第九十六話
銃声が再び地区全体を満たした。
今度は、その数がはるかに多い。
レインが顔を上げる。
通りはすでにトルーパーの隊列で埋め尽くされ、何十ものライフルが彼へと向けられていた。
ダクッ! ダクッ! ダクッ! ダクッ!
一斉に放たれた弾丸が、周囲一帯を薙ぎ払う。
レインが動いた。
身体が低く路面すれすれを滑るように駆け、弾丸の雨の間を鋭くすり抜けていく。いくつもの弾丸がフードの布地をかすめるものの、その身体に触れることは一度もなかった。
一歩。
身体が横へ弾ける。
白とも灰色ともつかない残像が、一瞬だけ元いた場所に残った。
次の瞬間には、レインは再び前方へ加速していた。
そのまま隊列の中央へ突っ込む。
シュンッ!
白い閃光が、ひとりのトルーパーの胸を貫いた。
その頃には、レインはすでに反対側へ抜けている。
シュンッ!
二本目の刃が、近くにいた別のトルーパーの喉を薙いだ。
レインは止まらない。
見えるのは、ひとつの場所から別の場所へと移っていく身体の影だけだった。あまりにも速く、目では追い切れない。
五人。
十人。
トルーパーの隊列が、次々と崩れていく。
別の通り端では、ひとりのガンナーが位置を取り、横合いから銃口を向けた。
レインが素早く振り向く。
発砲。
その瞬間、身体が鋭く横へずれた。
弾丸が、レインのすぐ背後を通り過ぎる。
そのまま前方へ踏み込み、一気にガンナーとの距離を詰めた。
ガンナーには、息を吸う暇すらなかった。
白い閃光が視界を横切る。
気づいた時には、レインはすでにその背後にいた。
銀色の刃が、首元に触れる。
ガンナーの目が見開かれた。
ほんの小さな動き。
それで終わった。
レインは崩れ落ちた身体を横目に、そのまま通り過ぎる。
その下から、再び響いた怪物の唸り声が通りを震わせた。
左から一体のグレイブマウが飛びかかる。
レインは身を低くする。
怪物の爪が、その頭上を薙ぎ払った。
レインは素早く身体をひねる。
シュラッ!
銀の刃がグレイブマウの前脚を断ち切る。
怪物の身体が大きく傾いた。
レインは再び前へ駆ける。
シュンッ!
続く一閃が、その首を切り裂いた。
グレイブマウが通りの中央へと崩れ落ちる。
それでもレインは足を止めない。
横からひとりのトルーパーが襲いかかる。
カキンッ!
ライフルが攻撃の軌道から弾き飛ばされる。
レインが身体を回す。
一突き。
トルーパーが倒れた。
レインはそのまま数メートル進み、ようやく歩調を落とした。
背後の通りは、すでに無数の死体で埋め尽くされている。
それでも呼吸は穏やかだった。
顔を覆う布がわずかにずれ、その奥から、先ほどと変わらぬ鋭い眼差しが覗く。
通りの先から、重い足音が響いてきた。
レインが顔を上げる。
煙の向こうから、一体のディソナント・ストーカーが姿を現した。
続いて、もう一体。
さらに何体かが後ろから現れる。
だが、その中で最も前に出たのは一体だけだった。
ガンナー。
その手にした銃が震えている。
レインとの距離は、およそ二十メートル。
「近づくな……!」
レインは答えない。
ガンナーが銃を持ち上げる。
するとレインは、逆に手にしたブレードの一本を投げた。
ヒュッ!
銀色の刃が、一直線にその頭部へと飛んでいく。
だが――
そのブレードが、あとわずかで頭部に届こうとした瞬間。
ほんの一瞬のうちに――
遠くにいたレインの姿が消えた。
本当に消えたわけではない。
ただ、目で捉えられないほど速かった。
白とも灰色ともつかない残像が、ガンナーの目の前を横切る。
空中を飛んでいたブレードを、その手が掴み取った。
ガンナーが目を見開く。
すでにレインは、目の前に立っていた。
手の中でブレードが一度だけ回転する。
シュラッ!
あまりにも速い一閃に、ガンナーは反応することすらできなかった。
その身体が一瞬だけ静止する。
そして、そのまま通りへと崩れ落ちた。
レインはその場に立っていた。
煙に満ちた通りを、風が吹き抜ける。
交差点の向こうでは、数十体もの新たなディソナンスが煙の中から姿を現していた。
彼らは足を止める。
誰も撃たない。
レインが片手を上げた。
人差し指を真っ直ぐ彼らへと向ける。
その眼差しが細められる。
「次はお前たちだ」
しばらくの間、一体たりとも動かなかった。
*
別の地区では、再び戦闘の音がアストラヴェルを揺るがしていた。
西部地区。
その主要な通りの一角は、すでに戦場と化していた。
壊れた建物の間には、ガラスや石の破片が散乱している。薄い煙が空中に漂う中、二つの影が通りの中央で激しくぶつかり合っていた。
ヘビー・ディソナンスが巨大な斧を振り下ろす。
ブォンッ!
キラが身体を横へ滑らせる。
斧の刃が、彼女の顔すれすれを薙いだ。
ヘビーはすぐさま腰を回し、反対側から再び斧を振るう。
キラは身を低くする。
刃が頭上を通り過ぎる。
続く一撃は、下方から迫ってきた。
キラは小さく跳び、その攻撃を躱すと、ヘビーの数歩後ろへ着地した。
重装甲の巨体が振り返る。
斧が再び振るわれた。
上から。
横から。
低い位置から。
一振りごとに凄まじい圧力が生じ、通りの砂埃や瓦礫が舞い上がる。
それでも、キラには一度たりとも届かない。
彼女は必要なだけしか動かなかった。
左へ一歩。
身体を傾ける。
半回転。
小さな跳躍。
動きそのものは単純だった。
それなのに、斧の届く範囲から常にわずかに外れている。
ヘビーが咆哮し、全身を大きく捻った。
巨大な刃が、左から右へ水平に走る。
今度はキラは避けなかった。
右手の手のひらを上げる。
トン。
斧が、その手の中で止まった。
大きな衝突音はしない。
衝撃波も起こらない。
あれほど巨大な斧が、ただそこで止まっていた。
まるで、それを動かしていた勢いそのものが消え失せたかのように。
ヘビーが動きを止める。
キラは少しだけ顔を上げた。
身長差が大きいため、彼女は見上げるような格好になる。
「まだ続けるつもり?」
ヘビーが乱暴に斧を引き戻す。
そして、その武器を高々と掲げた。
今度は全身ごと動く。
斧が、全力で上から振り下ろされた。
刃がキラの右肩を叩きつける。
だが――
傷ひとつない。
血も流れない。
身体には、傷跡すら残っていない。
ただ、金属がぶつかったはずなのに、どこか空虚な音だけが響いた。
まるで、その衝撃そのものが起こる前に消え去ってしまったかのようだった。
キラは少しだけ左へ首を傾ける。
その表情は変わらない。
ヘビーが凍りつく。
視線が斧からキラの肩へ、それから未だそこに触れている刃へと戻る。
「ありえない……」
キラは左手のショートブレードをわずかに持ち上げた。
「その斧じゃ、あたしを傷つける可能性はないよ」
ヘビーが半歩後退する。
キラは、それ以上の時間を与えなかった。
身体が前方へ弾ける。
拳がヘビーの腹部へ正確に叩き込まれる。
ズドォンッ!
重装甲に覆われた身体が、地面から宙へと跳ね上がった。
ヘビーの身体が通りを横切るように吹き飛び、背後にそびえる巨大な建物へと叩きつけられた。
クラッシュ!
その身体が外壁を突き破る。
石とガラスが周囲へと飛び散った。
それでも勢いは止まらず、ヘビーは建物の内部を突き抜け、そのまま反対側の壁まで貫通した。
やがて、その身体が建物の裏手にある通りへと放り出される。
ドスン!
激しい音を立てて地面へ叩きつけられた。
背後の建物全体が揺れる。
すでに損傷していた壁へ、新たな亀裂が走った。小さな石の欠片が屋根からぱらぱらと落ち、その後を追うように灰色の砂埃がゆっくりと建物内部を満たしていく。
その場に、キラが立っていた。
砂埃の中を、その姿が歩いていく。
だが、瓦礫から出るより早く、通りの先にいくつかの影が現れた。
三体のアーティレリスト・ディソナンスが、それぞれバズーカを構える。
そのうちの一体がキラへ照準を合わせた。
「逃がさない」
ほぼ同時に引き金が引かれる。
フオーム!
三発の砲弾が飛び出した。
キラが顔を上げた時には、すでに爆発の光が建物へと押し寄せていた。
ドォォォン!
建物の正面が吹き飛ぶ。
爆発は内部へと広がり、残っていた床や壁を次々と破壊していく。
ガラガラッ! ガシャッ!
やがて建物は支えを失った。
巨大な構造物全体が、濃い砂埃を巻き上げながら通りへと崩れ落ちた。
三体のアーティレリストは、それでも武器を瓦礫へ向けたままだった。
動くものはない。
ヘビーがゆっくりと身体を起こそうとする。
「終わったか?」
アーティレリストの一体が呟いた。
数秒が過ぎる。
砂埃はまだ通りを覆っていた。
その時――
瓦礫の闇の中で、一対の赤い瞳が開いた。
赤く煌めく二本の刃が持ち上がる。
シュンッ。
最初の閃光が走った。
銀色の側面を持つ二本の刃が、砂埃の中を駆け抜ける。
次の瞬間、瓦礫の中央に漂っていた砂埃が真っ二つに切り裂かれた。
ズンッ!
キラの身体が、その場から消える。
ヘビーがようやく顔を上げた。
その目の前には、すでにキラが立っていた。
シュンッ!
一本の赤い線が、ヘビーの胸を横切る。
シュンッ! シュンッ!
続けざまに、二本の赤い線が別々の方向から走った。
ヘビーがよろめく。
キラが身体を翻す。
赤い閃光が、その周囲に次々と生まれていく。
いつ刃が動いたのか、誰にも見えなかった。
ただ空中に、幾筋もの斬撃の軌跡だけが交差して残る。
ヘビーの装甲が裂ける。
巨大な身体が、ついに均衡を失った。
ドサッ!
そのまま通りへ倒れ込む。
アーティレリストの一体が凍りついた。
「ありえない……」
しかし、キラの姿はすでに消えていた。
数メートル先に、そのシルエットが現れる。
そして、また消える。
最初のアーティレリストの右側に姿を現した。
シュンッ!
赤い一閃。
再び姿が消える。
二体目のアーティレリストがようやく身体を捻った。
シュンッ!
もう一本の赤い線が走った。
三体目がバズーカを持ち上げる。
遅かった。
キラはすでに、その背後に立っていた。
シュンッ! シュンッ!
三体のアーティレリストが、ほとんど同時に地面へと崩れ落ちた。
通りに再び砂埃が立ち込める。
だが、戦闘音はまだ止まらない。
地区の奥から、一群の怪物たちが通りを埋め始めた。
九体のグレイブマウが低い姿勢で這い進み、その爪がアスファルトを擦っていく。
その後ろでは、九体のシックスレンダーが六本の鋭い脚を動かしながら、低く身を構えていた。
そして、一斉に前方へと飛びかかる。
キラは両手のショートブレードをくるりと回した。
姿は消えない。
ただ、走った。
怪物たちも動き出す。
一体のグレイブマウが真っ先に飛びかかった。
キラは身を低くする。
爪が頭上を通り過ぎる。
シュンッ!
水平に振るった一閃が、その首を切り裂いた。
キラはそのまま走り続ける。
一体のシックスレンダーが、側面から前脚を突き出す。
キラは身体をわずかに傾ける。
交差する一撃が、その顎の下を捉えた。
シュンッ!
シックスレンダーの身体が、キラの横で崩れ落ちた。
二体のグレイブマウが、同時に飛びかかってきた。
キラはその間へ跳び込む。
身体をひねる。
シュンッ! シュンッ!
一度の回転で、二本の首が同時に断ち切られた。
キラは勢いを殺すことなく着地する。
一体のシックスレンダーが顎を大きく開いた。
その口から、緑がかった液体が噴き出す。
キラは横へ跳ぶ。
毒液がアスファルトへ叩きつけられた。
ジュウウウッ!
路面が瞬く間に溶けていく。
キラはその隙を逃さない。
身体を滑らせるように怪物の横を抜ける。
シュンッ!
短い一閃が、その首元を断ち切った。
背後から別のシックスレンダーが現れる。
キラが身をかがめる。
グレイブマウの爪が頭上を通り過ぎた。
足を止めることなく、振り向きざまに刃を走らせる。
シュンッ!
グレイブマウの首が切断された。
右側から再び毒液が飛んでくる。
キラは跳躍する。
空中で、二本のショートブレードが交互に閃いた。
シュンッ! シュンッ!
一体のグレイブマウが首元から真っ二つに裂ける。
続く一撃がシックスレンダーの胸部を貫き、その身体をアスファルトへと弾き飛ばした。
キラが着地する。
そして、そのまま再び走り出した。
進路を塞ぐのは、まだ六体。
キラはその隙間へと突っ込み、同時に迫ってくる牙と爪をかわしていく。
両手のショートブレードが、一瞬たりとも止まらない。
シュンッ! シュンッ! シュンッ!
一体のグレイブマウから頭部が消し飛ぶ。
二撃目が、毒液を吐き出そうとしていたシックスレンダーの顎を断ち切る。
最後の一閃が、別のグレイブマウの前脚を薙ぎ払い、その巨体が大きく崩れた。
キラが身体を回す。
シュンッ!
怪物の首が、その場で断ち切られる。
二つの巨体が、ほとんど同時に地面へ落ちた。
左右から二体のシックスレンダーが飛びかかる。
キラはその間へ身を低くして滑り込む。
シュンッ! シュンッ!
距離を詰め切るよりも早く、二体の身体が切り裂かれた。
前方に残っていた最後のシックスレンダーが顎を開く。
口の奥に、緑色の光が集まり始めた。
だが、キラはすでに懐へ入り込んでいた。
右手のショートブレードが顎を斬りつける。
左手のショートブレードが後頭部を貫く。
シュンッ!
その身体が崩れ落ちる。
その背後から、最後の二体のグレイブマウが同時に飛びかかってきた。
キラは真正面から駆け出して迎え撃つ。
跳ぶ。
二本の刃が交差するように、一度の回転で振るわれる。
シュンッ! シュンッ!
二体の巨体が、キラとすれ違う瞬間に切り裂かれた。
通りは、ついに怪物たちの死骸で埋め尽くされた。
九体のグレイブマウも、九体のシックスレンダーも、一体たりとも立っているものはいない。
キラは通りの中央へ着地した。
薄い砂埃が、その足元をゆっくりと流れていく。
だが、その先から、はるかに巨大な何かが姿を現した。
倒れた怪物たちの身体の間に、ボーンハイドが立っている。
四足の巨体が頭を低くする。
その顎が、さらに大きく開いていく。
口の奥深くで、赤い光が集まり始めた。
次第に密度を増し。
さらに強く輝いていく。
キラがすぐさま顔を上げる。
ボーンハイドが攻撃を放った。
ブオオオオッ!
赤いプラズマが通りを埋め尽くすように一直線へと走る。
キラは跳躍した。
身体が高く舞い上がり、その真下を攻撃が通り過ぎていく。
プラズマはそのまま遥か後方へ突き抜けた。
ドォン!
建物の屋根が吹き飛ぶ。
ドォン!
さらに奥の建物までも貫通する。
攻撃はそのまま遠くへと進み続け、やがて小さくなり、彼方へ消えていった。
キラはまだ空中にいた。
身体を半回転させる。
両手のショートブレードが持ち上がる。
赤い瞳が輝いた。
そして、姿が消える。
シュンッ! シュンッ! シュンッ! シュンッ!
ボーンハイドの身体に、幾筋もの赤い線が走った。
キラの動きは、誰にも捉えられない。
ただ、交差する刃の閃光だけが残される。
次の瞬間、キラはボーンハイドの背後へ着地していた。
両足が地面に触れる。
そのまま両手を静かに下ろす。
身体が再びまっすぐに伸びた。
ボーンハイドは動かない。
一秒。
二秒。
やがて、その巨大な身体が支えを失う。
切り刻まれた身体が、ひとつ、またひとつと通りへ落ちていく。
ドサッ。
キラは両手のショートブレードを鞘へ収めた。
遠くから、再び何かがぶつかる音が響く。
ドン! ドン!
続いて、叫び声と、さらに別の戦闘音が地区の奥から重なって聞こえてきた。
キラが足を止める。
その音のする方へ顔を上げた。
まだ戦闘は続いている。
キラはそのまま、そちらへ向かって走り出した。
そして西部地区は、未だ静けさを取り戻してはいなかった。




