番外編「ラブバラードは、続きの音。」(前半)
⭐︎いつもと違う、月命日
二月。
まだ寒さの残る、よく晴れた昼下がりだった。
「――美月さんと、湊さんですわ」
麗華が、日傘の下で、うきうきと山門の方を見ていた。
月に一度の、美月夫妻の墓参りの日だ。
麗華にとっては、この日が、いつも一番の楽しみらしい。
「今日も、仲良く手を繋いで――」
――麗華の声が、途中で、止まった。
砂利道を歩いてくる二人は、たしかに、美月さんと湊さんだった。
でも、いつもみたいに、手は繋がれていなかった。二人とも、うつむき加減で、間隔も、心なしか、いつもより広い。
「……あら?」
麗華が、日傘を、こてん、と傾けた。
「……美月さん、今日は、ずいぶん、静かですわね」
美月さんは、墓石の前に来ても、いつものような明るい挨拶をしなかった。
黙って手桶の水をかけ、黙って花を生けて、黙って手を合わせる。
湊さんも、少し離れたところで、同じように黙って手を合わせている。
二人の間に、会話は、一言もなかった。
「……なんか、雰囲気、重くない?」
あたしは、麗華の袖を、そっと引いた。
「……ええ。……これは、由々しき事態ですわ」
麗華の目が、すっと、細くなった。
「――探偵の出番、ですわね」
「またそれ? 前回、大惨事になったよね、乙女ごころの回」
「今回は、必ず、成功させて見せますわ」
⭐︎探偵、再び
「――麗華、静かに」
「静かにしておりますわ」
「今、思いっきり日傘の柄がガタガタ鳴ってたけど」
「気のせいですわ」
あたしたちは、美月さんたちの少し後ろに、こっそりついて歩いていた。
もちろん、聞こえないし、見えない。
でも、生きている人の会話の奥にある本当の気持ちなら、あたしたちには、感じ取れる。
「……ねえ湊」
美月さんが、ぽつりと、口を開いた。
「……あの件、まだ怒ってるの」
「……怒ってないよ」
湊さんが、答える。
でも、その声には、明らかに、まだ何かが燻っていた。
「――怒ってるじゃん、その言い方」
「怒ってないって言ってるだろ」
「……はいはい」
――険悪な空気が、二人の間に漂う。
「……何を、そんなに揉めてらっしゃるのかしら」
麗華が、真剣な顔で、あたしを見た。
「……不倫とか、そういう、深刻なことじゃないといいけど」
「不吉なことをおっしゃらないでくださいまし!わたくしの美月さんに限って、そのようなこと……!」
「わかんないじゃん、麗華の贔屓目かもしれないし」
二人で、こそこそと言い合いながら、墓地の隅、鬼塚家之墓の近くまで移動していた。
ちょうど、そこにいた鬼塚さんと源蔵じいちゃんも、様子がおかしいことに気づいて、こっそり合流してきた。
「――なんじゃ、なんじゃ。西園寺のお嬢の子孫が、喧嘩しとるんか」
「みたいなんだよね。……原因、わかんないけど」
「わしが仲裁してやろうか」
「ひいじいちゃんが出ても、生きてる人には聞こえないから、意味ないよ」
「言われてみればそうじゃった」
生きている人には、あたしたちの声は届かない。
何度も思い知ったはずのその理屈を、源蔵じいちゃんは、いつも一瞬忘れる。
――そのとき、湊さんが、ついに、少し声を荒げた。
「……だから、俺は、悪くないって言ってるだろ! あれは、お前が――」
⭐︎原因判明、盛大にずっこける
「――あの日、私が作ったカレーに、勝手にらっきょう入れたの、湊でしょ!!」
「……らっきょう?」
あたし、麗華、源蔵じいちゃん、鬼塚さん――四人分の声が、同時に、間の抜けたものになった。
「あれは、母さんの家では、カレーに入れるのが普通だったんだよ!美味しいだろ!」
「私は、らっきょうの匂いが、カレーに移るの、大嫌いなの! 最初に言ったよね!?」
「言われた記憶ない!」
「言ったもん! 三ヶ月前に!」
「三ヶ月前とか覚えてるわけないだろ!」
「――ちょ、ちょっと待ってくださいまし」
麗華が、思わず、口を挟んだ。
もちろん、湊さんたちには聞こえない。完全に、独り言だった。
「……らっきょう、ですの……?喧嘩の原因が……らっきょう……?」
「……らっきょうかぁ……」
あたしは、思わず、その場に、へなへなと座り込んだ。
「わし、てっきり、もっと深刻な話かと思うたわい……」
源蔵じいちゃんが、脱力しきった声で言った。
「――だっはっはっは! らっきょうだってよ! 最高だなおい!」
鬼塚さんは、その場に転がって、腹を抱えて笑い出した。
「な、なんて馬鹿馬鹿しい……いえ、微笑ましい話なんですの……!」
麗華も、笑いをこらえきれず、日傘で顔を隠しながら、肩を震わせている。
「――でもさ、それで、こんな何日も気まずくなるって、よっぽど二人とも意地張ってるんだね」
「……ええ、まったく」
麗華は、そう言いながらも、その目には、なぜか、少し切なそうな色が、滲んでいた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
生みの苦しみが理解できてきました。最近毎日が眠気との戦いだ。
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