↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
墓場ぐらしのサダコさん  作者: 則本潮


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/104

「貞子と伽椰子。」①

☆みんなが何かを隠している

三月。

墓地の梅が咲いた。

違う。梅の話じゃない。梅は別にいい。心の底からきれいだと思うし、白い梅と赤い梅が並んで咲いているのは、ネイルのグラデの参考にもなる。

問題は、梅じゃなくて――


「…………みんな、最近、変じゃない?」

あたしは、桜庭家の縁側で腕を組んでいた。

まず、源蔵じいちゃん。

最近、やたらと引き出しを閉める音がする。あたしが縁側に出ると、バタン、と。

部屋に入ると、バタン、と。一度、ちらっと見えた引き出しの中には、木の切れ端と、彫刻刀と、なぜかピンク色のリボンが入っていた。


「……ひいじいちゃん、何してるの?」

「な、なんでもないわい! 大工の引き出しの中身は、大工にしかわからんもんじゃ!」

よくわからない理屈でごまかされた。


次に、鬼塚さん。

お供え物泥棒の頻度が、明らかに増えている。

しかも、盗んだものを自分で食べない。

いちご、生クリームのついたロールケーキ、ひなあられ。

全部、鬼塚家之墓の裏に運び込んでいる。

「鬼塚さん、甘いもの隠しすぎじゃない? それ、全部食べるの?」


「…………材料だ」

「材料?」

「……何でもねえよ。あっち行け」

材料って言った。絶対言った。


そして、麗華。

最近の麗華は、しょっちゅう雷太さんとひそひそ話している。

北の端の轟家之墓の前で、二人顔を寄せ合って、麗華が小声で歌って、雷太さんが見えないギターを弾いている。近づいたら、二人ともぴたりと止まった。


「…………麗華、雷太さんと何してるの?」

「ご、ごきげんよう、貞子さん。これは、その……息抽きの、音楽理論のお勉強ですわ」

「……ハーモニックマイナーだ」

「雷太さん、言えばなんでも許されると思ってない?」


最後に、清一さん。

清一さんは、年が明けてから少しだけ輪郭がはっきりして、昨年よりも出歩くようになった。

夕暮れには、やっぱりあの空き地で山門を見ているけれど。

その清一さんが最近、無縁仏の前で、ひたすら落ち葉を数えている。


「…………二百九十七、二百九十八……」

「清一さん、それ何の落ち葉?」

「……おや、貞子ちゃん。………………一から数え直しじゃのう」

「ごめんって!!」


――極めつけは、トメばあちゃんだった。

トメばあちゃんは、何も変わらない。

いつものようにお味噌汁を作って、いつものようににこにこしている。

ただ、あたしと目が合うたびに、いつもより二割増しでにこにこしている。


こわい。

墓場最強の二割増しの笑顔は、こわい。


☆立ち聞きは、一番こわいところだけ聞こえる

そして――決定的な出来事が起きたのは、三月に入ってすぐの夜だった。

西園寺家之墓の応接間から、明かりが漏れていた。

鹿の剥製の首の影が、障子に不気味に映っている。


そして、中から、聞き慣れた声がいくつも。

あたしは、障子の前でぴたりと止まった。


「――では、最終確認ですわ。決行は、三月三日」

麗華の声だ。


――三月三日。


あたしの、誕生日だ。

「……貞子には、絶対にバレんようにのう」

源蔵じいちゃんの声だ。


「……朝のうちに、あいつを西の端に誘い出す。清一のジイさんが足止めだ」

鬼塚さんの声だ。


「……その間に、全員で位置につく。カウントは俺が出す」

雷太さんの声だ。


「……そして最後に、貞子さんを――」

麗華の声が、少しだけ詰まった。


「――空へ、打ち上げますわ」


……………………………………。


あたしは、音を立てないように、ゆっくり後ずさりした。

そして、桜庭家の縁側まで、全力で走って帰った。


「……………………成仏だ……」

縁側の下に潜り込んで、あたしは震えていた。


「…………あたし、誕生日に、成仏させられるんだ……」

だって、空へ打ち上げるって。それ、もう成仏じゃん。

本成仏じゃん。ナナシさん――清一さんの地面の棒人間の絵の、一番上のやつじゃん。

あたしは、鼻をすすった。


……そりゃあ、あたしはいつもうるさい。

墓場総会で何かと言い出すし、落ち葉で無理して透けたし、きらきらしてて浮いてるし。

墓場の平和のために、そろそろ成仏してもらおうって、みんなで決めたんだ。きっと。


――やだ。

あたしは、拳を握った。

「…………成仏しない。絶対しない。……重くなってやる」

――こうして、あたしの『成仏回避作戦』が始まった。


☆成仏回避作戦

作戦その一:食べて重くなる。


「……さだちゃん、今朝はずいぶん食べるのねえ」

「……うん。成長期だから」


あたしは、お味噌汁を五杯飲んだ。

お供えのひなあられも、千歳飴も、先週蒼太が置いていったいちごミルクも。

死後の食べ物は、供えた人の気持ちの味がする。全部幸せな味だった。


――幸せな味で、足元がちょっと光った。


「逆効果じゃん!!」

満足しすぎると軽くなる。源蔵じいちゃんのぼたもち事件で学んだはずなのに。


作戦その二:胃もたれで重くなる。

あたしは、慈念さんの朝のお勤めの最前列に陣取った。

普段の勤行は、相変わらず基本の練習中。つまり、相変わらず下手だ。

「かっ、観……自ざいっ……!!」

「……うっ……よし……重くなってきた……もっと……もっと……」


慈念さんのお経を、詰めて詰めて詰め込んだ。

一日三回。朝のお勤め、昼の練習、夕方のお勤め。

三日目、あたしは本堂の座布団の上で動けなくなった。


「………………貞子さん、こんなところで何を……」

通りかかった麗華が、青い顔で崩れ落ちているあたしを抱き起こした。

「……こうしてないと……浮いちゃうから……」

「浮くどころか、沈んでいらっしゃいますわよ!?」


作戦その三:怒って重くなる。

これが一番難しかった。

あたしを怒らせるもの。前はたくさんあった。

「井戸」とか「テレビ」とか「呼んだら出てきそう」とか。

でも、秋のお彼岸から、あたしは自分の名前が好きになってしまった。

井戸もテレビも、もう全然気にならない。

だから、自分で自分を怒らせることにした。


「…………あたしのネイル、ダサい……あたしのネイル、ダサい……サクラ色のグラデとか、一年半前の流行り……」


――冷やっ。


自分で言って、自分で傷ついた。

でも怒りにはならなかった。傷ついた分、ちょっと透けた。


「…………貞子、お前、最近大丈夫か?」

鬼塚さんが、本気で心配そうな顔をしていた。

鬼塚さんに心配されるのは、ちょっと屈辱だった。


――そして、三月二日の夜。

あたしは、ついに限界を迎えて、西園寺家之墓の応接間に正面から乗り込んだ。


「麗華!!」

「きゃあっ!?」

応接間では、麗華と雷太さんと源蔵じいちゃんと鬼塚さんと清一さんが、何かを囲んで座っていた。

五人がいっせいに、何かを背中に隠す。

六つの幽霊の背中から、ピンク色のリボンの端っこがはみ出していた。


……五人なのに六つに見えたのは、鬼塚さんの首が別の場所に置いてあったからだ。


「あたしを成仏させる気でしょ!!」


――しん。


「……………………………………はい?」

「とぼけないで! 聞いたんだから! 三月三日に、あたしを西の端に誘い出して、清一さんが足止めして、雷太さんがカウント出して、最後に空に打ち上げるんでしょ!!」


――しん。


五人の顔が、いっせいに引きつった。

「…………そ、そこまで聞かれていましたの……」

「……おい、どうすんだよ……」

「……こ、ここは……言い訳できんのう……」

麗華が、青い顔で日傘を握りしめた。


そして、なぜか腹をくくった顔で、胸を張った。

「――え、ええ、そうですわ! 貞子さんを、成仏させて差し上げますわ!」

「麗華ぁぁぁ!!!」

「おいお嬢、それはちょっと……!」

「言い訳が、思いつかなかったんですのよ!!」


――そこから先は、もうめちゃくちゃだった。

あたしは泣きながら麗華に飛びかかり、麗華は護身術で応戦し、源蔵じいちゃんは「やめんか、誕――」と言いかけて鬼塚さんに口を塞がれ、鬼塚さんの体は自分の首を探して応接間をさまよい、雷太さんは「……このテンポならBPM百八十だ」とつぶやいて見えないギターを弾き始めた。

清一さんは、鹿の剥製の後ろに隠れて落ち葉を数え直していた。


首は、三個飛んだ。うち一個は鹿だった。

――そして、最後はもちろん。

「――あらあら」

お玉じゃくしを持ったトメばあちゃんが、応接間の入り口に立っていた。二割増しの笑顔で。

全員が正座した。鹿の首も、壁に戻った。


「……さだちゃん」

「…………はい」

「明日になれば、わかるわ。……今夜は、もうお休みなさい」

そう言って、トメばあちゃんは、あたしの頭をそっと撫でた。

いつもの笑顔だった。二割増しじゃない、いつもの。


――それで、ちょっとだけ安心してしまった自分が、悔しかった。

その夜、あたしは布団の中で、なかなか眠れなかった。

明日は、誕生日だ。

生きていれば、十七歳になるはずだった、誕生日。

あたしは、まだ知らなかった。

その日、もう一人、あたしの誕生日を覚えている人が、山門をくぐってくることを。

最後までお読みいただきありがとうございました。

いかがでしたでしょうか。少し増量してみました。

よろしければ、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。