「二十歳の春と、合格発表。」(中盤)
⭐︎十時
――しん。
大捕物が、ぴたりと止まった。
墓地中の霊が、いつの間にか、桜庭家之墓の周りに集まっていた。
源蔵じいちゃんは鉢巻きを握りしめ、首を小脇に抱えた鬼塚さんも、いちごミルクを抱えたまま、固まっている。
本堂の陰からは、箒を持った慈念さんまで、こっそりこちらを覗いていた。
「……十時」
蒼太が、画面をタップした。
読み込み中の、くるくる回るマーク。
一秒。二秒。三秒。
――あたしは、息をするのも忘れていた。幽霊だから、もともと息はしてないけど。
「……………………」
蒼太の指が、ゆっくりと、画面をスクロールする。
止まった。
「……あった」
小さな声だった。
「……あった。……あった!! 姉ちゃん、あった!! 受かった!!」
蒼太が、スマホを握りしめたまま、墓石の前で、跳び上がった。
「「「「うおおおおおおおおっ!!!」」」」
墓場中が、爆発した。
「やったぁぁぁ!! 蒼太、やったぁぁぁ!!」
あたしは、蒼太に抱きついた。
すり抜けた。
構わず、もう一回抱きついた。
またすり抜けた。
三回目で、勢い余って墓石に頭から突っ込んだ。痛くない。幽霊だから。
「さすがわしの曾孫の弟じゃあぁぁぁ!!」
「よくやった小僧ぉぉぉ!!」
鬼塚さんの首が、喜びのあまり、もう一回、空を飛んだ。今度は、自分で投げた。
――そして。
「……あ」
足元が、ふわっと、光った。
あたしだけじゃない。
源蔵じいちゃんも、鬼塚さんの体も、雷太さんも。
墓場中の霊の足元が、いっせいに、朝日みたいに光り始めた。
「――ま、まずいですわ! 皆様、落ち着いてくださいまし!!」
麗華が、日傘を振り回しながら叫んだ。でも、その麗華の足も、もう地面から三センチ浮いている。
「……っ、こ、これは、これは……エ……エ……っ!!」
麗華が、日傘の柄を噛んで、必死に言葉を飲み込んだ。
「――言わないで麗華! 今言ったら全員いく!!」
「わ、わかっておりますわぁぁぁ……!!」
体が、ふわりと浮き上がる。墓石の高さ。梅の木の高さ。本堂の屋根の高さ。
「――誰か! いつものやつを!!」
あたしが叫んだ、そのとき。
――ごおん。
本堂の鐘が、鳴った。
箒を放り出した慈念さんが、本堂に駆け込んで、経本を開いていた。
蒼太の合格を、お経でお祝いするつもりらしかった。
「――かっ、観……自ざいっ、菩薩ぅ……!」
――ずしっ。
いつもの胃もたれが、墓場中を襲った。
「「「「うっ……!」」」」
ドゴシャアアアッ!!
墓地のあちこちに、幽霊の山ができた。
桜庭家之墓の前が一番大きい山で、その一番上に、あたしがいた。
「……た、助かった……」
「……安全装置、今日も万歳、ですわ……」
山の中から、麗華の声がした。
――でも。
「……なあ」
山のてっぺん近くで、雷太さんが、首をかしげていた。
「……今の胃もたれ、いつもより、軽くなかったか?」
「……え?」
言われてみれば。
いつもなら、三日は食欲がなくなるくらい重いのに、今日は、ちょっと胸焼けしたかな、くらいで済んでいる。
「……半音のずれが、前より減ってる。……あいつ、上手くなってんだよ」
本堂の方を見ると、慈念さんが、額の汗をぬぐいながら、ほっとした顔をしていた。
三年の猶予をもらってから、毎日、毎朝、基本の練習を欠かさずにやっている。
その成果が、少しずつ、出始めているらしい。
「……それって、いいことだよね?」
「坊主としてはな。……俺たちにとっては、どうだろうな」
雷太さんは、そう言って、少しだけ、難しい顔をした。
――このときは、まだ、誰も、その意味を深く考えていなかった。
⭐︎東京
幽霊の山が崩れて、みんなが元の場所に戻ったころ。
蒼太は、まだ墓石の前に座っていた。
スマホの画面を、何度も何度も見返している。
「……夢じゃねえよな、これ」
――夢じゃないよ。
「……姉ちゃん。俺、受かったの、東京の大学なんだ」
――え。
「建築の勉強がしたくてさ。健さんと一緒に、あの資料作ってたとき、古い建物の記録を残す仕事、いいなって思って。……それで、東京の大学、受けたんだ」
蒼太は、照れくさそうに、鼻の頭をかいた。
「四月から、一人暮らし。……だから、月命日、今までみたいには来られなくなる」
――あたしの笑顔が、その場で、固まった。
「夏休みとか、正月とかには、帰ってくるけどさ。……ごめんな、姉ちゃん」
「……なんで謝るの。すごいじゃん」
あたしは、笑って言った。
聞こえないのはわかっていたけど、ちゃんと、笑って言った。
「すごいよ、蒼太。東京だよ。建築だよ。……かっこいいじゃん」
――かっこいい。本当に、そう思う。
でも。
三年間、毎月、欠かさず来てくれた弟が。
学校帰りに自転車で来て、いちごミルクを供えて、十分くらいぶつぶつ学校の話をして帰っていく弟が。
来月から、来なくなる。
「……じゃあ、また来る」
蒼太は、立ち上がって、ズボンの砂を払った。
「母さんたちには、これから言う。……姉ちゃんに、一番に言いたかったから」
自転車のブレーキの音が、遠ざかっていく。
あたしは、その背中が山門の向こうに消えるまで、ずっと、手を振っていた。
⭐︎盗品のプレゼント
「……おい」
背後から、ぶっきらぼうな声がした。
振り返ると、首を元に戻した鬼塚さんが、両手を後ろに回して立っていた。
「……さっきの、いちごミルクとプリン、返して」
「……ほらよ」
鬼塚さんは、背中に隠していたものを、ぐいっと差し出した。
いちごミルクとプリン。……と、ミルクキャラメル、黒糖まんじゅう、ポテトチップス、それから、どこかのお宅の立派なメロン。
全部まとめて、ピンクの包み紙で、ぐるぐるに包んである。てっぺんには、金色のリボンまで結んであった。
「……なにこれ」
「誕生日プレゼントだ」
「――え」
「二十歳なんだろ。……なんか、やらねえとと思ってよ。でも俺、金ねえし、幽霊だし。だから、墓場中から、いいもん集めてきた」
「……それ、全部盗品だよね」
「集めてきた」
「盗品だよね」
「……集めてきた」
「しかもこのピンクの包み紙、うちのお供えのお饅頭のやつじゃん! リボンも、麗華の家の羊羹のやつ!」
「細けえことはいいんだよ!」
「全然細かくないって!!」
――でも。
鬼塚さんは、そっぽを向いたまま、ぼそっと言った。
「……月命日に来る奴がいなくなる寂しさってのはよ。……俺は、四十八年、知ってっから」
――あ。
マサさんのことだ。四十八年間、来なかった、親友。
「……だから、まあ、その、なんだ。……今日くらい、いいもん食え」
鬼塚さんは、それだけ言うと、リーゼントを直しながら、自分の墓の方に戻っていった。
耳が、ちょっとだけ、赤かった。
「……鬼塚さん」
「なんだよ」
「……ありがと。……でも、メロンは酒井さんちに返してきてね」
「……ちっ」
――鉄板の朝は、いつもより、ちょっとだけ、甘い味がした。
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