↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
墓場ぐらしのサダコさん  作者: 則本潮


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
43/104

「二十歳の春と、合格発表。」(後半)

⭐︎誕生日会、兼、送別会

その夜。


「――それでは、改めまして! 貞子さんの二十歳のお誕生日会、兼、蒼太さんの合格祝い、兼、送別会を始めますわ!!」


「「「おおおおおおっ!!」」」


三本立てになっていた。


西園寺家之墓の前の広場には、鬼塚さんが集めてきた(酒井さんちのメロン以外の)お供え物が、ずらりと並べられていた。

トメばあちゃんは、お玉じゃくしで、みんなにお吸い物をよそっている。


「――一番、轟雷太。二十歳の誕生日に捧ぐ、新曲だ」


雷太さんが、見えないギターをかき鳴らした。

暗くて、ちょっと怪しくて、でも、ものすごくかっこいい、ハーモニックマイナーのバースデーソング。


「ハッピーバースデー、ディア、貞子ぉぉぉ!!」


墓場中の霊が、いっせいにヘッドバンギングした。


――首が、十二個、飛んだ。


「……前より二個増えてる」


「二十歳ですもの。記録更新ですわ」


「そういう基準なの!?」


「二番、桜庭源蔵! 二十歳の祝いに、一本締めじゃ!」


「いよぉぉぉっ!」


――パンッ。


源蔵じいちゃんの一本締めの勢いで、隣にいた鬼塚さんの首が、また飛んだ。


「なんで俺だよ!!」


「そこにおったからじゃ!」


「三番、西園寺麗華! 貞子さんへの祝辞を、述べさせていただきますわ!」


麗華が、日傘をマイクのように握って、立ち上がった。


「貞子さん。あなたと出会ってからの日々は、本当に――本当に――エ……」


「「「「言うなぁぁぁぁ!!」」」」


「……っ、エ、エクセレント、でしたわ!!」


「……英語でごまかした」


「ごまかしてなどおりませんわ!!」


――笑った。


お腹がよじれるくらい、笑った。


みんなが騒いで、首が飛んで、トメばあちゃんが笑って、清一さんが、ほっほっと手を叩いている。


楽しい。本当に、楽しい。


――なのに、なんでだろう。


笑っている途中で、ふっと、胸の奥が、冷たくなった。


⭐︎呼ばれなくなる、ということ

宴会がお開きになった、真夜中。

あたしは、一人で、桜庭家之墓の前に座っていた。

墓石の前には、蒼太が置いていった、空っぽのいちごミルクの紙パック。


――来月から、来なくなる。


わかってる。蒼太は、夏休みには帰ってくるって言った。

お正月にも来るって。

東京に行くのは、蒼太の夢のためだ。

喜ばなきゃいけない。ちゃんと、喜んでる。


でも。


――『誰にも呼ばれない年月が長く続くと、名前は、少しずつ、消えていくの』


いつか、トメばあちゃんが教えてくれた言葉が、頭の中で、ぐるぐる回っていた。


最初は誕生日。次に家のこと。最後に、名前。


蒼太は、毎月、あたしの名前を呼んでくれた。

伽椰子も、大学が始まってから、前よりは来られなくなった。

パパもママも、月命日には来てくれるけど――


――あたしの名前を呼ぶ人が、少しずつ、遠くなっていく。


「……っ」


気づいたら、涙が、ぼろぼろ、こぼれていた。


幽霊でも、涙は出る。地面には落ちないけど。


「……やだな。……誕生日なのに」


「――呼ばれんくなるのは、怖いのう」


隣から、穏やかな声がした。


いつの間にか、清一さんが、あたしの隣に、ちょこんと座っていた。


「……清一さん」


「……わしも、怖かった。……何十年もな」


清一さんは、白いひげをなでながら、墓石の上の夜空を見上げた。


「最初は、誕生日が思い出せんようになった。次に、醤油蔵の匂いが思い出せんようになった。……最後に、名前が、どこかへ行ってしもうた」


「……うん」


「――じゃがな、貞子ちゃん」


清一さんは、あたしの方を向いて、目を細めた。


「わしの名前を見つけてくれたのは、息子じゃなかった。……おぬしじゃった」


――あ。


「名前を呼ぶ人はな、一人じゃないんじゃよ。……おぬしが、わしの名前を呼んでくれたように。……おぬしの名前も、ちゃんと、この墓場で呼ばれとる」


清一さんは、それだけ言うと、ほっほっと笑って、西の端へと戻っていった。


あたしは、しばらく、その小さな背中を見送っていた。

涙は、まだ、止まらなかった。でも、さっきより、少しだけ、あったかかった。


⭐︎振袖

翌日の午後。


パパとママが、並んで、山門をくぐってきた。一日遅れの、誕生日の墓参りだ。


「……昨日は、蒼太がお祝いしてくれたんだってね」


ママが、墓石の前にしゃがんで、そっと笑った。


「あの子、合格したのよ。東京の大学。……一番に貞子に報告したって、自慢してたわ」


それから、ママは、持ってきた大きな風呂敷包みを、墓前に置いた。


ゆっくりと、結び目をほどく。


――中から出てきたのは、振袖だった。


淡い桜色の地に、満開の桜の枝が、裾から肩まで、大きく流れている。

金糸の刺繍が、午後の光を受けて、やわらかく光っていた。


「……これ」


――覚えてる。


十六歳の夏。

まだ早いって言うあたしを引っ張って、ママが呉服屋さんに連れて行った。

成人式の振袖、今から予約しておかないと、いいのが残ってないのよ、って。


ママが選んだのは、正統派の、桜の振袖だった。


あたしは、口を尖らせて言った。『地味じゃない? もっと、きらきらなのがいい』って。


ママは、『あんたの名前、桜庭でしょ。桜が一番似合うのよ』って、譲らなかった。


――結局、決着がつかないまま、あの秋が来た。


「……一月にね、成人式の会場の前まで、行ったの」


ママが、振袖の袖を、そっと撫でた。


「貞子の同級生の子たちが、みんな、きれいな振袖着て、笑ってて。……あの中に、貞子もいたはずなのにって思ったら、どうしても、中に入れなかった」


パパが、黙って、ママの背中に手を置いた。


ママは、何か言おうとして、口を開いた。


――でも、言葉は、出てこなかった。


しばらく黙ったあと、ママは、振袖を、丁寧に、丁寧に畳み直した。


「……ごめんね。今日は、見せに来ただけ」


風呂敷を結び直して、胸に抱える。


「――また来るね、貞子」


二人の背中が、山門の向こうに、ゆっくりと消えていく。


あたしは、何も言えなかった。

聞こえないとわかっていても、何か言えばよかったのに。

何も、出てこなかった。


「……貞子さん」


隣で、麗華が、小さな声で言った。


「……今の、ご覧になりまして?」


「……何を?」


「……畳み直すとき、袖の内側が、一瞬だけ見えましたの。……何か、きらりと光る糸が、縫い付けてございましたわ」


「……糸?」


「ええ。金糸とは、また違う……もっと、こう……きらきらした」


麗華は、日傘の柄をぎゅっと握って、山門の方を見つめていた。


「――探偵の勘ですわ。……あれは、きっと、何か、意味がございますわよ」


⭐︎東京でも

三月の終わり。


蒼太が上京する日の朝、蒼太は、大きなリュックを背負って、自転車でやってきた。


いつものいちごミルク。ストローまで、ちゃんと刺してある。


――今日は、鬼塚さんも、盗まなかった。

墓石の裏で、腕を組んで、黙って見ていた。


「……姉ちゃん。行ってくる」


蒼太は、墓石の前に立って、少し照れくさそうに頭をかいた。

それから、本堂の方を振り返った。


「――慈念さん」


箒を持った慈念さんが、驚いたように顔を上げた。


「……お願いがあるんです。……毎朝のお経の最後に、姉ちゃんの名前、呼んでもらえませんか」


「……名前を?」


「はい。……俺、東京に行ったら、月命日に来られなくなるから。……姉ちゃんの名前、ここで、誰かに呼んでてほしくて」


――蒼太。


慈念さんは、しばらく、蒼太の顔を見ていた。


それから、箒を置いて、深く、頭を下げた。


「……承知しました。毎朝、必ず」


「ありがとうございます」


蒼太は、ほっとしたように笑って、もう一度、墓石に向き直った。


「――それから、姉ちゃん」


蒼太は、大きく、息を吸った。


「東京でも、毎日呼ぶから」


――え。


「朝起きたら、呼ぶ。大学行く前にも、呼ぶ。……恥ずかしいから、小声だけど。……毎日、ちゃんと、呼ぶから」


蒼太の目が、少しだけ、赤くなっていた。


「――貞子姉ちゃん」


――ずっと、「姉ちゃん」だった。


小さい頃からずっと、「姉ちゃん」としか呼ばなかった弟が。


初めて、あたしの名前を、呼んだ。


「……蒼太ぁ……」


あたしは、声を上げて、泣いた。


墓石の陰で、麗華が、日傘で顔を隠して、ぷるぷると震えていた。


――麗華が、日傘を、ゆっくりと下ろした。


その目から、ぽろぽろと、涙がこぼれていた。


「……もう、無理ですわ」


麗華は、震える声で、でも、はっきりと言った。


「――エモい、ですわ」


本日、一回目。


いや、たぶん、今までで一番、正しい『エモい』だった。


――ふわっ。


墓場中の霊の足元が、いっせいに、光った。


「――ちょ、麗華ぁぁぁ!!」


「も、申し訳ございませんわぁぁぁ!! でも、今のは、言わずにいられませんでしたのぉぉぉ!!」


全員の体が、三センチ、浮き上がった。


――そのとき。


チリン、と。


蒼太の自転車のベルが、鳴った。


リュックの肩紐を直そうとして、蒼太の肘が、ハンドルに当たったらしい。


「……あ、やべ」


――すとん。


なぜか、全員、着地した。


「……今ので、落ちたの?」


「……あまりに間の抜けた音でしたので、なんだか、感動が、しぼんでしまいましたわ……」


――墓場中の霊が、同時に、吹き出した。


蒼太は、何も知らずに、自転車にまたがった。


「――また来る。夏休みに」


ペダルを踏み込む。背中が、どんどん小さくなって、山門の向こうに消えていく。


あたしは、ずっと、ずっと、手を振っていた。


⭐︎当番表

翌朝。


――ごおん。


いつもの鐘が鳴って、本堂から、慈念さんの声が聞こえてきた。


「――かっ、観……自ざいっ……!」


「「「「……チッ」」」」


いつもの舌打ちが、墓場中に響く。


胃もたれは、やっぱり、前より少しだけ、軽かった。


そして、お経の最後に。


「……桜庭、貞子さん」


慈念さんの声が、静かに、あたしの名前を呼んだ。


――あ。


胸の奥が、ぽっと、あったかくなった。


「……おい、小僧! なんで、さだだけなんじゃ!」


源蔵じいちゃんが、縁側から身を乗り出した。


「えこひいきじゃ! わしの名前も呼ばんか!」


「俺もだ! 鬼塚武! フルネームで頼むわ!」


「わたくしも! 西園寺麗華と、できれば、少し優雅な節回しで!」


「……轟雷太。ハーモニックマイナーで」


――墓場中から、苦情が殺到した。


もちろん、慈念さんには、聞こえない。


でも、その日の午後。なぜか、慈念さんは、過去帳を抱えて、本堂にこもっていた。


そして、次の日の朝から。


お経の最後に、名前が、一人ずつ増えていった。


月曜日は、桜庭家。火曜日は、西園寺家。水曜日は、鬼塚家。木曜日は、轟家。金曜日は――


「……片桐、清一さん」


西の端で、清一さんが、ほっほっと、嬉しそうに笑った。


――名前を呼ぶ当番表が、いつの間にか、できあがっていた。


「……蒼太さんのおかげですわね」


麗華が、あたしの隣に座って、日傘をくるりと回した。


「うん」


あたしは、頷いた。


東京のどこかで、今朝も、蒼太が小声で、あたしの名前を呼んでいる。


そして、この墓場でも。


「……ねえ、麗華」


「なんですの」


「……呼んでよ、あたしの名前」


麗華は、きょとんとして、それから、ふふっと笑った。


「――貞子さん」


「……うん」


「貞子さん、貞子さん、貞子さん」


「……そんなに何回も呼ばなくていいってば」


――墓石の上では、おはぎが、今日も、心の底からどうでもよさそうな顔で、大あくびをしていた。


本堂の裏の竹林からは、とんかん、とんかん、と、工事の音が聞こえてくる。


来月から、この墓場に、新しいご近所さんが、やってくるらしい。


墓場は今日も、成仏しない。


そして、あたしの名前を呼ぶ声は、今日から、少しだけ、増えた。


(第十三話 完)


最後までお読みいただきありがとうございました。

よろしければ、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。