「山門の向こうから、来た知らせ。」(中盤①)
⭐︎墓場防衛作戦本部
「――第五回墓場総会を、始めます」
翌日。西園寺家之墓の前。
いつもの落ち葉のホワイトボードに、今日は、こう書かれていた。
『墓場防衛作戦、開始』
議長席の麗華の顔は、いつもより、ずっと引き締まっていた。
「……皆様、既にお聞き及びかと思いますが」
麗華の声が、静かに、広場に響いた。
「わたくしたちの、この墓場の一部が、なくなるかもしれない、という話が持ち上がっております」
――しん、と、五十人の霊が、静まり返った。
いつもなら、この時点で、誰かが茶々を入れる。
源蔵じいちゃんが吠える。鬼塚さんがふざける。
今日は、誰も、何も言わなかった。
「……わしらは、山門の外に出られん。……訴えることも、市役所に文句を言うこともできん」
源蔵じいちゃんが、低い声で言った。
「……できることといえば……」
⭐︎歯がゆさ
「――待って」
あたしは、立ち上がった。
「あたしたち、これまでも、ちゃんと伝えてきたじゃん」
みんなの視線が、あたしに集まった。
「清一さんの名前、落ち葉で書いて、蒼太に届けた。麗華の想い、線香の煙で、湊さんたちに届いた。あたしの名前も、伽椰子に、ちゃんと届いた」
――一つ一つの記憶が、頭の中を、駆け巡る。
「あたしたちには、生きてる人には見えないし、触れないし、山門の外にも出られない。
……でも、伝える方法は、ちゃんとあったじゃん。
今までだって、諦めなかったから、届いたんだよ」
麗華が、目を見開いた。
「……貞子さん」
「今度は、あたし一人の話じゃない。……墓場、全部の話。……だから、あたしたちが今まで築いてきた、生きてる人との縁を、全部使おう」
――しばらくの沈黙のあと、雷太さんが、口を開いた。
「……結衣が、いる」
続いて、麗華。
「……美月さんと、湊さんが」
鬼塚さんが、ぶっきらぼうに。
「……マサの倅、武志の家族もいるな」
源蔵じいちゃんが、目を潤ませながら。
「……蒼太じゃ。あの子なら、絶対に、力になってくれる」
――一人、また一人と、名前が挙がっていく。
「――皆様」
麗華が、日傘を、高く掲げた。
「これより、墓場防衛作戦、第二段階に移行いたしますわ! これまでの縁を、すべて使い、生きてる方々に、この墓場の危機を、お伝えするのです!」
「「「おおおおおおおおっ!!!」」」
久しぶりに、五十人の声が、揃った。
⭐︎連携作戦、開幕
作戦は、こう分担された。
麗華は、月命日に来る美月・湊夫妻へ、線香の揺れと、日傘の位置をずらすサインで。
鬼塚さんは、命日に必ず来ると約束したマサさんの息子・武志さんの家族へ、供え物の並び替えで。
雷太さんは、時々ギターを借りに来る結衣へ、見えないギターの弦を、ほんの少しだけ震わせることで。
そして、あたしは、もちろん――蒼太。
「――でもさ、蒼太に、どうやって『墓場が危ない』なんて伝えるの? 落ち葉で『ハカバ アブナイ』って書く?」
「……直接的すぎて、逆に伝わらなそうですわね」
「じゃあ、どうすれば……」
「――貞子さん、貞子さん」
麗華が、あたしの袖を引いた。
「わたくし、閃きましたわ。……蒼太さんは、確か、田村さんのところの、健さんと、面識がございますわよね」
「え、あるの?」
「ええ。……第五話の、清一さんのお名前探しの件で、円海さんと一緒に、過去帳を調べておりましたでしょう。健さんとも、その頃、少し交流があったはずですわ」
「……麗華、今、またメタな発言したでしょ。……でも、そっか。建築とか歴史とか、蒼太も興味ありそうって、その節、話してたかも」
「こ、細かいことは、お気になさらず。……でしたら、健さんを通じて、蒼太さんに働きかけるのが、一番自然ですわ」
「――さすが麗華、探偵!」
「今回ばかりは、成功させて見せますわ」
⭐︎権藤さんの背中
同じ頃。
慈念さんは、権藤さんの家を、一人で訪ねていた。
「……お経を読みに来たわけじゃないんです」
慈念さんは、玄関先で、深く頭を下げた。
「権藤さん、あの土地のこと、本当に、仕方ないと思っていらっしゃいますか」
権藤さんは、しばらく、慈念さんの顔を見ていた。
「……小僧、お前、随分、変わったな」
「……え?」
「一年前の合同法要のときだ。……お前のあの読経を聞いて、わしは思ったんじゃ。……型が下手でも、心があれば、人は動くんじゃとな」
権藤さんは、杖をつきながら、庭先の縁側に腰を下ろした。
「……わしの婆さんは、あの墓地に眠っとる。……無縁仏には、わしの遠い親戚も、何人か入っとるはずじゃ」
「……権藤さん」
「……行政の言うことは、正しいんじゃろう。……安全のためじゃ、仕方ない、とな。……じゃがな、慈念」
権藤さんは、慈念さんの顔を、まっすぐ見た。
「……正しいことと、大事なものを守ることは、両立できんわけじゃなかろう」
慈念さんの目に、光るものが浮かんだ。
「……わしも、意見書を出す。檀家総代としてじゃない。……あそこに、婆さんが眠っとる、一人の人間としてな」
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