番外編-伽椰子- 第一話「傘を、二本」(中盤)
⭐︎お化け屋敷の主
高校三年の九月。文化祭。
うちのクラスの出し物は、お化け屋敷に決まった。
そして、なぜか、私が主役に決まった。
「…………な、なんで…………」
「だって月島さん、あの声出せるじゃん! 『ア゛ア゛ア゛』ってやつ!」
実行委員の男子が、目を輝かせて言った。
――あれは、出しているんじゃない。
出てしまうんだ。
小さい頃から、耳鳴りみたいな「声」を聞くたびに、喉の奥から勝手に。
心の中では、そう完璧に反論できた。
口からは、「…………ア゛」とだけ出た。
「それそれ!! 天才!!」
――決まった。
⭐︎⭐︎⭐︎
文化祭の当日。
私は、白いワンピースを着て、暗幕の奥の押し入れの中に、一日じゅう、体育座りしていた。
押し入れ。
――小四のとき、「井戸と押し入れ」って、二人で、さんざん、からかわれた。
あのときのサダなら、この配役に、絶対キレていた。
「はぁ? カヤに押し入れとか、何考えてんの?」って、実行委員に詰め寄っていた。
でも、そのあとで、きっと、お腹を抱えて笑ってくれた。
「……てか、カヤ、上手すぎじゃん。うける」って。
――だから、私は、断らなかった。
「――きゃあああああっ!!」
「――うわああああ!! 何あれ、何の音!!?」
私が押し入れの襖を、すっと開けて、前髪の奥から、「…………ア゛ア゛ア゛」
それだけで、お客さんは、一人残らず、教室の出口まで全力で走っていった。
かわいそうだったのは、一番最初に入ってきた、一年生の男の子だ。出口で、本当に泣いていた。
そして、もっとかわいそうだったのは、私だ。
――暗い押し入れの中で、一日じゅう、私も、怖かった。
自分の声が。お客さんの悲鳴が。
それから、ときどき、押し入れの奥の壁が、妙にひんやりするのが。
――たぶん、気のせいだ。学校には、何もいないはずだ。
⭐︎⭐︎⭐︎
文化祭の終わりに。
うちのクラスは、「来場者投票・一番怖かった出し物」で、三年連続のお化け屋敷の王者だった三年二組を、大差で押しのけて一位になった。
表彰式で、実行委員が叫んだ。
「――この勝利は、押し入れの主、月島さんのおかげです!!」
体育館中が、拍手をした。
私は、壇上で、白いワンピースのまま、前髪の奥で、泣いていた。
――サダ。
見てた?
私、押し入れで、一位になったよ。
心の中でそう言ったら、喉から、もう一度、「…………ア゛」と鳴った。
嬉しいときも、鳴るらしい。
それを知ったのは、その日が初めてだった。
⭐︎入れない山門
サダのお墓がどこにあるのか、私は知らなかった。
知っていたのは、お寺の名前だけ。
お母さんが、お葬式から帰ってきた日に、一度だけ、口にした。
その寺の山門の前までは、何度も行った。
スマホのメモに、日付だけを記録している。
一回目は、年が明けてすぐ。
二回目は、春のお彼岸。
三回目は、梅雨。
四回目は、お盆。
それから先は、もう数えていない。
たぶん、二十回は超えている。
いつも、同じだった。
山門の前まで来る。傘を二本持って。
敷居の手前で、足が止まる。
そして、敷居の向こうから、ひんやりとした空気が、すーっと流れてくる。
「…………………………」
――いっぱい、いる気がする。
小さい頃から、私には、たまに、こういうことがある。
見えない。聞こえない。
でも、寒い。
そして、ちょっとだけ、賑やかな気がする。
この寺は、今まで行ったどこよりも、寒くて、賑やかだった。
――その中に、サダがいる。
そう思った瞬間、喉が、きゅっと閉まる。
入ったら、認めなきゃいけなくなる。
サダが、もう、駅には来ないってことを。
だから私は、いつも、山門の前で、右を向いて、帰った。
⭐︎⭐︎⭐︎
一度だけ、山門の前で、若いお坊さんとすれ違ったことがある。
竹ぼうきを持って、山門の前の落ち葉を、ものすごい速さで掃いていた。七秒くらいだったと思う。
「……お参りですか?」
お坊さんは、竹ぼうきを止めて、やさしく聞いた。
「…………い、いえ…………通りがかっただけ…………です…………」
私は、傘を二本抱えて、逃げるようにその場を離れた。
――その夕方、お寺の方角から、お経が聞こえてきた。
ひどく裏返って、すぐに噛むお経だった。
なぜだろう。
そのお経を聞いたら、少しだけ、肩の力が抜けた。
――上手じゃなくても、毎日、読んでいる人がいる。
そのことが、なぜか、嬉しかった。
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