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墓場ぐらしのサダコさん  作者: 則本潮


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番外編-慈念- 第一話「小僧の観測記録」(前半)

⭐︎切られた電話


――ツー、ツー、ツー。


「……切られた……」


本堂の裏で、俺はスマホを耳に当てたまま、しばらく立ち尽くしていた。


送り火の夜だった。

山門の前で焚いた火は、もう小さな燠火になっている。

墓フェスの片付けで、本堂の前にはまだケーブルが何本か転がっていた。


――そりゃ、切られるよな。


本山の審査役に、夜中に電話をかけて、「お経が上手くなると、困る人たちがいるんです」


大恩寺さまじゃなくても切る。

俺でも切る。たぶん、円海さんでも切る。

いや、円海さんなら、黙って最後まで聞いてくれて、それから「寝ろ」って言うか。


俺は、深いため息をついて、庫裏の裏手の、自分の六畳へ戻った。


文机と、経本と、布団。

それから、文机の横に立て掛けた、黒いギターケース。


俺は、押し入れの奥に手を突っ込んで、一冊のノートを引っ張り出した。


表紙がすっかり毛羽立った、

大学ノート。

中学生の俺の字で、マジックでこう書いてある。


『観測ノート ――この寺で起きた、説明のつかないこと』


――先に、自己紹介をしておく。


俺は、慈念。二十二歳。

この寺で修行中の、小僧だ。


特技は、境内の掃除。

記録は、山門前の紅葉を七秒。


苦手なものは、お経と木魚。

――僧侶としては、致命的な組み合わせだということは、自分が一番よくわかっている。


それから、怖がりだ。


墓地のある寺で暮らしていて、怖がり。

これも、致命的だと思う。


⭐︎すげえ声


中三の冬に、親父とおふくろが、事故で死んだ。


その頃のことは、あんまり覚えていない。

親戚の大人たちが、俺の頭の上で、ひそひそと何かを相談していたことくらいだ。


覚えているのは、葬式のお経だけ。


すげえ声だった。


腹の底に、ずしんと響いて。

泣いていいんだって、言われてる気がした。

だから俺は、両親が死んでから初めて、声を上げて泣いた。


葬式のあと。


その声の主は、俺の前にしゃがんで、こう言った。


「……行くところは、あるのか」


俺は、首を横に振った。


「……そうか。……うちに来るか」


――円海さんだった。


俺は、そのとき、思ったんだ。この人みたいになりたいって。


この声で、誰かを泣かせて、それで、ちゃんと救いたいって。


⭐︎⭐︎⭐︎


二〇二〇年の春。中学を卒業して、俺はこの寺に来た。


荷物は、ボストンバッグ一つと、ギターケース一つ。


ギターは、親父のお下がりだった。

赤と黒の、尖った形のエレキ。中二の俺が貼った、ダサい骸骨のステッカー付き。


仏の道に入るのに、こんなもの。

捨ててくるべきだった。


でも、捨てられなかった。

だから、押し入れの一番奥に、置いた。


そして、そのとなりに、このノートも置いた。


親父は、ギターを教えてくれるとき、いつも言っていた。


「わかんない音が出たら、書いとけ。書いとけば、そのうちわかる」


だから俺は、わかんないことが起きたら、書いておくことにした。


――ただ、この寺では、わかんないことが、思ったよりずっと多かった。


⭐︎第一号


『第一号 二〇二〇年七月 初めて、朝のお勤めを任された。読み終えた瞬間、常香炉の煙が、いっせいに下を向いた。』


本堂の前には、常香炉がある。


銅でできた、一抱えもある大きな香炉だ。

毎朝、お勤めの前に俺が線香を立てて、その煙が、一日じゅう墓地のほうへ流れていく。


その朝。


初めて一人で読んだお経は、ひどかった。


最初の一節で声が裏返って、二節目で噛んで、三節目でどこを読んでいるのかわからなくなった。


何とか読み終えて、本堂を出たとき。


常香炉の煙が。


まるで、墓地じゅうがうなだれたみたいに、いっせいに、だらんと下を向いていた。


そして、墓地のほうから、生あたたかい風が、ひゅうっと吹いてきた。


――ため息みたいな風だった。


「…………」


常香炉の縁には、寺の猫が座っていた。

「おはぎ」という名前だと、円海さんから聞いていた。


おはぎは、俺をじっと見て、それから、心の底からどうでもよさそうな顔で、大あくびをした。


――猫に、哀れまれた気がした。


俺は、部屋に戻って、このノートに、第一号を書いた。


怖かったからだ。


書いておけば、そのうちわかる。

親父がそう言ってたから。


最後までお読みいただきありがとうございました。

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