第8話
検証の儀の日、大神殿の祈りの間は静かな熱気に満ちていた。
中央の祭壇を望む上座には、国王その人。左右には重臣と高位貴族が居並び、侯爵家と伯爵家の婚約の行方を見届けようと、幾十もの視線が祭壇前に注がれている。
祭壇の前に立つのは、当事者の三人。純白の礼装のレオンハルト、祈るように手を組むミレーユ、そして深青のドレスをまとったクラリス。祭壇の脇には記録管理官として、正装のユリウスが控えている。入場の折、一瞬だけ視線が交わり、金褐色の瞳が確かに頷いてみせた。仕込みは万全、ということだ。
「これより、フォラント男爵令嬢に下されたとされる神託につき、検証の儀を執り行います」
大神官セラフィナの声が、高い天井に響いた。
「神託は、下された時、場所、神官の名とともに、一件残らず記録庫に封蔵されます。これは建国以来、一度たりとも破られたことのない定め。――照合の結果を申し上げます」
間があった。ミレーユが祈るように目を閉じる。
「該当する神託の記録は、存在いたしません」
ざわめきが波のように広がった。ミレーユが弾かれたように顔を上げる。
「そ、そんな……! 何かのお間違いです! わたくしは確かに、オルガ様から神託を……!」
悲鳴のような弁明は、一句残らず黒く濁っていた。この期に及んでなお、嘘を重ねる。玉座の国王が、低く命じた。
「静粛に。……大神官、続けよ」
「そのオルガに、証言をさせましょう」
脇の扉が開き、神殿騎士に伴われた下級神官が引き出された。青ざめたオルガは、床に額をつけんばかりに崩れ落ちると、堰を切ったように語り始めた。三月前、フォラント男爵令嬢から金貨で依頼を受けたこと。神託の書式を真似て偽の文書を作ったこと。衰弱の演技のための、絶食と化粧の指南までしたこと。
「ち、違います! この者が勝手に……!」
「では、こちらの説明も伺いましょうか」
クラリスは静かに歩み出て、書類を掲げた。
「フォラント商会の負債、八千万ゴルド。差し押さえの通告書。そして――神託が下って死にかけていらしたはずの貴女が、ひと月前の夜会で朝まで踊り明かしていたという、七名の出席者の証言ですわ」
言い逃れの言葉を探すミレーユの唇が、わななき、そして力尽きた。糸の切れた人形のように、亜麻色の髪の令嬢はその場に頽れる。神を騙った娘に向けられる視線は、氷よりも冷たかった。
――ひとり目、落ちた。
そのとき、悲痛な声が響いた。
「そんな……嘘だと言ってくれ、ミレーユ……!」
レオンハルトだった。よろめくように後ずさり、信じられぬものを見る目で幼馴染を見つめている。
「僕は、君の命を救いたい一心で……クラリスとの婚約まで、断とうとして……ああ、なんということだ。僕は、君に騙されていたのか……!」
完璧な、被害者の顔だった。会場の空気が、目に見えて変わる。お労しい、あの方も欺かれていたのだ、幼馴染を信じた心につけ込まれて――同情の囁きが、さざ波のように広がっていく。
真っ黒な靄をまとった渾身の熱演を、クラリスは冷ややかに眺めていた。見事なものだ。声の震えも、涙の膜も、崩れ落ちる膝の角度まで計算し尽くされている。この場の誰ひとり、彼を疑ってはいないだろう。嘘の視えない人々にとって、これは疑いようのない悲劇なのだから。
ええ、そう来ると思っていたわ。ここまでは、あなたの筋書き通り。
だから、ここからは、わたくしの筋書きよ。
クラリスは一歩前へ出た。凛と通る声が、同情の囁きを断ち切った。
「欺かれていた、と仰いましたわね。レオンハルト様」
「……クラリス?」
「では、伯爵子息たるあなた様が、そのフォラント商会からお受け取りになった三千万ゴルドの『婚姻の支度金』は――いったい何に欺かれた結果ですの?」




