「〇〇家之墓、これからも賑やかです。」(前半①)
⭐︎結果を待つ、十二月
十二月。息を吐くと、幽霊なのに、白くなる気がする。気のせいだと思う。
でも、気のせいでいいから、そう見えていてほしかった。
「――こらぁぁぁ……鬼塚の……」
「……小僧ぉ……」
源蔵じいちゃんと鬼塚さんは、いつもの朝の掛け合いを始めかけて、二人とも、途中で声が小さくなった。
「……なんか、喧嘩する気になれんのう」
「……だな。……気合い入らねえ」
二人は、それだけ言うと、並んで縁側に座り込んでしまった。
喧嘩の意欲を失った二人が並んでいる光景は、それはそれで、なんだか、ものすごく落ち着かない。
墓石の上では、おはぎだけが、いつも通り、心の底からどうでもよさそうな顔で、丸くなっていた。
――世界がどうなろうと、おはぎは、おはぎのままだ。
それが、今のあたしには、少しだけ救いだった。
「……貞子さん」
麗華が、日傘も差さずに、あたしの隣に座った。
今日は珍しく、恋バナの気配も、探偵ごっこの気配もない。
「……市議会の結果、今日、出るんですのよね」
「……うん」
あたしは、頷いた。第十一話から、もう二ヶ月近くが経っていた。
師走に入って、あの日提出された意見書や資料が、ようやく、審議のテーブルに載ったらしい。
「――清一さんは?」
「……朝から、あそこ」
あたしが指さした先、西の端の空き地には、いつものように、清一さんの小さな背中があった。
今日は、山門の方を見るのではなく、じっと、足元――守られるかもしれない、この土を、見つめていた。
⭐︎二ヶ月の、それぞれの頑張り
この二ヶ月、山門の外では、いろんなことが起きていた。
蒼太は、健さんと一緒に、寺の由緒書きと、無縁仏に関する古い記録を、何度も何度も市役所に足を運んで説明した。
担当者に「素人の資料では、判断材料として弱い」と言われて突き返されたことも、一度や二度ではなかったらしい。
伽椰子は、大学のサークルで知り合った歴史学の教授に相談し、教授自ら、寺の価値についての意見書を書いてくれることになった。
結衣は、住民説明会で、震える声で、こう発言したという。
「――この場所には、私のおじいちゃんの、大事な人が眠っています。……安全のためだからって、そういう場所を、簡単に動かしていいものなんでしょうか」
美月と湊が発信したSNSの投稿は、思った以上に多くの人の目に留まり、地域の歴史に関心のある人たちから、次々とコメントが寄せられた。
権藤さんの意見書は、檀家総代としての、簡潔で、でも、揺るぎない一文で締めくくられていたそうだ。
――「ここに眠る者にも、ここを守りたいと願う生者にも、それぞれの理由がございます。
行政の都合だけで、その理由を軽んじることのないよう、切にお願い申し上げます」
貞子たちは、その全部を、生きている人たちから漏れ聞く言葉の端々や、清一さんが夕暮れに眺めている先の様子から、少しずつ、知ることができた。
――でも、その中で、一番、貞子の心を締め付けたのは。
蒼太のことだった。
⭐︎蒼太の限界
十二月に入ってすぐ、蒼太は、月命日にもかかわらず、いつもよりずっと遅い時間に、疲れきった顔でやってきた。
「……姉ちゃん」
蒼太は、墓石の前に座り込んで、鞄からノートを取り出した。
中身は、市への追加提出資料――担当者から急に「もう少し詳しい記録が欲しい」と言われて、大急ぎでまとめている途中のものだった。
「……受験も、あるんだよな、これ」
蒼太は、ノートのページをめくりながら、独り言のようにつぶやいた。
「模試の結果、この前、あんまり良くなかった。……先生にも、心配された。……なのに、俺、何やってんだろうな。姉ちゃんの寺のことに首突っ込んで、時間食って」
――貞子は、思わず、墓石の陰から身を乗り出した。
「……蒼太……」
「……こんなの、俺がやったって、意味あるのかな。……プロの学者さんとか、権藤さんみたいな、ちゃんとした人が動いてるんだから、俺の資料なんて、なくても、結果は変わらないんじゃないかな」
蒼太は、ノートを閉じて、鞄にしまった。
「……もう、いいかな。……これ以上は」
蒼太の声には、これまで聞いたことのない、諦めの色が滲んでいた。
――違う。
貞子は、その場に立ち尽くしたまま、拳を握った。
蒼太は、これまで、誰にも言わずに、たった一人で、健さんと二人で、何度も市役所に足を運んで、何時間もかけて資料を作って、模試の点数を犠牲にしてまで、この墓場のために、動いてくれていた。
その頑張りを、蒼太自身が、「意味がない」と、諦めようとしている。
――そんなの、絶対に、違う。
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