↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
墓場ぐらしのサダコさん  作者: 則本潮


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
71/107

番外編-伽椰子- 第二話「三回忌は、連絡帳と一緒に。」(後半)

⭐︎雨の試験日

二月。第一志望の入試の朝。


――雨だった。

カーテンを開けて、それを見た瞬間、喉の奥が、きゅっと閉まった。


試験会場の大学に行くには、あの駅から、電車に乗らなきゃいけない。

あの朝、サダを待っていた、あの駅から。


私は、紺色の傘を差して、水色の折りたたみ傘を鞄に入れて、家を出た。


⭐︎⭐︎⭐︎

駅に着いたのは、九時だった。

――九時。

改札の前。屋根の下。雨の音。

二年五か月前の、あの場所だった。

足が、動かなくなった。


「………………」

――大丈夫。大丈夫。今日は、待ち合わせじゃない。試験だ。電車に乗ればいいだけだ。

心の中では、ちゃんと、そう言えた。

でも、足は、動かなかった。


そのときだった。

改札の端っこで、誰かが、泣いていた。

ポニーテールの、制服の女の子だった。

受験票を入れたクリアファイルを抱えて、びしょ濡れで、立ち尽くしている。


――傘を、持っていない。

「………………」

私の足が、動いた。

さっきまで、まったく動かなかったのに。


「…………あ、あの…………」

女の子が、振り向いた。それから、前髪で顔の見えない、傘を二本持った人間を見て、びくっと肩を震わせた。


――それは、そうだと思う。

「………………傘………………使って………………」

私は、鞄から、水色の折りたたみ傘を取り出して、差し出した。


――二年五か月。

この傘が、開かれるのは、初めてだった。

「……え。……いいんですか……?」

「………………二本………………あるから………………」

女の子は、しばらく、水色の傘と私を、交互に見ていた。

それから、受験票のファイルを、そっと私に見せた。


――同じ大学だった。

「……あの、絶対、返します。試験が終わったら、ここで。この改札の前で、待ってますから」


――――。

ここで。

この改札の前で。待ってます。

「……………………ア゛」

「ひっ!?」

――それは、本当に、ごめんなさい。


⭐︎⭐︎⭐︎

試験は、不思議と落ち着いていた。

数学は、やっぱり、全部解けた。

それ以外も、去年よりは、ずっと、解けた。問題文の字が、ちゃんと、頭の中に入ってきた。


――たぶん。

試験が終わったら、あの改札の前に、誰かが待っているからだと思う。


⭐︎⭐︎⭐︎

夕方。

駅に戻ると、雨は、まだ降っていた。

改札の前に、水色の傘が、一本、開いていた。


「――あ! いた! 待ってました!!」

ポニーテールの女の子が、傘ごと、ぶんぶんと手を振っていた。

「……………………」

私は、改札の手前で、立ち止まった。


――待ち合わせの場所に。

誰かが、ちゃんと、来てくれていた。

二年五か月前、誰も来なかった、この改札の前に。


「……………………」

「……え、あの、泣いてます? 大丈夫ですか? あ、もしかして、試験、だめだったんですか?」

「………………ちが………………う………………」


――ちがう。

待っていてくれて、ありがとう。

その一言が、どうしても、口から出てこなかった。

代わりに、喉の奥から、ずっと、あの音が鳴っていた。


女の子は、最初は少し怖がって、それから、なぜか、一緒に泣いてくれた。

「……よくわかんないけど、よかったですね!!」

――うん。

よかった。


――その日、私は、初めて知った。

二本目の傘は、「もしも」のためだけのものじゃない。

誰かに、貸すためにも、あるんだ。

そして、貸した傘は、ちゃんと、戻ってくる。

待ち合わせの場所に。


⭐︎十九のロウソク

三月三日。

サダの、誕生日。

私は、一通の封筒と、小さないちごのショートケーキを抱えて、山門の敷居をまたいだ。


――三回目の、敷居。

もう、足は止まらなかった。

やっぱり、寒かった。

やっぱり、いっぱいいる気がした。


でも、その「いっぱい」が、今日は、なんだか、そわそわしている気がした。


――たぶん、気のせいだ。


⭐︎⭐︎⭐︎

桜庭家之墓の前。

私は、ショートケーキに、ロウソクを二本、立てた。

『1』と、『9』。


――十九。

サダは、十六のまま。私は、今日、十九のロウソクを立てている。

そのことが、去年よりは、少しだけ、痛くなかった。


ライターの火は、三月の風で、一度消えた。

二度目につけたとき、ふっと、風が止んだ。

――去年も、そうだった。


「………………ありがとうございます………………」

私は、誰もいない、風上のほうへ、頭を下げた。

それから、封筒の中から、一枚の紙を取り出して、墓石に向けて、広げた。


『合格通知書 文学部』

「…………サダ…………」

――心の中では、一年分の報告を、全部用意してきた。


自習室の主になったこと。

数学の先生に、もう教えることがないと言われたこと。

図書館で、一冊の本に出会ったこと。

雨の駅で、水色の傘を貸したこと。

その傘が、ちゃんと、戻ってきたこと。


でも、口から出たのは、やっぱり、これだけだった。

「………………受かった………………」


その瞬間。

墓前の線香の煙が、ぶわっと、大きく揺れて、私の前髪を、下から、思いっきり吹き上げた。


「――っ!!」

前髪が、全部、赤い星のヘアピンごと、頭の上に跳ね上がった。


――それは、煙というより、ほとんど、風だった。

まるで、何十人もの誰かが、いっせいに、ばんざいをしたみたいな。


「……………………ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」

私は、前髪を押さえながら、泣きながら、笑った。

――サダ。

それ、絶対、サダだよね。


⭐︎⭐︎⭐︎

「…………民俗学、やる…………」

私は、合格通知書を封筒に戻しながら、墓石に向かって言った。


「…………名前のこと…………ちゃんと、勉強する…………サダの名前が、ここに刻まれてる理由も…………」


――それから。

私の名前のことも。

それは、口には出さなかった。


お母さんから聞いた、あの意味のことも。まだ、サダには言わない。

――ちゃんと、好きになれたら。

そのときに、ここで、言う。


⭐︎⭐︎⭐︎

山門を出るとき。

私は、一度だけ、振り返った。

空は、晴れていた。雨の予報は、どこにもなかった。

それでも、私の手には、紺色の傘。鞄の中には、水色の折りたたみ傘。


――たぶん、これからも、ずっと。

もしものために。それから、誰かに貸すために。


「………………またね………………」

山門の向こうで、線香の煙が、ゆらゆらと、ちぎれそうなくらい、揺れていた。


――手を振っているみたいに。

私は、前髪の奥で、小さく、手を振り返した。


――私、月島伽椰子。

十九歳。この春から、大学生。

傘を、二本持っている。

それから、あの寺に、親友がいる。

墓場は今日も、たぶん、賑やか。

――私には、それが、ちょっとだけ、わかる。

(番外編-伽椰子- 第二話 完)

――番外編-伽椰子-・完――

最後までお読みいただきありがとうございました。

よろしければ、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。