「〇〇家之墓、これからも賑やかです。」(前半②)
⭐︎十日間より、うんと少ない夜
その夜、貞子は、桜庭家之墓の前で、一人、地面を見つめていた。
――落ち葉は、もう少ない。師走の墓地には、乾いた枯れ葉が、あちこちに散らばっているだけだ。
でも、それで、十分だった。
「……さだちゃん」
トメばあちゃんが、縁側から、静かに声をかけてきた。
「……また、あれをする気なのねえ」
「……うん」
貞子は、頷いた。
「蒼太が、頑張るのやめようとしてる。……そんなの、見過ごせない」
「……前のときは、十日かかったのよ。……体が、透けて、消えかけたのよ。……覚えているでしょう」
「覚えてる」
貞子は、まっすぐ、トメばあちゃんを見た。
「でも、あのときより、あたしは、ずっと練習したじゃん。落ち葉の動かし方も、力の抜き方も、雷太さんに教わったし。……それに、今日は、そんなに長い言葉じゃなくていい」
トメばあちゃんは、しばらく、貞子の顔を見ていた。
それから、いつもの、少しだけ寂しそうな、でも、誇らしそうな笑顔で、頷いた。
「……無理は、なさらないでね」
「うん」
「……でも、止めても、聞かないんでしょうね、この子は」
「……知ってて聞いてるくせに」
貞子は、少しだけ笑った。
――そして、深く、息を吸った。
一枚目の枯れ葉に、そっと、手を伸ばす。
⭐︎しんじてる
『シンジテル』
五文字。カタカナで、五文字。
シで三枚、ンで二枚、ジで三枚と濁点に二枚、テで三枚、ルで二枚。合計十五枚。
『カタギリ』の十三枚より、二枚多い。
『ダイジョウブ』のときは、墓場中のみんなが一枚ずつ手を貸してくれたから、十分で書けた。
でも、今度は、たった一人。
一人でやるには、それなりの時間がかかった。
一枚目の『シ』。
指先が、枯れ葉をかすめて、なかなか動かせない。集中して、集中して、ようやく、一センチ。
――ずるっ。
二枚目、三枚目。
手のひらが、少しずつ、透けていく。
「……あと少し……」
風が吹くたびに、せっかく並べた葉が乱れる。何度もやり直した。
麗華のように風向きを読む才能はないから、体で風を防ぐしかない。
何度も、葉の上に覆いかぶさるようにして、風を遮った。
――一時間、二時間。
夜が更けていく。
手のひらの向こうに、地面の小石が、はっきりと透けて見えていた。
「……さだちゃん」
いつの間にか、源蔵じいちゃんと鬼塚さんが、無言で、あたしの周りに立っていた。
何も言わずに、落ち葉が風で飛ばされないように、体で壁を作ってくれている。
麗華も、日傘を閉じて、じっと、風を読んでいた。
「――今夜は、南風ですわ。……あと少し、耐えてくださいまし」
雷太さんの声も、聞こえた。
「……手首の力、抜けよ。……お前は、もう、十分うまくなってる」
みんなが、何も言わずに、そばにいてくれた。
――そして、明け方近く。
『シンジテル』
五文字の、少しよろけた文字が、蒼太の来る場所――桜庭家之墓の前、いつも彼が座る位置に、小石で押さえられて、並んでいた。
貞子は、その場に、崩れるように座り込んだ。
「……できた……」
体は、朝の光に、ほとんど透けきっていた。
それでも、口元は、笑っていた。
⭐︎届いた、五文字
その日の午後、蒼太は、いつもより早い時間に、自転車でやってきた。
「……姉ちゃん、俺、もう、資料出すのやめようかと――」
蒼太は、そこで、言葉を止めた。
墓石の前の地面に、並んだ落ち葉の文字を、見つけたからだ。
『シンジテル』
「……………………」
蒼太は、しばらく、その文字を見つめていた。
「……この字……」
蒼太の指が、文字の一つを、そっと辿った。
「……『ジ』の濁点……斜めだ」
蒼太の声が、震えていた。
「……姉ちゃんが、これ、書いたのかよ……」
――貞子は、透けた体のまま、蒼太のすぐそばに立っていた。
うん。書いたよ。信じてる。
あんたが頑張ってきたこと、意味がないなんて、絶対、違うから。
蒼太は、しばらく、地面にしゃがみ込んだまま、動かなかった。
それから、目元を、乱暴に、腕でこすった。
「……あーあ、参ったな」
蒼太は、鼻をすすりながら、立ち上がった。
「……こんなん見せられたら、やめらんねえじゃん」
蒼太は、鞄から、まだ完成していないノートを取り出した。
「……もう少し、頑張ってみるわ。……姉ちゃんが、信じてくれてるなら」
貞子は、透けた手で、弟の頭を、そっと撫でようとした。
手は、いつものように、すり抜けた。
――それでも、蒼太は、なぜか、ふっと、微笑んだ気がした。
最後までお読みいただきありがとうございました。
よろしければ、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。




