「〇〇家之墓、これからも賑やかです。」(後半①)
⭐︎大晦日、鐘つきの準備
そして、あっという間に、大晦日がやってきた。
本堂の前には、大きな釣鐘が、静かに、夜の訪れを待っている。
「――今年も、除夜の鐘、百八つですね」
慈念さんが、円海さんの隣で、鐘楼を見上げていた。
「うむ。……お前の読経も、この一年で、ずいぶん、馴染んできたのう」
円海さんが、優しく言った。
「基本の型も、板についてきた。……その上に乗る、お前自身の節も、ちゃんと、消えとらん」
「……まだまだ、下手ですけど」
「――下手で、いいんじゃ。……型と心の両方が、ちゃんと、同居しとる。それが、一番、難しいことじゃ」
円海さんは、そう言って、夜空を見上げた。
⭐︎みんなの、願い事
その夕方、あたしは、あることを思いついて、墓場総会を招集した。
「――今夜、除夜の鐘が鳴るでしょ。……それに合わせて、みんなで、来年への願い事を、落ち葉に書いて、鐘の音と一緒に、空に放そうよ」
麗華が、目を輝かせた。
「まあ、素敵ですわ! まるで、七夕のようですわね」
「季節は逆だけどね」
源蔵じいちゃんは、真っ先に、一枚の枯れ葉を用意した。
「――わしの願いは、決まっとる。『来年も、婆さんの味噌汁が飲めますように』じゃ」
「……当たり前のことをお願いしないでよ、ひいじいちゃん」
「当たり前のことが、一番、尊いんじゃ」
――たしかに、そうかもしれない。
鬼塚さんは、少し照れくさそうに、こう書いた。
『マサが、また来年も来てくれますように』
麗華は、日傘を抱えながら、こう書いた。
『美月さんと湊さんの、末長い幸せを』
雷太さんは、見えないギターを鳴らしながら、一言。
『結衣が、また、あのギターを弾きに来ますように』
そして、清一さんは、少し考えてから、こう書いた。
『息子との思い出の場所が、これからも、ここにありますように』
あたしは、その全員の願いを見て、なんだか、胸がいっぱいになった。
――そして、あたしも、一枚の枯れ葉に、こう書いた。
『みんなが、これからも、ずっと、賑やかでいられますように』
⭐︎百八つの鐘、百八つの記憶
――ごぉぉん。
夜十一時半、一つ目の鐘が、鳴った。
その音を合図に、墓地に、不思議な静けさが広がった。
「……一つ目」
慈念さんが、鐘を撞くたびに、一つ、また一つと、数えていく。
その鐘の音に合わせて、あたしの頭の中には、この一年の出来事が、次々と、蘇ってきた。
――一つ目の鐘。
秋のお彼岸、ママが墓前で涙を流し、パパが、あたしの名前の意味を教えてくれた、あの日。
――二つ目の鐘。
鬼塚さんとマサさんが、四十八年ぶりに、想いを通わせた、あの命日。
――三つ目の鐘。
麗華が、九十年越しの恋の真相を知り、金木犀の下で泣き笑いした、あの夜。
――四つ目の鐘。
慈念さんの声が、初めて、属七の和音に乗って、墓地中をゾクゾクさせた、あの合同法要。
――五つ目の鐘。
十日間かけて、清一さんの本当の名前を、落ち葉で綴った、あの冬の朝。
――六つ目の鐘。
伽椰子が、七年越しに、あたしの本当の名前を呼んでくれた、あの誕生日。
――七つ目の鐘。
赤峰保さんの少年時代を通して、おはぎの、誰にも語られない優しさを知った、あの日。
――八つ目の鐘。
トメばあちゃんの、七十年変わらない乙女心が、墓地中を光で包んだ、あの朝。
――九つ目の鐘。
雷太さんが、三十二年越しのテープを聞いて、それでも、成仏を選ばなかった、あの夜。
――十個目の鐘。
慈念さんが、型と心の狭間で、大恩寺さんの厳しい目にさらされながら、それでも、自分の節を守り抜いた、あの法要。
――そして、十一個目の鐘。
墓場全員が、山門の外の縁を頼りに、この場所を守るために、力を尽くした、あの二ヶ月。
――一つ一つの記憶が、鐘の音に合わせて、あたしの胸の中を、通り過ぎていく。
「……百七つ」
慈念さんの声が、夜の静寂に、静かに響いた。
⭐︎最後の一撞き
「――さあ、最後の、百八つ目じゃ」
円海さんが、鐘の綱に、そっと手をかけた。
そのとき、あたしは、ふと、思いついて、みんなに呼びかけた。
「――ねえ、みんな。……最後の一つだけ、一緒に、撞かない?」
「……一緒に?」
「うん。……円海さんの手に、みんなの見えない手を、重ねるの。……あたしたち全員の想いを込めて、最後の鐘を鳴らそう」
――しん、と、一瞬、静まった。
それから、一人、また一人と、鐘の綱の周りに、見えない手が、重なっていった。
源蔵じいちゃんの、大工の、力強い手。
鬼塚さんの、リーゼントを整えるのと同じ、丁寧な手。
麗華の、日傘を握る、しなやかな手。
雷太さんの、ギターを弾く、繊細な手。
清一さんの、樽を持ち上げてきた、優しい手。
トメばあちゃんの、味噌汁をよそう、温かい手。
そして、あたしの手も、その輪の中に、そっと、加わった。
「――いくよ。……せーの」
円海さんが、綱を引いた。
その手に重なった、五十一人分の、見えない力。
――ゴォォォォォォォォン……。
その音は、いつもの鐘の音より、ほんの少しだけ、長く、深く、夜空に響き渡った。
「……あ……」
円海さんが、目を見開いた。
「……今の……」
慈念さんも、鐘を見つめたまま、動けなくなっていた。
その場に居合わせた、蒼太も、伽椰子も、健さんも、権藤さんも――全員が、一瞬、はっとしたように、鐘の方を見た。
「……なんか、今の音、いつもより……」
蒼太が、ぽつりと、つぶやいた。
「……にぎやかだった、気がする」
――届いた。
ほんの一瞬だけ。
あたしたち、五十一人分の想いが、重なった音として、生きている人たちの耳にも、確かに、届いたんだと思う。
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