表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嘘つきたちへ、幕引きの舞台をご用意しました  作者: 小林翼


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
7/10

第7話

 約束の日、クラリスはギーゼルバッハ伯爵邸の応接間にいた。卓を挟んで、レオンハルトとミレーユが並んで座っている。


「一週間、考えましたわ」


 クラリスは目を伏せ、悲嘆に暮れる令嬢の声を作った。


「神託とあらば、人の身で抗えるものではございません。……婚約の解消、お受けいたします」


「クラリス様……! ありがとうございます、ありがとうございます……!」


 ミレーユが両手で顔を覆い、咽び泣く。むろん、真っ黒だ。レオンハルトも痛ましげに眉を寄せた。


「すまない、クラリス。君の決断を、生涯忘れない」


 黒。忘れるどころか、これからも利用する気満々のくせに。クラリスは内心で嗤い、そして顔を上げた。


「ただし、ひとつだけ条件がございますの」


「条件……?」


「神託の検証ですわ。大神殿にて、大神官様お立ち会いのもと、神託が真実であることを正式に確かめていただきたいの。侯爵家の婚約を解消するのですもの、陛下へのご説明にも、確かな儀式の裏付けが必要でしょう?」


 ミレーユの肩が、はっきりと跳ねた。


「け、検証など……! 神託を、お疑いになるのですか……!?」


「疑うだなんて。真実ならば、検証は神託の権威を高めるだけですわ。それとも――何か、確かめられては困ることでも?」


「い、いえ、そんなことは……」


 声が細く萎んでいく。対照的に、レオンハルトは鷹揚に頷いてみせた。


「もっともな条件だ。ミレーユ、何も恐れることはない。本物の神託なら、検証はむしろ望むところだろう? ……クラリス、その条件、確かに受けよう」


 ――ふうん。乗ったわね。


 クラリスは扇の陰で観察する。この男の頭の中は、読むまでもなかった。検証で偽神託が暴かれれば、罪はすべてミレーユと買収された神官に落ちる。自分は幼馴染に騙された哀れな被害者となり、婚約解消の非は誰にも問えず、違約金も消える。むしろ検証は、この男にとって願ってもない幕引きなのだ。


 哀れなのはミレーユだった。破滅の崖が見えているのに、今さら神託を取り下げれば偽りを認めることになる。進むも地獄、退くも地獄。買収したオルガに口裏を合わせさせれば切り抜けられるはずだと、必死に算段を立てているのだろう。青ざめた顔で、それでも縋るように「検証を、お受けいたします」と絞り出した。


 ――そのオルガが儀式の朝に騎士団の手に落ちるとも知らず。哀れといえば哀れだけれど、同情はしないわ。


 細かな段取りは追って、と話がまとまり、クラリスは席を立った。見送りに出たレオンハルトが、玄関先でふと足を止める。


「クラリス。……婚約は終わっても、君との縁まで終わらせたくない。落ち着いたら、話したいことがあるんだ。アーヴェント領の鉱山のことで、君の家の力になれるかもしれない儲け話を耳にしていてね。……いや、今は詫びの言葉もないのに、虫のいい話だが」


 来た、とクラリスは思った。三本目の指。仕込みは、こんなにも早く。


 夕陽を背にした男の言葉は、一句残らず黒い靄をまとっている。三年間、隣で見てきたはずの穏やかな微笑が、今は出来の悪い仮面にしか見えなかった。


「まあ……こんな時まで、わたくしどもの家をお気遣いくださるのね」


 クラリスは完璧な淑女の微笑を返した。


「そのお話、検証の儀が済みましたら、ゆっくり伺いますわ」


 ええ、ゆっくりと。あなたの罪状のひとつとして、皆の前でね。


 氷の令嬢は優雅に一礼し、嘘つきの家を後にした。



 その夜、クラリスは神殿へ短い報せを送った。餌は撒いた、二人とも喰いついた、と。ほどなく返ってきた書面には、飾り気のない文字でこうあった。


『万事、整えます。あなたはただ、勝ちに来てください』


 嘘のつけない人の書く文字は、言葉と同じくらい真っ直ぐだった。クラリスは書面を胸元に仕舞い、窓の外の月を見上げる。


 決戦は、五日後。大神殿にて。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
縁を終わらせたくないというのは嘘じゃないのでは
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ