「観察者は、何も忘れない。」(前半)
⭐︎おはぎ、検証される
「――それでは、第三回墓場総会を始めます」
四月の終わり。
桜はとっくに散って、墓地は新緑の匂いでいっぱいだった。
西園寺家之墓の前の広場に、いつものように五十人の霊が集まっている。
議長席には、もちろん麗華。
「本日の議題は、こちらですわ」
麗華が日傘で示した先には、落ち葉――じゃなくて、今日は新緑の若葉で作られた文字があった。
季節に合わせて律儀に材料を変えるあたり、この人の几帳面さは本物だと思う。
『おはぎさんの正体について』
――ざわっ。
「……おはぎの、正体?」
あたしは、首をかしげた。
「そうですわ。考えてもごらんなさいませ。あの子は、この墓地で唯一、生者にも死者にも見える生き物。……なのに、いつも、心の底からどうでもよさそうな顔をしていますわ」
「それは知ってるけど」
「わたくし、九十七年この墓地におりますけれど、一度たりとも、あの子が本気で驚いた顔を見たことがございませんの。
第一話の殴り合いも、第二話の成仏騒動も、第四話のヘッドバンギングも、第五話の……」
麗華が、ちらっと西の端を見た。清一さんは、いつものように穏やかな顔で座っている。
「……あらゆる事件の現場に、あの子はおりましたわ。いつも、どうでもよさそうに」
「……麗華、今、事件を話数で数えてなかった? またメタな発言してる」
「……聞き流してくださいまし」
「たしかに……」
考えてみれば、おはぎはいつもそこにいる。
誰かの首が飛んでも、誰かが泣いていても、誰かが成仏しかけていても。
ただ、丸くなって、あくびをして、尻尾を振って。
「わし、思うんじゃがな」
源蔵じいちゃんが、腕を組んだ。
「あやつ、実は何も考えとらんだけじゃないんか。猫じゃぞ」
「――偏見ですわ、ひいじいちゃん。……あら、貞子さんの真似が移りましたわ」
「移っとらんわい」
「まあまあ、それはともかく」
あたしは、議長席の隣に立って、落ち葉――じゃなくて若葉のホワイトボードを指した。
「今日は、おはぎの正体を、みんなで検証しよう作戦です!」
「「「おおおおおっ!!」」」
――こうして、四月の墓場総会は、『おはぎ検証大会』になった。
⭐︎検証コント
作戦その一:好物テスト。
「おはぎさん、これはどうですか」
麗華が、西園寺家自慢のかつお節を差し出す。おはぎは、ちらっと見て、そっぽを向いた。
「――こちらは?」
上質な煮干し。無視。
「――こちらはいかが」
高級マグロの刺身の切れ端。
――おはぎは、ゆっくり近づいて、匂いを嗅いで、あくびをして、また丸くなった。
「……食べないんじゃなくて、興味がないんですのね」
「そもそも霊のお供え物、猫は食べられないんじゃなかったっけ」
「あら、そうでしたわね。……では、これは何のためのテストでしたの」
「麗華が食べたかっただけじゃん」
作戦その二:音楽の好み調査。
「――いくぞ。ハーモニックマイナーの、猫が好きそうな旋律だ」
雷太さんが、見えないギターを構えた。三年間、慈念さんのお経を分析してきた男の本気だ。指が、優雅に動く。
――ポロロン。
おはぎは、片目だけ開けて、雷太さんを見た。
そして、寝返りを打った。
「……不評だ」
「珍しく素直に負け認めるじゃん」
「……いや、待て。今のは前奏だ。本番はここから――」
「もういいよ雷太さん」
作戦その三:気合いで通じ合おう作戦。
「猫ってのはな、気迫でわかる生き物なんだよ」
鬼塚さんが、おはぎの正面にヤンキー座りして、眼力を送り始めた。
リーゼントが、おはぎの鼻先すれすれに迫っている。
――おはぎは、そのリーゼントに向かって、前足を一発、猫パンチした。
パスッ。
「……あ?」
先端が三ミリ上を向いていたリーゼントが、ぺしゃんこになった。
「――俺の五十分ぉぉぉぉ!!!」
「怒らせるんじゃ! 鬼塚さん、それ重りになるやつじゃん!」
「もう成仏しかけてもいい気分だよ今のは……」
――こうして、あらゆる検証は、失敗に終わった。
「……ナナシさ――清一さんに聞けば、何かわかるんじゃない?」
あたしは、議長席の後ろに座っている清一さんを振り返った。
清一さんは、九十年以上この墓地の生き字引をやっている。何でも知っているはずだ。
「清一さん、おはぎって、いつからいるの?」
清一さんは、白いひげをなでながら、しばらく考えた。
「……さてのう。……わしがここに来たときには、もう、おったのう」
――あれ。
「清一さんがここに来たの、六十年近く前だよね。……その頃から、同じおはぎがいるの?」
「同じ、かどうかは、わからんのう。……ただ、左の前足だけ、靴下を履いたみたいに白いところとか、右の耳が少し欠けとるところとか、あくびの前に必ず一度、こう、首をかしげる癖とか……。ずっと、変わらんかった気がするのう」
――しん、と場が静まった。
「……ちょっと待ってくれよ。西園寺のお嬢のご先祖様は、九十七年前からここにおるんだろ」
鬼塚さんが、へこんだリーゼントを直しながら言った。
「高祖父さま、あんたのときはどうだったんだよ」
呼ばれた麗華の高祖父さまが、紋付き姿で立ち上がった。明治生まれの老紳士だ。
「……わしがこの寺に参ったときにも、もう、おったのう」
――もう一度、しん、とした。
「……ちょっと待って。じゃあ、おはぎって、少なくとも百年近く、同じ姿でここにいることになるじゃん」
「猫の寿命は、普通、二十年もありませんわよね……?」
「……代替わりしとるのを、気づいとらんだけかもしれんのう。よう似た模様の猫が、代々おるんじゃろう」
清一さんは、そう言って、いつものように穏やかに笑った。
「……じゃが、貞子ちゃん。この墓場でな、『気づいとらんだけ』というのは、案外、怖いことじゃぞ」
――その言葉が、なんだか、いつまでも耳に残った。
その日の総会は、結局、正体不明のまま解散した。優勝者なし。かつお節は、麗華が一人で全部匂いを嗅いで満足していた。
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