「山門の向こうから、来た知らせ。」(後半)
⭐︎蒼太、動く
数日後。
「――姉ちゃんとこの寺の話、なんだけど」
蒼太は、健さんから聞いた話を、コンビニのいちごミルクを供えながら、報告していた。
もう高校三年生になった蒼太は、すっかり背が伸びて、声も低くなっている。
「……無縁仏のところと、山門の前が、道路の拡張にかかるらしいって。健さんから聞いた」
――貞子は、墓石の陰で、その報告を、じっと聞いていた。届いた。ちゃんと届いた。
「……で、俺、考えたんだけどさ」
蒼太は、鞄から、ノートを取り出した。
「この寺、明治より前からあるんだろ。無縁仏だって、そういう歴史があるわけじゃん。……健さんが、『歴史的価値をまとめた資料があれば、行政側も無視できないかもしれない』って言っててさ」
蒼太のノートには、ぎっしりと、調べたことが書き込まれていた。
過去帳の記録、寺の由緒、無縁仏に眠る人々の記録。
「……姉ちゃんは、意見なんて言えないだろうけどさ。……俺、姉ちゃんの家がなくなるの、絶対嫌だから」
――蒼太。
貞子は、すり抜ける手で、弟の頭を、そっと撫でた。
蒼太は、それに気づかず、ノートを鞄にしまって、立ち上がった。
「……じゃあな、姉ちゃん。……今度、健さんと一緒に、市役所に資料、持っていく」
⭐︎それぞれの、動き出し
それから一週間、山門の外で、静かに、いくつもの動きが始まった。
蒼太と健は、寺の歴史資料をまとめ、市の担当課に提出した。
伽椰子は、大学のサークル活動で知り合った、地域の歴史を研究している教授に、この寺のことを相談した。
結衣は、祖父の哲也に付き添われて、住民説明会に参加し、発言の機会を求めた。
美月と湊は、SNSで、寺の由緒と、無縁仏の歴史について、丁寧な文章を発信した。
そして、権藤さんは、檀家総代として、正式な意見書を、市に提出した。
――一つ一つは、小さな動きだった。決定的な力を持つものは、何もなかった。
でも、それぞれの人が、それぞれの場所で、少しずつ、動き始めていた。
⭐︎静かな夜
その夜。
あたしは、いつものように、清一さんの隣に立った。
「――清一さん」
「……おう。……貞子ちゃんか」
清一さんは、いつもの声で、答えた。
でも、その目は、まだ、少しだけ、寂しそうだった。
「みんな、頑張ってるよ。蒼太も、伽椰子も、結衣ちゃんも、権藤さんも」
「……知っとる。……見とったからのう」
清一さんは、山門の方を、じっと見つめた。
「……ありがたいことじゃ。……わしのために、これだけの人が、動いてくれるとは」
「清一さんのためだけじゃないよ。……みんなの、家のためだもん」
清一さんは、少しだけ、笑った。
「……そうじゃな。……じゃが」
清一さんの声が、少し、震えた。
「……どれだけ、生きとる人らが頑張ってくれても、結果がどうなるかは、わしらには、どうにもできんのじゃ」
その言葉が、夜風に溶けて、静かに、消えていった。
⭐︎あとは、生きてる人たちの番
「……清一さん」
あたしは、清一さんの隣に、並んで立った。
「あたしたちが、できることは、もう、全部やったよね」
「……ああ」
「だったら、あとは、信じて待つしかないよね」
清一さんは、しばらく黙っていた。
それから、ゆっくりと、頷いた。
「……そうじゃな」
清一さんは、山門の向こうの、夜の闇を、見つめた。
「……勇を待っとったときも、そうじゃった。……わしにできることは、待つことだけじゃった。……じゃが、あのときとは、違う」
「……何が?」
清一さんは、少しだけ、口元をほころばせた。
「……あのときは、わし一人で、待っとった。……今度は、蒼太ちゃんも、健ちゃんも、伽椰子ちゃんも、結衣ちゃんも、権藤さんも……。みんなが、動いてくれとる」
清一さんの声が、少しだけ、明るくなった。
「……一人で待つのと、みんなで待つのとでは、同じ『待つ』でも、まるで違うもんじゃな」
「……うん」
あたしは、頷いた。
「――あとは、生きてる人たちの番じゃ」
清一さんは、そう言って、静かに、山門の方を、見つめ続けた。
その横顔は、いつもの、寂しい待ち人の顔ではなく――何かを、信じて待つ人の、穏やかな顔をしていた。
墓地の上を、秋の風が、静かに通り過ぎていく。
金木犀の香りが、夜の墓地に、いつまでも、漂っていた。
墓場は今日も、成仏しない。
――そして、結果は、まだ、誰も知らない。
(第十一話 完)
最後までお読みいただきありがとうございました。
今回の話は次へのブリッジになればいいなと思ってます。
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