↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
墓場ぐらしのサダコさん  作者: 則本潮


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
45/107

「墓場に、朝礼がやってきた。」(中盤)

⭐︎漬物戦争


それから一週間。


墓場の朝は、すっかり、朝礼から始まるようになった。


六時半に整列。

ふみ先生――いつの間にか、みんなそう呼ぶようになっていた――の連絡事項。

それから、源蔵じいちゃんと鬼塚さんが、砂利道に立たされる。

ここまでが、一セットだ。


「……わしら、毎朝立たされとる気がするのう」


「毎朝喧嘩するからだろ」


「喧嘩を売ってくるのは、お前じゃろうが」


「そこの二人、明日も立ちたいのですか」


「「……いえ」」


――そして、朝礼のあとには、もう一つ、新しい日課ができていた。


「――トメさん。その糠漬けの切り方は、少し厚すぎませんか」


「あら、ふみ先生。胡瓜は、このくらい厚いほうが、歯ごたえがあっておいしいんですよ」


「給食では、三ミリと決まっておりました」


「ここは給食じゃありませんからねえ」


桜庭家之墓の縁側で、トメばあちゃんとふみ先生が、にこにこと向かい合っていた。


にこにこしている。

二人とも、ものすごく、にこにこしている。


なのに、二人の間の空気だけが、ぱちぱちと、音を立てていた。


「……ねえ、ひいじいちゃん。あれ、何?」


「……漬物戦争じゃ」


源蔵じいちゃんが、縁側の柱の陰から、青い顔でささやいた。


「墓場最強と、墓場最恐が、ついに激突しおった……」


「最恐って」


「わしは、初日に砂利道に立たされた身じゃからのう……」


鬼塚さんも、墓石の陰から、首だけを出して見物していた。

首を体から外して、ぎりぎりまで近づけている。

器用だ。


「……どっちが勝つと思う」


「……わからん。……わしは、婆さんに勝ってほしいが、ふみ先生に負けてほしくもない」


「なんでだよ」


「……両方怖いからじゃ」


――結局、その日の漬物戦争は、麗華が「どちらも大変、おいしゅうございますわ」と割って入って、引き分けに終わった。


ちなみに、麗華は、両方の胡瓜を一切れずつ食べて、「……三ミリのほうが、上品ですわね」と言いかけて、トメばあちゃんのにこにこ顔を見て、「……いえ、厚いほうも、味わい深いですわ」と言い直していた。


九十七年の霊歴は、伊達じゃない。


⭐︎麗華の糸


その日の午後。


麗華が、ふみ先生のいる桜の苗木の下を、そわそわと訪ねていった。


「――ふみ先生。少々、お伺いしたいことがございますの」


「どうぞ」


「先生は、学校の先生でいらしたのですわよね。……お裁縫には、お詳しくて?」


「家庭科も、三十年教えておりました」


「まあ!」


麗華は、日傘を閉じて、ぐいっと身を乗り出した。


「――振袖の袖の内側に、金糸とは違う、きらきらと光る糸が縫い付けてあるとしたら。……それは、何だと思われます?」


「……振袖の、袖の内側、ですか」


ふみ先生は、眼鏡を押し上げて、少しだけ考えた。


「……それは、おそらく、ラメ糸ですね。後から、誰かが手で縫い足したものでしょう」


「ラメ糸……!」


「袖の内側は、着ている人にしか見えない場所です。……見せるためというより、着る人のために縫ったのかもしれませんね」


麗華の目が、きらりと光った。


「――わかりましたわ、貞子さん!」


「え、なに、急に」


少し離れたところで、ごまと遊んでいたあたしのところに、麗華が駆け寄ってきた。


「あの糸の正体、判明いたしましたわ! ずばり、あれは――」


「……あれは?」


「――お守りですわ!!」


「……お守り?」


「ええ! 着物の内側に、こっそりお守りの刺繍を縫い込む風習があると、昔、聞いたことがございますの! あれは、貞子さんの無病息災を祈る、呪文の刺繍に違いありませんわ!」


「……あたし、もう死んでるんだけど」


「――あっ」


麗華は、日傘を取り落とした。


「……む、無病息災は、少々、時期を逸しておりますわね……」


「少々どころじゃないよ」


――麗華探偵、本日も推理、外れ。


でも、少し離れたところで、ふみ先生が、小さく笑っていた。


「……着る人のために、縫ったもの。……そう遠くない推理だと、わたしは思いますけどね」


その言葉は、あたしの耳には、届かなかった。


⭐︎呼ぶ側の人


夕方。


竹林の桜の苗木の下で、ふみ先生が、一人、背筋を伸ばして座っていた。

ごまが、その膝に顎を乗せて、うとうとしている。


「――ふみ先生」


あたしは、隣に腰を下ろした。


「……桜庭さん。どうかしましたか」


「ううん。……ここ、慣れた?」


「ええ。賑やかで、悪くありません。……朝礼の整列は、まだまだですけどね」


ふみ先生は、少しだけ、口元をゆるめた。


「……ねえ、先生。先生って、ずっと、小学校の先生だったんでしょ?」


「四十年です。最後の十年は、校長をしておりました」


「すごいじゃん。……じゃあ、教え子、いっぱいいるんだ」


「ざっと、三千人くらいでしょうか」


「三千人!?」


「全員の顔と名前、覚えていますよ」


――さらっと、とんでもないことを言った。


「……え、全員?」


「当たり前です。毎朝、校門の前に立って、一人ずつ、名前を呼んで挨拶していましたから。……名前を呼ばれない子が、一人でもいてはいけません。学校というのは、そういう場所です」


――名前を、呼ばれない子が。


あたしは、ふっと、胸の奥が、きゅっとなった。


「……先生の教え子さんたち、お墓参り、来てくれるといいね」


「……来ませんよ」


ふみ先生は、静かに言った。


「誰にも、知らせていませんから」


「――え」


「甥にも、そう頼みました。……教え子たちには、それぞれの生活があります。家族があって、仕事があって、子どもや孫がいる。……年老いた校長の葬式や墓参りで、手間を取らせるわけにはいきません」


ふみ先生は、膝の上のごまの頭を、そっと撫でた。


「わたしには、家族がいませんでした。……だから、最後くらい、誰にも迷惑をかけずに、静かに眠ると決めていたんです。この子と一緒に」


「……でも」


「――それに、わたしは」


ふみ先生は、竹林の向こうの、夕焼けの空を見上げた。


「……ずっと、呼ぶ側の人間でしたから」


――呼ぶ側。


三千人の名前を、毎朝、呼び続けた人。


でも、その人の名前を呼ぶ人は、今、ここには、誰もいない。


「……先生」


「なんですか」


「……ふみ先生」


あたしは、ちゃんと、名前を呼んだ。


ふみ先生は、少し驚いたように、あたしを見た。

それから、眼鏡の奥で、ほんの少しだけ、目を細めた。


「……声が小さい」


「――ふみ先生!」


「よろしい」


ふみ先生は、それだけ言って、また、夕焼けを見上げた。


その横顔が、朝礼のときより、ずっと小さく見えた。


その夜、慈念さんの名前を呼ぶ当番表に、新しい曜日が一つ、書き足された。


土曜日は、花村家。


――でも、それだけじゃ、足りない気がした。


最後までお読みいただきありがとうございました。

本来日本人が持っていて欲しい習慣だと思いながら書きました。今となっては他のアジア圏の方が良い習慣が残っているような……もちろん得意不得意はあるんだけれども。

よろしければ、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。