↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
墓場ぐらしのサダコさん  作者: 則本潮


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
69/103

番外編-伽椰子- 第二話「三回忌は、連絡帳と一緒に。」(前半)

⭐︎カヤ、ふたたび

三月四日。


サダのお墓参りに行った、次の日。

卒業式を一週間後に控えた教室で、私は、もう一度、立ち上がった。

一年半前と、同じように。

教室中が、しんとした。あの朝と、同じように。


「………………あの…………」


――心の中では、もう全部言えている。

「昨日、サダに会いに行きました。だから、今日から、また『カヤ』って呼んでください。一年半、わがままを言って、ごめんなさい」

口から出たのは、やっぱり、これだけだった。


「………………カヤって、呼んでください…………」


――一秒。


二秒。

「――カヤぁぁぁ!!」

最初に叫んだのは、一年半前、「カヤ、大丈夫?」と聞いてくれた、隣の席の子だった。

その子は、泣きながら、私に抱きついてきた。


それから、あちこちから。

「カヤ」「カヤちゃん」「カヤ、おかえり」


――おかえり。


その言葉を聞いたら、もう、だめだった。

「…………ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛…………」


教室中が、泣きながら、大爆笑した。


――サダ。

カヤは、今日から、また、カヤです。



その夜。

私は、台所で洗い物をしているお母さんの背中に、声をかけた。


「…………お母さん…………」

「なあに」

「…………私の名前…………どういう意味…………?」


――水の音が、止まった。

お母さんは、しばらく、振り向かなかった。

それから、エプロンで手を拭いて、私の前に座って、ゆっくりと話し始めた。


「伽」という字は、誰かのそばにいて、話し相手になる、という意味だと。

寂しい人が、寂しくないように。


「椰子」は、南の島の木。

嵐が来ても、しなって、折れない木。


「……誰かのそばにいて、どんな雨や風の日でも、折れない子になってほしかったの」

お母さんは、泣いていた。


「……ずっと、聞いてくれなかったから。……嫌いなんだろうなって、思ってたの」


――――。

どんな雨や風の日でも。

私は、玄関に立て掛けた、二本の傘のことを思った。


――ずるい。

サダのときと、同じだ。そんないい意味、あったなんて。


でも、その夜、布団の中で、学生証の自分の名前を眺めても、まだ、よくわからなかった。


――好きになれるのかな。


いい意味だとわかっても、小四から嫌いだった名前は、一晩では、好きになれない。

サダにも、このことは、まだ言わないでおこうと思った。


――ちゃんと、好きになれたら。そのときに。


⭐︎自習室の主

四月。

私は、駅の向こうの予備校に通い始めた。

浪人生の朝は、早い。

七時に家を出て、九時から授業。

夜は、自習室が閉まる十時まで。


自習室は、とても静かだった。

シャーペンの音と、ページをめくる音だけ。

静かすぎて、耳鳴りがするくらいに。


――そう。耳鳴りが。


「…………ア゛」

静まり返った自習室に、私の喉の音が、低く、重く、響き渡った。

全員が、いっせいに、持っていたシャーペンを落とした。


――それから一か月。

「第三自習室の一番奥の席には、夜になると『何か』が座っている」。

そういう噂が、予備校じゅうに広まっていた。


――その『何か』は、私だ。

毎日、一番奥の席で、前髪で顔を隠して、傘を二本、横に立て掛けて、十時まで勉強している。


「傘が二本あるのは、もう一人分だからだ」という尾ひれまで、ついていた。


――それは、半分、当たっている。


⭐︎⭐︎⭐︎

「……月島。お前、数学だけは、もう教えることがないな」

初めての模試のあと、数学の講師が、頭をかきながら言った。

「問題は、それ以外だ」

「…………はい…………」


――それ以外とは、数学以外の全部のことだ。

でも、去年とは、少しだけ違った。

英単語のノートに、『サダ』と書いてしまうことは、もうなかった。


代わりに、ときどき、こう書いてあった。

『サダに、報告する』


⭐︎石に刻む名前

七月。

自習室の冷房が壊れた日、私は、駅前の図書館へ逃げ込んだ。

参考書を開く前に、休憩のつもりで、当てもなく書架のあいだを歩いた。


――小四のとき、サダと同盟を結んだのも、図書室の本棚の陰だった。

そんなことを思い出しながら、ふと、一冊の背表紙が、目に入った。


『墓と名前の民俗学』

――墓と、名前。

それは、今の私にとって、世界で一番気になる、二つの言葉だった。


私は、その本を、一日で読み終えてしまった。

昔の人は、二つの名前を持っていたこと。本当の名前は、大事な人にしか呼ばせなかったこと。

亡くなった人には、新しい名前をつけること。

そして、その名前を、石に刻むこと。


――なぜ、石に刻むのか。

その章の最後に、こう書いてあった。

『名前は、呼ばれるためにある。

そして人は、呼ぶ人がいなくなった後も、その名前が呼ばれ続けるように、石に刻んできた。』


――――。

私は、図書館の窓際で、しばらく、動けなかった。

机の端に、水色の傘の柄が、こつんと当たった。


――その日、私は、志望校の欄を、書き直した。

文学部。

民俗学を学べるところ。

石に刻まれた名前のことを、もっと知りたいと思った。


サダの名前が、あの墓石に刻まれている理由を。

それから、いつか、私の名前が、どこかに刻まれる日のことを。


最後までお読みいただきありがとうございました。

よろしければ、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。