番外編-麗華- 第一話「ごきげんよう、を言う相手」(中盤)
☆お父様
お父様がこの墓地へいらしたのは、三年後の春でした。
皆様が今、「高祖父さま」とお呼びになる、あの紋付きの老紳士ですわ。
――ええ、そうなのです。
あの方は、わたくしのお父様。
美月さんから数えて、高祖父。
美月さんがお墓参りのたびに「高祖父さまも、こんにちは」とおっしゃるものですから、いつの間にか、墓場中の皆様がそうお呼びになるようになってしまいましたの。
貞子さんなど、「麗華の高祖父さま」だと思い込んでいらっしゃいますわ。
訂正は、しておりません。
お父様ご自身が、その呼ばれ方を、たいそう気に入っていらっしゃるのですもの。
☆☆☆
紋付きをお召しになって、お父様は、西園寺家之墓の前に立っておられました。
ほんの三年で、ずいぶんとお年を召されたように見えました。
髪に、白いものが、たくさん。
わたくしは、墓石の陰で、身を硬くしておりました。
――叱られる。
そう思ったのです。
十五夜の夜、小さなトランクを抱えて屋敷を抜け出したこと。
朝まで雨に打たれて、それで風邪をこじらせたこと。
お父様は、きっと、全部ご存じのはずでした。
お父様が、ゆっくりと、こちらを振り向かれました。
「……麗華か」
「……はい。……お父様」
叱られる前に、先に。
わたくしは、着物の裾をそろえて、教わったとおりに、深くお辞儀をいたしました。
「――ごきげんよう、お父様」
お父様は、何もおっしゃいませんでした。
長い、長い沈黙のあとで、ただ、ひと言。
「……寒くは、ないか」
それだけでした。
それだけおっしゃって、お父様は、大きな手で、ご自分の顔を覆いました。
西園寺家の当主が。
屋敷の誰にも、一度も涙をお見せにならなかった方が。
「……寒くは、ございませんわ。お父様」
わたくしは、笑って申し上げました。
西園寺の娘は、人前で泣いてはなりません。
ですから、その分まで、お父様が泣いてくださったのだと、わたくしは、勝手に思うことにいたしましたの。
☆鐘のない秋
それから、長い戦争がありました。
この寺の鐘も、お国のためにと、ある秋の日に運ばれていきました。
鐘楼が空っぽになった墓地は、ひどく静かでした。
朝も夕方も、時を知らせる音が、どこにもないのです。
その頃は、お墓参りにいらっしゃる方のお顔が、年ごとに、少しずつ痩せていきました。
新しい墓標が増えるたびに、墓地の霊も増えて、そして、その多くは、すぐにどこかへ旅立っていきました。
未練を残さないように、立派に生きた方々だったのでしょう。
わたくしは、その後ろ姿を、何度も、何度も、「ごきげんよう」とお見送りいたしました。
――残るのは、いつも、わたくしでした。
新しい鐘が吊るされたのは、戦争が終わって、何年も経ってからのことです。
その朝、初めて「ごおん」と鳴った音を、わたくしは、今でも覚えております。
墓地中の霊が、そろって空を見上げましたの。
お父様など、紋付きの袖で、こっそり目元を拭っていらっしゃいましたわ。
☆☆☆
この墓地で過ごすようになってから、わたくしには、一つだけ、決まりごとができました。
毎年、十月。
金木犀が咲くと、うろを、一度だけ、のぞくのです。
入っているはずは、ありません。わかっております。
でも、もしかしたら。
もしかしたら、あの方の、ひどく下手な字が。
うろの中は、いつも、枯れ葉と、小枝と、ほこりだけ。
それを確かめて、わたくしは、背筋を伸ばして、「ごきげんよう」と申し上げるのです。
誰に、でもなく。
――そうそう。うろをのぞくたびに、あの猫が、なぜか必ず、金木犀の枝の上から、わたくしを見下ろしておりましたの。
当時は、「まあ、この子も金木犀が好きなのね」などと、のんきに微笑んでおりましたけれど。
――犯人は、現場に戻る。
貞子さんから教わった言葉ですわ。今なら、よくわかりますの。
☆お名前を伺いそびれた方
昭和の半ばを、少し過ぎた頃。
川べり寄りの、小さなお墓に、物静かなおじさまが一人、いらっしゃいました。
前掛け姿で、いつも山門のほうを見ていらっしゃる方でした。
「――ごきげんよう。今朝は冷えますわね」
そう申し上げると、おじさまは、いつも、穏やかに会釈をしてくださいました。
「……息子を、待っとるもんでのう。迎えに来ると、約束しとるんじゃ」
――待っている。
その言葉が、耳に残りました。
同じように待つ方が、この墓地にもう一人。
わたくしは、少しだけ、嬉しかったのだと思います。
それなのに。
わたくしは、あの方のお名前を、一度も伺いませんでした。
墓地の反対側で、会釈を交わすだけの仲。
西園寺の娘が、よその殿方に自分からお名前を尋ねるなど、はしたない。
そんな、生きていた頃のつまらない作法を、わたくしは、まだ大事に抱えておりましたの。
いつか伺えばよい。時間なら、いくらでもあるのだから。
そう思っているうちに、四半世紀が過ぎました。
☆☆☆
ある秋の日、川べりの小さなお墓が、なくなりました。
石屋さんがやってきて、墓石を外して、どこかへ運んでいってしまいましたの。
墓じまい、というのだそうです。
おじさまは、何もなくなった地面の上に、しばらく、ぽつんと立っていらっしゃいました。
それから、西の端の、無縁仏の区画へ、ゆっくりと歩いていかれました。
それから、何年か。
「――ごきげんよう。……あの、おじさま。お名前を、伺ってもよろしいかしら」
ようやく、そう申し上げたとき。
おじさまは、しばらく考えて、それから、困ったように笑いました。
「……はて。……忘れてしもうたのう」
――遅かったのです。
誰かが「名無しの権兵衛じゃのう」と笑って、いつの間にか、あの方は「ナナシさん」と呼ばれるようになりました。
わたくしも、そうお呼びしました。
それしか、呼びようがありませんでしたから。
今は、皆様ご存じのとおり、あの方には、片桐清一さんという、立派なお名前があります。
見つけてさしあげたのは、わたくしではなく、貞子さんですわ。
でも、わたくしは、今でも思うのです。
あの川べりの朝に、一度でも、伺っておけばよかった、と。
――お名前は、呼ばれないと、消えてしまうのですわ。
そのことを、わたくしは、あの方から教わりましたの。
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