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墓場ぐらしのサダコさん  作者: 則本潮


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「二十歳の春と、合格発表。」(前半)

⭐︎二十歳の朝

三月。墓地の梅が、ようやく満開になった。


あたしは、桜庭家之墓の縁側で、いつものように前髪と格闘していた。鏡には映らない。

だから、指先の感覚と、気合いと、根性で整える。幽霊になって四回目の春ともなれば、もうプロの域だ。


「――さだちゃん、おはよう」


トメばあちゃんが、お盆を持って縁側に出てきた。湯呑みが二つ。それから、小さなお饅頭が一つ。


「……え、これ、なに?」


「今日は、何の日だったかしら」


トメばあちゃんは、いつものにこにこ顔で首をかしげた。わざとらしい。ものすごく、わざとらしい。


――三月の、この日。


あたしの誕生日だ。生きていれば、二十歳になるはずだった、誕生日。


「……覚えててくれたんだ」


「忘れるわけないでしょう。……それに、今年は特別だものねえ」


そのとき、奥の部屋から、どすどすと足音が近づいてきた。


「――さだぁぁぁ!! めでたいのう!!」


源蔵じいちゃんが、一升瓶を抱えて飛び出してきた。瓶には、でかでかと『御神酒』の文字。

どう見ても、本堂の神棚――じゃなくて、どこかのお宅のお供え物だ。


「二十歳じゃ! 二十歳といえば、酒解禁じゃ! さあ、ひいじいちゃんと一杯やるぞ!」


「いや、あたし、見た目十六歳のままなんだけど」


「中身が二十歳なら問題なかろう!」


「中身も、たぶん十六歳のままなんだけど」


「細かいことはええんじゃ!」


源蔵じいちゃんが、湯呑みにどぼどぼとお酒を注ごうとした、その瞬間。


――カンッ。


乾いた音がして、源蔵じいちゃんの手から、一升瓶が消えた。


トメばあちゃんが、お玉じゃくし一本で、一升瓶を宙に弾き上げていた。

落ちてきた瓶を、片手で、ぱしっと受け止める。


「――源蔵さん。これは、どちらのお宅のものですか」


「……さ、酒井さんとこの……」


「返してきなさい」


「……はい」


墓場最強は、今日も、にこにこ顔のまま最強だった。


⭐︎本日の議題は、二本立て


「――それでは、臨時墓場総会を始めますわ!」


朝の九時。西園寺家之墓の前の広場に、いつものように五十人の霊が集まっていた。

議長席には、もちろん麗華。


麗華が日傘で示した先には、落ち葉――じゃなくて、今日は梅の花びらで作られた文字が並んでいた。


『貞子さん二十歳の誕生日会 兼 蒼太さん合格祈願大会』


「「「おおおおおおっ!!」」」


「……二本立てなんだ」


「ええ。本日は、蒼太さんの大学の合格発表の日でもございますの。午前十時に、発表ですって」


そう。今日は、あたしの誕生日で、蒼太の合格発表の日。


去年の冬、蒼太は模試の点数を犠牲にしてまで、この墓場のために走り回ってくれた。

『シンジテル』の五文字を見て、もう一回、頑張るって言ってくれた。


――だから、今日だけは、絶対に、笑ってほしい。


「合格祈願の準備は、整っておりますわね?」


「任せい!」


源蔵じいちゃんが、額に『必勝』の鉢巻きを締めて立ち上がった。

さっきトメばあちゃんに叱られたばかりなのに、もう立ち直っている。


「わしは、昨夜から墓石を磨いて、験を担いだ!」


「俺は、合格ソングを作ってきた」


雷太さんが、見えないギターを構えた。


「ハーモニックマイナーで、『サクラサク』だ」


「縁起いいのか悪いのか、わかんないスケールだね」


「わしは、待つのは得意じゃからのう。……十時まで、じっと待っとるよ」


清一さんが、にこにこと、西の端から手を振った。


――そして。


「――それから、皆様に、一つ、お願いがございますわ」


麗華が、日傘を、ぱたんと閉じた。

いつになく、真剣な顔だった。


「本日は、おめでたいことが二つも重なる日。……皆様、嬉しすぎて、成仏しかけるおそれがございますわ」


――ざわっ。


たしかに。ひいばあちゃんの紫陽花の朝は、墓場中が喜びすぎて、屋根の高さまで浮かび上がった。


「そこで、わたくし、本日一日、『エモい』を封印いたしますわ」


「……え?」


「わたくしが『エモい』と口にすると、なぜか皆様、つられて感極まってしまわれますでしょう。……ですから、本日は禁止。一度たりとも、申しませんわ」


麗華は、胸に手を当てて、きっぱりと言い切った。


「……麗華、それ、できるの?」


「できますわ。わたくし、九十七年の霊歴の持ち主ですのよ」


――五秒後。


「まあ、見てくださいまし、この梅の花びらの文字。朝露がきらきらして、本当に、エ――」


「「「言うなぁぁぁ!!」」」


「……っ、エ、エ……趣深い、ですわね」


麗華は、日傘で口元を隠して、ぷるぷると震えていた。


――前途多難だ。


⭐︎鉄板の朝


九時半。砂利道に、自転車のブレーキの音が響いた。


「――姉ちゃん、おはよ」


蒼太だ。高校の制服じゃなくて、パーカー姿。

この春、卒業したばかりの弟は、また少し背が伸びた気がする。


蒼太は、コンビニの袋から、いちごミルクの紙パックを取り出した。ちゃんと、ストローまで刺してある。それから、小さなプリンが一つ。

カップのふたに、油性ペンで『20』と書いてあった。


「……誕生日おめでと。二十歳だってさ。……姉ちゃんが二十歳って、なんか、想像つかねえけど」


――あたしも、想像つかないよ。


「で、今日、十時に発表なんだ。……ここで見ようと思って。一人で見るの、怖いし」


蒼太は、墓石の前にあぐらをかいて、スマホを握りしめた。指先が、ちょっと震えている。


――大丈夫。大丈夫だよ、蒼太。


あたしは、蒼太の隣にしゃがみ込んで、いちごミルクに手を伸ばした。


――ない。


いちごミルクが、ない。


プリンも、ない。


「……………………」


ゆっくりと、隣の鬼塚家之墓の方を見る。


リーゼントの先端が、墓石の裏から、ちらっとはみ出していた。


「――鬼塚さぁぁぁん!!」


「――げっ」


墓石の裏から、いちごミルクとプリンを両脇に抱えた鬼塚さんが、飛び出した。


「ちょっと! それ、蒼太が今、置いてったやつ!! 誕生日の!! 二十歳のプリンなんだけど!!」


「うるせえ! これには、深ぇ事情があんだよ!」


「盗むのに深い事情なんてあるわけないでしょ!!」


「――こらぁぁぁぁ鬼塚の小僧ぉぉぉ!!さだの誕生日のお供えを盗むとは、いい度胸じゃあぁぁ!!」


源蔵じいちゃんが、『必勝』の鉢巻きをなびかせながら、猛然と突っ込んでいった。


「ジジイは関係ねえだろ!」


「大ありじゃ! わしの曾孫じゃ!!」


――スポーン。


いつもの音がして、いつもの首が、三月の青空を飛んだ。


「――あら、本日の飛距離、梅の木を越えましたわね。お見事ですわ。エ――」


「「言うなって!!」」


「――すばらしい、ですわ」


首なしの鬼塚さんの体は、それでも、いちごミルクとプリンを、しっかりと抱えたまま、墓地の奥へと逃げていった。


「待てぇぇぇ!!」


源蔵じいちゃんと、あたしと、なぜか途中から加わった雷太さんと、首を拾いに走る麗華と。

墓地中を巻き込んだ、いつもの大捕物が始まった。


誰かの首が飛び、誰かの腕が入れ替わり、誰も死なない。


――その騒ぎの真ん中で、蒼太だけが、スマホの時計をじっと見つめていた。


九時五十九分。


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