「山門の向こうから、来た知らせ。」(前半)
⭐︎白い杭
十月。金木犀が、また香り始めていた。
「こらぁぁぁ鬼塚の小僧ぉぉぉ!! わしの栗をどこやったぁ!!」
「今年はまだ何も盗んでねえよ! いい加減、証拠もなしに疑うな!」
スポーン。
――いつもの朝。いつもの音。あたしと麗華は、いつものように墓石に腰かけて、それを眺めていた。
「……もう一年経つんですのね。この季節が来ると、しみじみいたしますわ」
「金木犀の季節だもんね。麗華の恋バナのシーズンだ」
「あら、毎年語るつもりはございませんわよ。……でも、まあ、少しくらいなら」
――のんびりとした会話の途中、あたしは、ふと、西の端に目をやった。
「……あれ、何?」
見慣れない、白い杭が、地面に何本か打たれていた。杭には、赤い布切れが結ばれて、風にひらひらと揺れている。
「……知りませんわ。前は、なかったはずですけれど」
清一さんが、真っ先に、その杭に近づいていた。
しゃがみ込んで、じっと、その杭を見つめている。
「……清一さん?」
「……測量、じゃな」
清一さんの声が、いつもより、低かった。
「……昔、片桐醤油の蔵を壊すときにも、こういう杭が、打たれとった」
――その一言で、あたしの背中に、冷たいものが走った。
⭐︎説明会
その日の午後、円海さんと慈念さん、そして檀家総代の権藤さんが、市の公民館で開かれた説明会に出かけていった。
夕方、帰ってきた円海さんの顔は、いつもより、ずいぶん疲れていた。
「……円海さん、どうだったんですか」
慈念さんが、心配そうに尋ねる。
「……防災まちづくり計画、とやらでな」
円海さんは、力なく縁側に腰を下ろした。
「……近年の豪雨で、避難場所が足りんそうじゃ。……寺の西側の道を広げて、避難広場を作る計画があるとかで」
「……それは、必要なことなのでは……」
「……問題は、その区域じゃ」
円海さんは、目を閉じた。
「……無縁仏の一角と、山門手前の空き地――それが、計画区域に含まれておる」
――生け垣の陰で聞いていた、あたしの体が、凍りついた。
無縁仏の一角。
清一さんの合祀墓が、ある場所。
そして、山門手前の空き地――清一さんが、毎晩、息子を待って立っている、あの場所。
「……そこにある遺骨は、市内の合葬墓に、改葬されることになる、かもしれん」
――改葬。
清一さんの名前を探した、あの冬の記憶が、頭の中で、いっぺんによみがえった。
墓じまい。名前が消える。呼ばれなくなる。
「……決定までは、まだ、二ヶ月弱の猶予がある。公聴会と、住民説明会を経て、市議会で正式に決まるそうじゃ」
円海さんの声が、風に溶けていった。
「……権藤さんは、なんて……」
「……『安全のためなら、仕方なかろう』と、そう言うておられた」
慈念さんは、拳を握りしめていた。
⭐︎清一さんの沈黙
その夜。
あたしは、いつものように、清一さんのところへ向かった。
夕暮れになると、清一さんは、あの空き地に立って、山門の方を見ている。
それは、いつもの光景のはずだった。
でも、今夜の清一さんは、いつもより、ずっと長く、ずっと静かに、そこに立っていた。
「――清一さん」
声をかけても、返事がなかった。
「……清一さん」
もう一度、呼んだ。
清一さんは、ゆっくりと、こちらを振り向いた。
その顔は、いつもの、穏やかな笑顔ではなかった。
「……貞子ちゃんか」
「……大丈夫?」
「……大丈夫じゃよ」
清一さんは、そう言って、また、山門の方を見た。
「……ここが、なくなるかもしれんそうじゃな」
――言葉が、出なかった。
「……わしはな、この場所で、勇を待っとった。……ここが、勇との、最後の場所じゃった。……ここがなくなったら、わしは、どこで、あの子を待てばええんかのう」
清一さんの声は、静かで、でも、その静けさが、かえって、何よりも重かった。
「……清一さん……」
「――いや、いいんじゃ」
清一さんは、ふっと、笑った。
無理に、作ったような笑顔だった。
「……わしのことは、ええんじゃ。……もう、勇は来んのじゃから。……待つ場所くらい、変わってもかまわん」
――違う。
あたしは、拳を握った。
そんなの、絶対、違う。
最後までお読みいただきありがとうございました。
少し仕掛けを変えてみようと考える今日この頃です。
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