↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
墓場ぐらしのサダコさん  作者: 則本潮


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
68/104

番外編-伽椰子- 第一話「傘を、二本」(後半)

⭐︎数学だけ、満点

受験の冬が来た。


勉強は、していた。

していたつもりだった。


机に向かって、参考書を開いて、文字を目で追う。

一ページ読んで、何も頭に入っていないことに気づく。

もう一度、最初から読む。


英単語のノートには、いつの間にか、『サダ』と一つだけ、書いてあったりした。


――数学だけは、大丈夫だった。

数式は、何も思い出させないから。

答えは、いつも一つで、ちゃんとそこにあるから。

――たぶん、それが、安心だったんだと思う。


⭐︎⭐︎⭐︎

結果は、全部、不合格だった。

最後に届いた大学の成績開示を見て、私は、少しだけ笑ってしまった。


数学だけ、満点だった。

それ以外は、何というか、すごかった。


――サダが見たら、絶対、「極端すぎんでしょ」って、言う。


「……伽椰子」

居間で、お母さんが、私の隣に座った。

「……一年、休んでもいいのよ。……うちは、大丈夫だから」


――浪人、という言葉を、お母さんは使わなかった。


「………………ごめんなさい…………」

「謝らないの。……あなたは、よく頑張ったよ」

お母さんは、私の前髪を、そっと、指でよけた。赤い星のヘアピンが、少しだけ傾いていた。


――本当は、わかっていた。

私は、受かりたくなかったんだと思う。

サダがいないまま、私だけが、次の場所へ進むのが、怖かった。


駅の屋根の下に、まだ、一人で立ったままでいたかった。

――その待ち合わせに、もう、誰も来ないとわかっていても。


⭐︎サダの家

二月の終わり。

私は、一年半ぶりに、サダの家の前に立っていた。


小四から、何百回も来た家。玄関の横の、サダが小学生のときに種をまいたパンジーの鉢は、空っぽになっていた。


――なぜ、今日だったのか。

自分でも、よくわからない。

ただ、来週は、三月三日だった。

サダの、誕生日。

生きていれば、十八歳になる日。


私だけが十八になって、私だけが高校を卒業して、私だけが、先へ行く。

その前に、どうしても、一度だけ、会いに行かなきゃいけない気がした。


――インターホンを押す指が、五回、止まった。

六回目で、ようやく、押せた。


⭐︎⭐︎⭐︎

「……伽椰子ちゃん」

ドアを開けたおばさんは、それだけ言って、しばらく、動かなかった。


少し痩せた、と思った。それから、私も、きっとそう思われている、と思った。


居間には、小さな仏壇があった。

写真の中のサダは、中学の修学旅行のときの写真だった。ピンクの星のヘアピンを、前髪につけて、ピースしている。


――その写真を撮ったのは、私だ。

私は、線香をあげて、手を合わせて、それから、おばさんのほうを向いて、畳に額をつけた。


「………………ごめんなさい…………私が…………同盟なんて…………作らなければ…………」


――心の中では、一年半、何千回も言った言葉だった。


口に出したのは、初めてだった。


「――謝らないで」

おばさんの声が、震えた。

顔を上げると、おばさんは、泣いていた。


「……謝らないで。……お願いだから。……あなたが謝ったら、私は、……」


おばさんは、そこで、言葉を切った。

何かを言いかけて、そのまま、口を閉じた。


――その続きを、私は、聞けなかった。


⭐︎⭐︎⭐︎

おばさんは、涙を拭って、それから、サダの名前の話をしてくれた。

「貞」という字は、まっすぐで、ぶれないという意味だと。

誰に何を言われても、自分を貫ける子になってほしかったのだと。


――ずるい。

そんないい意味、あったなんて。

「……伽椰子ちゃん。あの子に、会いに行ってあげてくれる?」


おばさんは、メモ用紙に、お寺の地図を描いてくれた。

山門から、砂利道をまっすぐ。大きな西園寺家のお墓を右に見て、その先。

『桜庭家之墓』

その横に、小さく、「ここ」と書いてあった。

――サダの字に、少しだけ似ていた。


⭐︎⭐︎⭐︎

帰り際。

玄関で靴を履いていると、階段の上から、蒼太くんが顔を出した。

中学の制服を着ていた。いつの間にか、ちょっと背が伸びている。


「…………」

「…………」


しばらく、二人とも、黙っていた。

それから、蒼太くんは、そっぽを向いたまま、ぼそっと言った。


「……姉ちゃん、家で、カヤさんの話ばっかしてた」

「………………」

「……うるさいくらい。……それだけ。」

蒼太くんは、それだけ言って、どたどたと階段を上がっていった。


――その後ろ姿が、小学生の頃のサダに、ちょっとだけ似ていた。


帰り道。私は、傘を二本抱えて、一人で、歩きながら泣いた。


喉の奥が、ずっと、「ア゛」と鳴りっぱなしだった。すれ違う人たちが、みんな、道をあけてくれた。


⭐︎前夜

三月二日。

私は、駅前の『パティスリー・アンジュ』の前に、二十分立っていた。


テストが終わるたびに、二人で一個を半分こした、いちごのショートケーキ。

サダが振られた日は、二個買った。サダは、泣きながら、二個とも全部食べた。


「…………、いちごの、ショートケーキ…………一つ…………」

「はい、お一つですね。ロウソクはおつけしますか?」

「…………数字の…………『1』と…………『8』…………」

――『8』を口にしたとき、喉が、少しだけ締まった。


帰りに、花屋さんで、ピンクのラナンキュラスを買った。

サダは、「これ、バラよりかわいくない?」って、何度も言っていた。


⭐︎⭐︎⭐︎

その夜。

私は、自分の部屋で、明日持っていくものを、文机の上に並べた。


ショートケーキ。ラナンキュラス。ライター。おばさんの地図。

それから、高校の学生証。

『月島 伽椰子』


――変えなかった名前。

変えられなかった名前。

これを、サダに見せなきゃいけないと思った。


窓の外は、晴れていた。

明日も、晴れの予報だ。

それでも、私は、紺色の傘と、水色の折りたたみ傘を、玄関に立て掛けた。


――明日、行く。


山門の敷居を、またぐ。

一年半遅れの、待ち合わせに。


――たぶん、そこには、いっぱいいる。


でも、その中に、サダもいる。

それなら、もう、怖くない。


――少しだけしか。


(番外編-伽椰子- 第一話 完)

最後までお読みいただきありがとうございました。

よろしければ、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。