番外編「ラブバラードは、続きの音。」(後半)
⭐︎恋愛博士、召喚される
「――というわけで、歌詞に、行き詰まってる」
数日後、雷太さんは、珍しく、西園寺家之墓の応接間を、自分から訪ねていた。
「……あら、雷太さんが、わたくしのところへ、自らいらっしゃるなんて」
麗華が、目を丸くした。
「……お前、恋愛経験だけは、墓場で一番豊富だろ。……力、貸してくれ」
「――恋愛経験、と言われますと、少々語弊がございますけれど……。まあ、恋の機微については、それなりに、自負がございますわ」
麗華は、水を得た魚のように、いきいきと立ち上がった。
「それで、歌詞の、どこに、お困りですの」
「……サビだ。……『届かなくても、想いは消えない』みたいなことを言いたいんだが、どうも、しっくりこねえ」
「――甘いですわ、雷太さん」
麗華は、日傘を、指揮棒のように振った。
「大事なのは、『届かなくても』ではございませんの。『届くと信じて』ですわ」
「……違いが、よくわからねえんだが」
「わたくしと蒼一郎さんの手紙は、九十年、届きませんでした。……でも、わたくしたちは、最後まで、届くと信じて、書き続けましたのよ。……その『信じる強さ』が、聴く人の心を打つのですわ」
雷太さんは、しばらく、その言葉を噛み締めるように、黙っていた。
「……いいこと言うじゃねえか」
「褒めても、何も出ませんわよ」
「――いや、出す。今度、いい歌詞ができたら、真っ先に聴かせてやる」
「まあ! それは、楽しみですわ!」
――こうして、雷太さんの、初めてのラブバラードの歌詞が、少しずつ、形になっていった。
再訪、ラブバラード鳴り響く
そして、三月。次の月命日。
美月さんと湊さんが、再び、山門をくぐってきた。
――今日も、二人の間には、まだ、少し距離があった。
「……お墓参り、今月も、来なくちゃいけないから、来ただけだから」
美月さんが、ぼそっと言う。
「……俺だって、同じだよ」
湊さんも、そっけなく答える。
まだ、仲直りできていないらしい。
――北の端で、雷太さんが、大きく、息を吸い込んだ。
「……よし。……いくぞ」
雷太さんの指が、見えないギターの弦に、そっと触れた。
――今日は、いつものハーモニックマイナーじゃない。
もっと、優しくて、温かい、丸みを帯びた和音が、静かに、墓地に広がっていった。
もちろん、生きている人には、聞こえない。
でも――
『――届かなくても、いや、届くと信じて。
くだらないことで、笑い合えた日々が
一番の、宝物だったと
気づくのは、いつも、後になってから』
雷太さんの声が、歌詞に乗って、墓地中に響いていく。
あたしと麗華は、その歌声に、思わず、聴き入っていた。
――風が、ふわりと、墓地に吹いた。
線香の煙が、揺れて、美月さんと湊さんの、それぞれの頬を、そっと撫でた。
「……あれ」
美月さんが、ふと、口を開いた。
「……ねえ、湊。……私、思ったんだけどさ」
「……なに」
「……らっきょうくらいで、こんなに長く、意地張るの、馬鹿らしくない……?」
湊さんは、しばらく、黙っていた。
それから、ふっと、小さく吹き出した。
「……たしかに。……俺も、母さんの味、押し付けすぎたと思う。……ごめん」
「……私も、三ヶ月前の話、根に持ちすぎてた。ごめん」
――二人が、同時に、笑い出した。
「……なんか、今、急に、馬鹿馬鹿しくなった」
「俺も。……なんであんなに、意地張ってたんだろうな」
⭐︎手を繋いで
「――らっきょう、次からは、別添えにしよう。食べたい人だけ、後から入れればいい」
湊さんが、そう提案すると、美月さんは、嬉しそうに頷いた。
「うん。……それでいい」
美月さんが、ふと、湊さんの手を見た。
湊さんも、美月さんの手を見た。
――どちらからともなく、二人の手が、そっと、重なった。
「……行こっか」
「うん」
手を繋いで、墓石の前を離れていく二人の後ろ姿を、あたしと麗華、そして雷太さんは、じっと見送った。
「……よかった」
あたしは、思わず、そう呟いた。
「――ええ。本当に」
麗華の目に、うっすらと、涙が浮かんでいた。
「……雷太さんの歌、ちゃんと、届きましたのね」
「……さあな」
雷太さんは、いつものように、素っ気なく答えた。でも、その口元は、少しだけ、緩んでいた。
⭐︎三人のトーク
美月さんたちが、山門の向こうに消えた後、あたしたち三人は、なんとなく、墓石に並んで腰かけた。
「――雷太さん、今日の歌、めちゃくちゃ良かったよ」
「……そうか」
「あんな優しい曲、作れるなんて、正直、意外だった」
「……俺だって、たまには、こういうのも、やる」
「――でも、一番驚いたのは、雷太さんが、麗華に、歌詞の相談したことだけどね」
「うるせえ」
麗華が、くすくすと笑った。
「わたくし、ちょっとだけ、誇らしい気持ちですわ。……わたくしの、届かなかった恋が、こうして、誰かの背中を押す力に、なったんですもの」
「――お前の恋がなかったら、あの歌詞は、生まれなかった。感謝してる」
雷太さんが、珍しく、素直に、そう言った。
「まあ! 雷太さんが、素直にお礼をおっしゃるなんて!」
「……調子に乗るな」
「あはは」
あたしは、二人のやり取りを聞きながら、なんだか、心があたたかくなるのを感じていた。
――九十年前の、叶わなかった恋。三十二年前の、届かなかった音楽。
この二つが、こうして、誰かの日常を、そっと支える力になった。
墓場って、本当に、不思議な場所だと思う。
⭐︎風の便り
それから、数ヶ月が経った、ある夏の日。
「――姉ちゃん、聞いてよ」
蒼太が、墓参りのついでに、興奮した様子で報告に来た。
「知り合いの、天野結衣さんって人、覚えてる? 哲也さんの孫の」
――結衣。
北の端で、雷太さんの体が、ぴくりと反応した。
「その人、メジャーデビューしたんだって。……しかも、そのデビュー曲が、すごい話題になってて」
蒼太は、スマホの画面を、墓石に向けた。もちろん、幽霊たちには見えないけれど。
「曲名、『届くと信じて』。……なんか、聴いたら、すごく優しい曲で……」
――届くと信じて。
あたしと麗華は、同時に、雷太さんの方を見た。
雷太さんは、しばらく、言葉を失っていた。
⭐︎曲が降りてきた日
その日の夜、あたしたちは、蒼太が置いていったスマホの充電器の画面越しに、たまたま流れていたテレビの音声を、こっそり聞くことができた。
音楽番組のインタビューコーナーに、結衣が出演していた。
「――天野さん、デビュー曲『届くと信じて』、大きな話題になっていますが、この曲は、どのようにして生まれたんですか」
インタビュアーの質問に、結衣は、少し照れくさそうに、答えていた。
「……実は、はっきりとは、覚えてないんです」
結衣は、ギターを、そっと抱きしめながら、続けた。
「よく、おじいちゃんの知り合いのお寺の、墓地で、練習してたんですけど……。そこで、なんとなく、ギターを弾いてたら、メロディが、自然に、降りてきたっていうか。……歌詞も、気づいたら、頭の中に浮かんでて」
結衣は、少し不思議そうに、微笑んだ。
「……こういうこと言うと、ちょっと変に聞こえるかもしれないんですけど……。誰かに、教えてもらったみたいな感覚、だったんです。……その誰かが、誰なのかは、わからないんですけど」
――北の端。
雷太さんは、長い前髪の奥で、じっと、その画面を見つめていた。
「……ばーか」
雷太さんは、小さく、つぶやいた。
「……ちゃんと、伝わってたんじゃねえか」
その声は、震えていた。
泣いているのか、笑っているのか、あたしたちには、よくわからなかった。
「……雷太さん」
あたしが、そっと、声をかけると、雷太さんは、いつもの調子を取り戻すように、咳払いをした。
「……なんでもねえよ。……ただ」
雷太さんは、見えないギターを、そっと構えた。
「――続きは、また今度って、言ったよな、俺」
「……うん、言ってた」
「……あれ、今、ちゃんと、続いてるみたいだな」
雷太さんは、そう言って、静かに、ギターを、爪弾き始めた。
音は、もちろん、誰にも聞こえない。
でも、テレビの向こうで、結衣が歌っている『届くと信じて』のメロディと、その音は、不思議なくらい、ぴったりと重なっていた。
――届いたよ、雷太さん。
あたしは、心の中で、そう呟いた。
墓場は今日も、成仏しない。
そして、届かないはずの想いは、時々、ちゃんと、誰かのもとへ、届いている。
(番外編 完)
最後までお読みいただきありがとうございました。
私の目が限界を迎えようとしている。眠い。
よろしければ、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。




