↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
墓場ぐらしのサダコさん  作者: 則本潮


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
28/112

「山門の向こうから、来た知らせ。」(前半)

⭐︎白い杭


十月。金木犀が、また香り始めていた。


「こらぁぁぁ鬼塚の小僧ぉぉぉ!! わしの栗をどこやったぁ!!」


「今年はまだ何も盗んでねえよ! いい加減、証拠もなしに疑うな!」


スポーン。


――いつもの朝。いつもの音。あたしと麗華は、いつものように墓石に腰かけて、それを眺めていた。


「……もう一年経つんですのね。この季節が来ると、しみじみいたしますわ」


「金木犀の季節だもんね。麗華の恋バナのシーズンだ」


「あら、毎年語るつもりはございませんわよ。……でも、まあ、少しくらいなら」


――のんびりとした会話の途中、あたしは、ふと、西の端に目をやった。


「……あれ、何?」


見慣れない、白い杭が、地面に何本か打たれていた。杭には、赤い布切れが結ばれて、風にひらひらと揺れている。


「……知りませんわ。前は、なかったはずですけれど」


清一さんが、真っ先に、その杭に近づいていた。

しゃがみ込んで、じっと、その杭を見つめている。


「……清一さん?」


「……測量、じゃな」


清一さんの声が、いつもより、低かった。


「……昔、片桐醤油の蔵を壊すときにも、こういう杭が、打たれとった」


――その一言で、あたしの背中に、冷たいものが走った。


⭐︎説明会


その日の午後、円海さんと慈念さん、そして檀家総代の権藤さんが、市の公民館で開かれた説明会に出かけていった。

夕方、帰ってきた円海さんの顔は、いつもより、ずいぶん疲れていた。


「……円海さん、どうだったんですか」


慈念さんが、心配そうに尋ねる。


「……防災まちづくり計画、とやらでな」


円海さんは、力なく縁側に腰を下ろした。


「……近年の豪雨で、避難場所が足りんそうじゃ。……寺の西側の道を広げて、避難広場を作る計画があるとかで」


「……それは、必要なことなのでは……」


「……問題は、その区域じゃ」


円海さんは、目を閉じた。


「……無縁仏の一角と、山門手前の空き地――それが、計画区域に含まれておる」


――生け垣の陰で聞いていた、あたしの体が、凍りついた。


無縁仏の一角。


清一さんの合祀墓が、ある場所。


そして、山門手前の空き地――清一さんが、毎晩、息子を待って立っている、あの場所。


「……そこにある遺骨は、市内の合葬墓に、改葬されることになる、かもしれん」


――改葬。


清一さんの名前を探した、あの冬の記憶が、頭の中で、いっぺんによみがえった。


墓じまい。名前が消える。呼ばれなくなる。


「……決定までは、まだ、二ヶ月弱の猶予がある。公聴会と、住民説明会を経て、市議会で正式に決まるそうじゃ」


円海さんの声が、風に溶けていった。


「……権藤さんは、なんて……」


「……『安全のためなら、仕方なかろう』と、そう言うておられた」


慈念さんは、拳を握りしめていた。


⭐︎清一さんの沈黙


その夜。


あたしは、いつものように、清一さんのところへ向かった。

夕暮れになると、清一さんは、あの空き地に立って、山門の方を見ている。

それは、いつもの光景のはずだった。


でも、今夜の清一さんは、いつもより、ずっと長く、ずっと静かに、そこに立っていた。


「――清一さん」


声をかけても、返事がなかった。


「……清一さん」


もう一度、呼んだ。


清一さんは、ゆっくりと、こちらを振り向いた。

その顔は、いつもの、穏やかな笑顔ではなかった。


「……貞子ちゃんか」


「……大丈夫?」


「……大丈夫じゃよ」


清一さんは、そう言って、また、山門の方を見た。


「……ここが、なくなるかもしれんそうじゃな」


――言葉が、出なかった。


「……わしはな、この場所で、勇を待っとった。……ここが、勇との、最後の場所じゃった。……ここがなくなったら、わしは、どこで、あの子を待てばええんかのう」


清一さんの声は、静かで、でも、その静けさが、かえって、何よりも重かった。


「……清一さん……」


「――いや、いいんじゃ」


清一さんは、ふっと、笑った。

無理に、作ったような笑顔だった。


「……わしのことは、ええんじゃ。……もう、勇は来んのじゃから。……待つ場所くらい、変わってもかまわん」


――違う。


あたしは、拳を握った。


そんなの、絶対、違う。

最後までお読みいただきありがとうございました。

少し仕掛けを変えてみようと考える今日この頃です。

よろしければ、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。