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墓場ぐらしのサダコさん  作者: 則本潮


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「墓フェス、開幕。」(前半)

⭐︎精霊馬、暴走


八月十三日。お盆の入り。


朝から、墓地は、いつもより少しだけ、賑やかだった。


生きている人たちが、次々に山門をくぐってくる。

帰省してきた家族連れ。

浴衣の子どもたち。

手には、お花と、お線香と――それから、キュウリとナス。


割り箸を四本刺して、足をつけた、キュウリの馬と、ナスの牛。


「……精霊馬、ですわね」


麗華が、日傘の下で、しみじみと言った。


「ご先祖様が、キュウリの馬で急いで帰ってきて、ナスの牛で、ゆっくりあの世に戻る。……お盆の、大切なお供え物ですわ」


「知ってる知ってる。うちもおばあちゃんが毎年作ってた」


桜庭家之墓の前にも、パパが作ったらしい、ちょっと足の長さが不揃いなキュウリの馬が、ちょこんと置かれていた。


――そして。


「――うおおおおおお!!」


墓地の東の端から、ものすごい雄叫びが聞こえてきた。


振り返ると、鬼塚さんが、キュウリの馬にまたがっていた。


幽霊だから、キュウリの馬の「魂」みたいなものに、乗れるらしい。

緑色の、半透明の馬。

四本の割り箸の足が、砂利道を、猛烈な勢いで蹴っている。


「見ろ!! 族車だ!!」


「族車じゃないって!! 精霊馬だって!!」


「パラリラパラリラァァァ!!」


鬼塚さんは、キュウリの馬で、墓地中を爆走し始めた。

墓石と墓石の間を、ぎゅんぎゅんとすり抜けていく。リーゼントが、風になびいている。


「――こらぁぁぁ鬼塚の小僧ぉぉぉ!! お盆の神聖な馬で、何をしとるかぁぁぁ!!」


源蔵じいちゃんが、どこからともなく飛び出してきた。


――ナスの牛にまたがって。


「待たんかぁぁぁ!!」


ナスの牛は、ものすごく、遅かった。


一歩。


……一歩。


……………一歩。


「……ひいじいちゃん、それ、絶対追いつけないやつ」


「ぬぅぅ……! なぜじゃ、なぜこの牛は、こうも遅いんじゃ……!」


「帰りに乗るやつだからですわ。ゆっくりお帰りいただくための、牛ですもの」


「今、帰らせんでええわい!!」


その横を、鬼塚さんのキュウリの馬が、三周目の周回で、びゅんと追い抜いていった。


「おっせえなジジイ!! 周回遅れだぞ!!」


「なんじゃとぉぉぉ!!」


――スポーン。


キュウリの馬の上で振り返った鬼塚さんの首に、源蔵じいちゃんが投げたナスのヘタが、正確に命中した。


いつもの音がして、いつもの首が、お盆の青空を飛んだ。


首のない体を乗せたまま、キュウリの馬は、まっすぐ、山門に向かって突っ込んでいく。


「あ、そっちは――」


――ぼよんっ。


キュウリの馬ごと、鬼塚さんの体は、山門の見えない壁に、はね返された。


「……やっぱ、出れねえのか……」


砂利道に転がった首が、しょんぼりと、山門の向こうを見つめていた。


――そう。お盆でも、あたしたちは、山門の外には出られない。


ご先祖様が、キュウリの馬で急いで家に帰る日。

でも、この墓場の霊は、帰れない。

そのかわり、家族のほうが、ここに来てくれる。


「……納骨堂のお盆は、アプリで精霊馬のスタンプ押すだけでしたけどね」


ハヤトさんが、一ノ瀬家之墓の前に置かれた、立派なキュウリの馬を見下ろして、ぽつりと言った。


「……本物、初めて見たっす。……母さん、割り箸、四本とも、ちゃんと同じ長さに切ってある」


ハヤトさんは、しゃがみ込んで、キュウリの馬の足を、指先で、そっとつついた。


――それは、ちょっとだけ嬉しそうな顔だった。


⭐︎墓フェス実行委員会


その日の昼。


本堂の前に、大きな看板が立てられた。


『奉納ライブ 八月十五日 十九時より 出演:天野結衣』


「――結衣ちゃん!?」


あたしは、看板の前で、飛び上がった。


天野結衣。

雷太さんのバンド仲間だった、哲也さんの孫。デビューして、テレビにも出るようになった、シンガーソングライターだ。


「夏祭りの奉納ライブ、ですって。円海さんが、お頼みになったそうですわ」


「……え、それって、この寺でライブするってこと!?」


「ええ。本堂の前に、ステージを組むそうですわ」


――ざわっ。


墓場中が、どよめいた。


「……結衣が、ここで、歌うのか」


いつの間にか、北の端から出てきた雷太さんが、看板の前に立っていた。

長い前髪の奥で、目が、少しだけ見開かれている。


そこへ、本堂から、円海さんと慈念さんが出てきた。


「――よいか、慈念。当日は、開演前に、お前が読経をせよ」


「えっ、ぼ、僕がですか」


「お前の節は、ああいう場に合う。……あの法要の夜のようにな」


円海さんは、ゆったりと笑った。倒れてから、しばらく療養していたけれど、今はすっかり顔色もいい。


「……それから、結衣さんからのご依頼でな。ベースを弾ける者を探しておるそうじゃ」


「……はあ」


「――ベースは、わしが弾く」


「「「――えええええっ!!」」」


墓場中の霊が、同時に叫んだ。


「……え、円海さん、ベース弾けるの!?」


「若い頃、プログレッシブロックのバンドで弾いていたそうですわ。あの低いお声の正体は、それですのよ」


「……住職さん、プログレだったんすか……」


ハヤトさんが、呆然としていた。


慈念さんも、ぽかんと口を開けて、円海さんを見ていた。


「……円海さん。お体は……」


「ベースは、座っても弾ける」


円海さんは、それだけ言って、本堂に戻っていった。背中が、ちょっとだけ、うきうきしていた。


――その日の夕方。


「――それでは、臨時墓場総会を始めますわ!」


西園寺家之墓の前の広場に、墓場中の霊が集まっていた。

議長は、もちろん麗華。


麗華が日傘で示した先には、キュウリとナスで作られた文字が、並んでいた。


『墓フェス実行委員会』


「……食べ物で遊ばないの」


「精霊馬の余りですわ。有効活用ですわ」


麗華は、こほん、と咳払いをした。


「議題は、八月十五日の奉納ライブ。……わたくしたち、生きている方々には見えませんけれど、せっかくの機会ですもの。墓場を挙げて、全力で盛り上げますわよ!」


「「「おおおおおっ!!」」」


「委員長は、わたくし、西園寺麗華。……では、係を決めますわ」


「――入場整列係は、わたしが引き受けましょう」


ふみ先生が、すっと手を挙げた。


「観客が、列を乱さないように。背の順に」


「ライブで背の順は、たぶん無理だと思う」


「ケータリングは、わたしがやるわね。冷たい麦茶と、胡瓜の浅漬け」


トメばあちゃんが、にこにこと手を挙げた。胡瓜の厚さは、五ミリ。ふみ先生も、満足そうに頷いている。


「わしは、ステージの設営じゃ! 本職の腕の見せどころじゃ!」


「俺は、警備だ。暴れる奴がいたら、俺が止める」


「一番暴れそうな人が警備なんだ」


「――俺、物販やるっす」


ハヤトさんが、手を挙げた。


「フェスって言ったら、物販っすよ。タオルとか、Tシャツとか」


「……ハヤトさん、売るもの、ないよね」


「……ないっすね」


「売る相手も、いないよね」


「……いないっすね」


「ワンッ!!」


ごまが、尻尾をぶんぶん振りながら、麗華の足元に飛びついた。


「……ごまちゃんは、何係?」


「ワンワンッ!」


「……盛り上げ係、ですわね」


――そして、雷太さんは。


雷太さんだけは、広場の端で、腕を組んで、黙っていた。


「……雷太さんは、音響係、でいかがですの?」


「……俺は、いい」


雷太さんは、ぼそっと、それだけ言った。


「……当日は、北の端から、聴いてる」


⭐︎蒼太、帰ってくる


次の日。八月十四日。


「――ただいま、姉ちゃん」


朝一番に、聞き慣れた声がした。


振り返ると、大きなリュックを背負った蒼太が、桜庭家之墓の前に立っていた。


「――蒼太!!」


四月から、東京の大学に行った弟。

ちょっとだけ、髪が伸びて。

ちょっとだけ、日に焼けて。

それから、ちょっとだけ、大人っぽくなっていた。


「……夏休みに帰るって言ったろ。約束通り」


蒼太は、いちごミルクを墓前に置いた。ストローまで、ちゃんと刺してある。


――今日は、鬼塚さんも、盗まなかった。墓石の裏で、腕を組んで、にやにやしていた。


「東京、暑いよ。こっちより、ずっと。……でも、大学、おもしろい。この前、古いお寺の図面、初めてちゃんと引いた」


蒼太は、少しだけ、照れくさそうに笑った。


「……それでさ。円海さんに頼まれて、明日のライブのステージ、作るの手伝うことになった」


「――え」


「建築学科なら、図面くらい引けるだろって。……まあ、引けるけど」


――その日の午後。


本堂の前で、蒼太と、町内会のおじさんたちが、木材を組み立て始めた。


そのすぐ横に、源蔵じいちゃんが、腕を組んで、仁王立ちしていた。


「――違う違う違う!! そこは、筋交いを入れんかぁ!!」


もちろん、聞こえない。


「ほぞが甘い!! そんな継ぎ方じゃ、揺れた拍子に抜けるぞぉ!!」


聞こえない。


「――ええい、じれったいのう!!」


源蔵じいちゃんは、蒼太の耳元に顔を寄せて、ものすごい剣幕でまくし立てた。


「いいか蒼太、明日は幽霊が五十人、この上で跳ねるんじゃ! いや、上には乗らんが、とにかく跳ねるんじゃ! 筋交いじゃ、筋交い! 斜めに一本、入れるんじゃ!」


――蒼太が、ふと、手を止めた。


「……なあ、おじさん」


蒼太は、組みかけの足場を、じっと見つめた。


「……ここ、斜めに一本、入れたほうがよくない? なんか、揺れそうな気がする」


「おお、確かに。兄ちゃん、よく気づいたな」


蒼太は、斜めに一本、筋交いを入れた。


それから、継ぎ目のところで、もう一度、手を止めた。


「……あと、ここの継ぎ方。もうちょっと、深く掘ったほうがいい気がする」


「――――っ!!」


源蔵じいちゃんが、その場で、固まった。


「……い、今の……わしが言うたことを……」


「……聞こえたんじゃ、ないよね」


あたしは、源蔵じいちゃんの隣で、小さく言った。


「……蒼太、たぶん、自分で気づいたんだよ。ひいじいちゃんの血、引いてるから」


「…………っ」


源蔵じいちゃんの目から、ぶわっと、涙があふれ出した。


「……わしの、ひ孫が……わしの、継ぎ方を……」


「ひいじいちゃん、泣きすぎ」


「泣いとらん!! 汗じゃ!! 八月じゃからのう!!」


幽霊は、汗をかかない。


夕方には、本堂の前に、立派なステージが組み上がった。


蒼太は、完成したステージを見上げて、額の汗をぬぐった。


「……なんか、ずっと、誰かに教わりながら作ってた気がする」


蒼太は、首をかしげながら、墓地のほうを振り返った。


「……ま、いっか」


――源蔵じいちゃんは、その日、夜まで、ずっと泣いていた。


最後までお読みいただきありがとうございました。

やっと墓フェスを書くことができました。

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