第4話
調査は、驚くほど滑らかに進んだ。
神殿騎士という身分は、王都のあらゆる扉を開ける鍵だった。ユリウスが表から正規の照会をかけ、侯爵家の息のかかった者たちが裏から聞き込みを重ねる。ミレーユ・フォラントという令嬢の輪郭は、三日と経たずに浮かび上がった。
「フォラント商会は、二年前の航路事業の失敗から立て直せていません。抱えた負債はおよそ八千万ゴルド。取り立ての金貸しが、月に幾度も男爵邸に出入りしています」
神殿の一室。ユリウスが書類の束を卓に広げる。
「利払いすら滞っている状態です。年明けには抵当の屋敷ごと差し押さえ、という話も出ている」
「家が沈む前に、大きな船に乗り移りたいわけね。それも婚約者のいる船に、神託という切符で」
クラリスは書類をめくった。焦げつく負債、その傍らに並ぶのは、意外な記録だった。仕立て屋への支払い、宝飾店の請求、夜会用の馬車の借り上げ。
「……あの衰弱しきったご令嬢、ずいぶん精力的にお買い物をなさるのね」
「それだけではありません。これを」
ユリウスが差し出したのは、聞き込みの報告書だった。半月前、隣領の伯爵家で開かれた夜会。出席者の証言によれば、ミレーユは薔薇色のドレスで現れ、頬は艶やかに輝き、朝まで踊り明かしたという。
「わたくしの前では、立っているのもやっとでしたのに。大した女優だわ」
念のため、クラリスはその夜会に出ていた顔見知りの令嬢を茶会に招き、直に話を聞いた。ミレーユは元気そうだったか、と。ええそれはもう、と語る令嬢の言葉に、靄はひとつもなかった。裏は取れた、ということだ。
頬のこけは白粉の陰影、震えは演技、直前の絶食で仕上げる青白さ。種を明かせば、それだけのことだった。神託が命を蝕むという筋書きに、衰弱の小道具は欠かせない。哀れであればあるほど、周囲は疑うことを恥じるのだから。
「そして本命の、神託の出どころですが」
ユリウスの声が低くなった。
「記録庫に正式な記録がない以上、誰かが神殿の内側で偽の権威を貸している。洗い出したところ、フォラント家と接触のあった神官がひとり。下級神官のオルガ。祈祷の受付を担う立場で、三月前から急に金回りがよくなっています」
「買収、ね。その者の言質は取れそう?」
「泳がせています。今すぐ締め上げれば口は割るでしょうが、下手に騒げば首謀者に逃げ支度をさせるだけだ。確たる場で吐かせるためにも、今は泳がせておくべきかと」
「同感ですわ。断罪は、逃げ道をすべて塞いでからするものですもの」
白。この男の言葉は、今日もどこまでも澄んでいる。クラリスは頷き、卓上の書類を見渡した。
絵図は揃いつつあった。沈みゆく商会。金で買った偽の神託。白粉で作った衰弱。狙いはギーゼルバッハ伯爵家の身代――広大な領地と鉱脈を持つ、婿としてこれ以上ない金蔓。ミレーユの側の嘘は、これでほぼ裏が取れたと言っていい。
「順当な筋書きですわね。強欲な娘が、金持ちの家に神託で押し入ろうとした。……ここまでは」
「ええ。ここまでは、順当です」
ユリウスは、新しい紙束を卓に置いた。その表情に、初めて困惑が浮かんでいた。
「ですが、妙なのです。念のため、狙われた側――ギーゼルバッハ伯爵家の資産状況も洗いました。領地の収支、鉱山の採掘記録、王都の商業組合への出資。表向きの評判どおりなら、王国有数の資産家のはずだった」
「……はずだった?」
「帳簿の裏を辿るほど、数字が消えていく。鉱山の採掘量は五年前から落ち込み、領地は不作続き、出資はことごとく引き揚げられている。それでいて、屋敷の暮らしぶりだけは昔のまま豪奢だ」
金褐色の瞳が、クラリスを真っ直ぐに見た。
「クラリス様。ミレーユ嬢が命懸けで狙っているはずの資産が――どこを探しても、見当たらないのです」
庭園でのあの日、婚約者の言葉を包んでいた黒い靄。その正体に、指先が触れた気がした。




