傘の先を、空に向かって突き上げた。


「――第一回、墓場名付け会議ですわ!!」


最後までお読みいただきありがとうございました。

ストックと執筆スピードとの戦いの中、クオリティーも担保……他の作家さん凄いなあと感じる。

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