第九十二話
東部地区では、アストラヴェルの防衛線が崩れ始めていた。
それまで密集して立ち並んでいた兵士たちは、瓦礫の散乱する通りを後退していく。負傷した仲間を運ぶ者もいれば、ただ自分の身体の前に盾を構え続けるだけで精一杯の者もいた。
ディソナンスは、彼らに息をつく暇さえ与えない。
シールドベアラーの後方から、トルーパーが絶え間なく圧力をかけ続ける。連続する銃撃に追われ、アストラヴェルの兵士たちは建物の陰へと身を隠すしかなかった。その隙間を狙い、遠方からガンナーが次々と撃ち抜いていく。
バンッ!
店の入口の前で、一人の兵士が倒れた。
その数秒後、ヘビーが前へと躍り出る。
振り下ろされた斧が、行く手を阻む盾を叩きつけた。
ドガァン!
盾の表面に亀裂が走る。
「押せ!」
シールドベアラーたちが一斉に前進する。
その隙間をスペアマンが縫うように進み、アストラヴェルの兵士たちが陣形を突破する機会を一つ残らず塞いでいく。
その後方では、インシネレーターが再びノズルを持ち上げた。
エネルギーの炎が通りいっぱいに噴き出す。
まだその一帯に残っていた住民たちは、出口を求めて一斉に駆け出した。一軒の家に火が燃え移り、続いて隣の倉庫までも炎に包まれる。
それまで避難経路として使われていた路地からも、悲鳴が響き渡った。
アストラヴェルには、まだ兵力が残っている。
だが、その防衛線は少しずつ形を失いつつあった。
西部地区では、状況はさらに悪化していた。
都市公園へと続く交差点を、一団の兵士たちが必死に守っていた。
そこへ遠方からアーティレリストの砲撃が叩き込まれる。
爆発によって陣形が崩れた。
カスターが即座にその隙間へエネルギーの炎を撃ち込む。
一発。
二発。
三発。
アストラヴェルの兵列が、再び押し戻された。
「奴らを内側の地区へ入れるな!」
指揮官の声は、すでに掠れていた。
誰も答えない。
通りの向こうから、ディソナンスの兵士たちが煙の中を規則正しい足取りで近づいてくる。
赤いバイザーの一つとして、そこに迷いを示すものはなかった。
アストラヴェルは領域を失っていく。
少しずつ。
通りを一つずつ。
建物を一つずつ。
やがて兵士たちは、さらに奥へ退かなければならないかもしれないと悟り始めていた。
だが、誰かが命令を下すより先に。
足元の地面が、震え始めた。
誰もが動きを止める。
その振動は、地面の下から伝わってきていた。
一人の兵士が、ゆっくりと剣を下ろす。
「……何だ!?」
ミシッ。
通りの中央に、細い亀裂が走った。
逃げていた一人の住民が、目の前で突然地面が割れたことで、危うく足を取られそうになる。
ミシッ!
亀裂は石畳を伝い、周囲の建物の基礎へとまで伸びていった。
ディソナンスの兵士たちさえ、足を止める。
戦闘が始まって以来、初めてだった。
彼らの陣形が、すぐさま前進へ移らなかったのは。
再び、地面が震える。
何かが、地表を下から叩きつけた。
ズゥン!
通り全体が持ち上がる。
何人もの住民が悲鳴を上げ、慌ててその場から逃げ出した。
「全員、下がれ!」
アストラヴェルの兵士が叫び、警告する。
だが、遅かった。
地面が、上へ向かって弾け飛んだ。
瓦礫の下から、巨大な何かが姿を現す。
グレイブマウがその巨体で通りを叩きつけ、交差点一帯へ土煙を撒き散らした。近くにいた何人かは、その衝撃だけで吹き飛ばされる。
一人のトルーパーがライフルを構えた。
銃撃。
だが、グレイブマウは止まらない。
その巨体が前方へと突進する。
それまで微動だにしなかったディソナンスの陣列が、ついに大きく崩れた。
南部地区でも、別の亀裂音が響く。
ミシッ!
続いて、二度目。
ミシッ!
アストラヴェルの大地が、至る所で崩れ始めていた。
それまでディソナンスの軍勢から逃げることだけを考えていた住民たちは、今やどこへ向かえばいいのかさえ分からないまま、ただひたすらに走っていた。
倉庫の近くでも、再び地面が大きく開く。
そこから、シックスレンダーが素早い動きで姿を現した。
アストラヴェルの兵士の一人がそれを止めようとした。
だが、剣を完全に振り上げるよりも早く、シックスレンダーはすでに突進していた。
兵士の身体が弾き飛ばされ、そのまま壁へと叩きつけられる。
煙に覆われた通りに、悲鳴が響き渡った。
別の場所では、五人の兵士がボーンハイドと対峙していた。
その巨体は通りの中央に立ち、四方八方から攻撃を受けても動じる様子を見せない。
剣がその身体を叩く。
槍が突き込まれる。
だが、どれ一つとして貫くことはできなかった。
金属はその身体の表面に弾かれるだけだった。
ボーンハイドが身体を大きく振るう。
たった一度の攻撃で、五人の陣形が崩れ去った。
煙に覆われた地区の上空を、建物の間を縫うように一つの影が横切った。
一人の兵士が顔を上げる。
その影は一度旋回すると、そのまま急降下した。
ドレッドウィング。
鋭い爪が背後から一人の兵士を掴み、そのまま高空へと運び上げていく。
十メートル。
二十メートル。
三十メートル。
ドレッドウィングが、その手を離した。
身体が建物の間へ落下し、そのまま視界から消える。
それを目撃した人々が反応する暇さえなかった。
ドレッドウィングは再び旋回する。
今度の標的は、一人で逃げていた住民だった。
「やめろ――!」
ドレッドウィングの爪が男の身体を掴み、再び空へと運び上げる。
地上にいる人々に見えるのは、赤い空と煙の中で、次第に小さくなっていくその姿だけだった。
ドレッドウィングが手を離す。
身体は数十メートル下へと落下し、建物の屋根の向こうへ消えていった。
遠くから、何かが地面に叩きつけられる音が聞こえた。
一人の母親が、すぐさま我が子を抱き寄せる。
「見ちゃだめ」
そう言って、子供の顔を自分の胸へと押し当てた。
その通りの反対側では、一人の父親が二人の子供を連れて、半ば崩れ落ちた扉の向こうへと駆け込んでいく。
外で何が起きているのか、彼らには分からない。
ただ、隠れなければならない。
それだけは分かっていた。
なぜなら今や、アストラヴェルで人間を追い詰めているのは、ディソナンスの軍勢だけではなかったからだ。
戦争は、はるかに悪いものへと変わり始めていた。
アストラヴェル北部の外縁地区では、まだ様子が違っていた。
そこまでモンスターは到達していない。
だが、その静けさは、彼らが何も準備していないという意味ではなかった。
五基のレゾナンス砲が、異なる建物の屋上に設置されている。
北部の外縁地区全体に分散して配置されたそれぞれの砲は異なる方向へ向けられ、アストラヴェルへ続く開けた経路のほぼ全域を覆う防衛陣形を形成していた。
各砲座には、数人の兵士が配置されている。
砲身の機構を回す者。
レゾナンス・コアを点検する者。
そして別の者は操作パネルのそばに立ち、都市の外に広がる戦場から送られてくるエネルギーの数値を絶えず監視していた。
その屋上の一つで、操作を担当する兵士たちから少し離れた場所に、一人の男が立っていた。
その制服は、一般の兵士たちとは異なっている。
暗い色のショートコートが背中を覆い、肩と胸元に走る金属製のラインが指揮官としての階級を示していた。
彼は命令を出していない。
ただ屋上の縁に立ち、遠くを見つめていた。
アストラヴェルと外の大地を繋ぐ山道。
その先に、巨大なメルモラの母の姿がまだ見えている。
あまりにも遠い。
それでも、その大きさゆえに、そのシルエットは高い山々の間からはっきりと確認できた。
男は、すぐには視線を逸らさなかった。
数秒が過ぎる。
やがて、身体の脇に下ろしていた手が、ゆっくりと握り締められた。
胸の奥が重い。
何かに襲われるかもしれないという恐怖ではない。
もっと説明の難しい感覚だった。
まるで、あの遠くに立つ存在が、自分たちと同じ世界に存在していること自体がおかしい。
男はゆっくりと息を吸った。
だが、肺へ入ってくる空気だけでは足りないように感じた。
「いったい……俺は何を見ているんだ?」
背後にいたオペレーターが振り返る。
「隊長?」
男は答えなかった。
視線は、巨大なシルエットへ向けられたままだった。
「分からない」
指先に、わずかに力が入る。
「これは、俺が測れるような脅威じゃない」
男は言葉を止めた。
次に浮かんだ言葉が、なぜ自分の頭に浮かんだのか。
本人でさえ分からなかった。
「まるで……世界そのものが、何かを押し留めているみたいだ」
オペレーターも黙り込む。
男は瞬きすらせず、山々の向こうを見つめ続けていた。
「まるで、もし何かがもう少しだけ先へ動いてしまったら……」
一瞬、男の息が止まる。
「……すべてが、時を待たずして終わってしまうような」
返事はなかった。
自分自身、なぜそんな感覚を抱いたのか分からない。
ただ、隊長となって以来初めて、目の前にあるものを敵として見ることができなかった。
そもそも、それを「敵」という言葉だけで表していいのかさえ、確信が持てない。
やがて男は視線を、すでに準備を終えている五基のレゾナンス砲へと向けた。
「すべて、準備しておけ」
オペレーターがすぐに動き出す。
「今からですか、隊長?」
男は頷いた。
「何が起きようと、最後まで持ちこたえるぞ」
そこからそう遠くない場所に、地区内のいくつかの建物に挟まれるようにして、開けた広場が広がっていた。
その中央では、三人のアストラヴェル兵士が、設置を終えたばかりの巨大な装置を囲んでいる。
その構造物は、数メートルの高さまでそびえ立っていた。
下部は大きく開いた三本の金属脚によって支えられ、その中央のフレームには、結晶状のコアが収められている。
周囲のパネルには、まだ何本ものケーブルが接続されたままだった。
そのうちの一人が手袋を外す。
「終わった」
最後にもう一度、パネルを確認する。
「エネルギー経路、すべて接続済み」
二人目の兵士が額の汗を拭った。
「これで、ほぼ一時間もかけて作業したのに失敗したら、俺は設置に参加してないことにするからな」
三人目が小さく笑う。
「冗談はいい。さっさと起動しよう」
三人はそれぞれの位置についた。
そして、各自の手を操作パネルへ置く。
装置が低く振動し始めた。
ヴゥゥン……。
フレーム中央の結晶が、ゆっくりと光を帯びていく。
コアの内部から青い光が生まれ、それが金属フレームを伝って広がり、やがて構造物全体を満たしていった。
「レゾナンス・イージス・パイロン、起動」
三人が揃って空を見上げる。
青い光が、天へと伸びていく。
遠く離れた別の地区でも、三つの光が続けて現れた。
一つは東。
一つは南。
そして、もう一つは西。
四つの光点が、アストラヴェルの領域を取り囲むように立ち上がった。
数秒後。
四つの光点の間に、青い線が現れ始める。
それは壁ではなかった。
平面でもない。
幾本もの線が互いに繋がり合い、動き続ける五角形のようなパターンを形成しながら、ゆっくりと都市上空を覆っていく。
半透明の光が、さらに遠くへと広がっていく。
地区を越え。
建物を越え。
アストラヴェルの一部を取り囲む山々さえ越えて。
やがて、都市の上空に巨大なドームが形成された。
遠くから見れば、その青い光はほとんど視認できない。
それでもエネルギー層が形成され終わるたび、その表面には内側から照らされている薄いガラスのような輝きが走った。
一人のオペレーターが顔を上げる。
「バリア、形成完了」
隣にいた兵士がパネルを確認する。
「レゾナンス、安定しています」
少し間を置いてから、続けた。
「今のところは問題ありません」
その言葉の意味を説明する必要はなかった。
イージス・バリアは、無限に持続する防壁ではない。
四基のパイロンがエネルギーを供給し続けることで、その層を維持している。そして外部から攻撃を受けるたびに、その蓄積されたエネルギーは消耗していく。
もし受ける圧力が大きすぎれば……。
いずれ、バリアは崩壊する。
一人の兵士がすぐに広場を離れ、隊長のいる建物へ続く階段を駆け上がっていった。
しばらくして、その兵士が屋上へ姿を現す。
「隊長」
男が振り返る。
「イージス・バリア、起動しました」
「安定性は?」
「全地点、正常です。四基のパイロンも問題なく接続されています」
隊長は再び空を見上げた。
半透明のドームは、ほとんど見えない。
それでも、その表面では淡い青い線が静かに動き続けていた。
「よし」
返事は、それだけだった。
男がそれ以上何かを口にするより先に、遠くから音が響いてきた。
外の大地の方角から、重々しい轟音が近づいてくる。
その音は、秒を追うごとにはっきりと大きくなっていった。
隊長は再び山々へと身体を向ける。
遠くには、まだメルモラの母のシルエットが見えていた。
だが今度は、その足元で何かが動いている。
「どうやら、もう来たようだな」
建物の屋根の下には、北部の外縁地区が広く広がっている。
千人を超えるアストラヴェルの兵士たちが、各所の開けた場所に配置されていた。
一箇所に集まっているわけではない。
複数の小隊が主要道路の両側へ分散し、別の部隊は開けた広場や岩場、そしてカオス・タイドが通過すると予測された経路に陣取っている。
外部の領域から続く主要な道は二本。
しかし、アストラヴェル軍はその中央に立っているわけではなかった。
様々な場所へと分散している。
彼らは知っていた。
カオス・タイドは、一つの進路を選んで進む軍勢のようには来ない。
波のように押し寄せてくる。
そして、その波がアストラヴェルへ到達したとき……。
どこから先に呑み込まれるのか。
それを知る者はいなかった。
その千人を超える兵士たちの中でも、最前線に二つの人影が立っていた。
一人は女性の指揮官。
もう一人は男性の指揮官だった。
二人は何も話さない。
ただ、外の領域へ向かって立っていた。
遠くで、地面が震え始める。
次第に近くなる。
そして、その振動は次第に重くなっていった。
何人かの兵士が、武器を握る手に力を込める。
誰も動かない。
ただ、待っていた。
やがて山々の向こうから、黒い波が姿を現した。
最初は、岩場の間を動く影のようにしか見えなかった。
だが、その数はみるみるうちに増えていく。
一体。
数十。
数百。
群れは斜面を下り、アストラヴェルへ続く道を埋め尽くしていった。
そこに陣形はない。
規則性もない。
ただ、ゆっくりと大地を呑み込む波のように、前へ進み続けている。
先頭では、何体もの細身の生物が低い姿勢で走っていた。
ヴォイドリング。
四本の脚が、凍りついた肉を思わせる黒い身体を支えている。
頭部では、紫色のコアが地面を蹴るたびに脈動していた。
その後方では、タイド・ストーカーがより高い位置から進んでくる。
細長い身体に、不自然なほど伸びた四本の四肢。
刃のように長い爪が、動くたびに地面を擦っていた。
さらに奥では、何かが群れの中を浮遊している。
アビス・レイス。
細身の女性を思わせる姿。
その下半身は絶えず揺らめく霧のような尾へと溶けており、背後には細い触手のようなものが浮かんでいる。
顔には、目のような形をしたコアが光っていた。
そして、その群れの中に……ひときわ巨大な何かが動いている。
タイド・ベヒーモス。
低く重い身体は、骨と黒い肉が幾重にも重なったような姿をしている。
四本の脚が地面を踏みしめるたび、その重量によって土煙が舞い上がった。
身体の隙間からは、紫色の光が漏れ出している。
その周囲では、カオス・スポーンが不規則に動き回っていた。
人型をした身体はあまりにも細く、長い四肢の先端は鋭い形状へと変わっている。
中には身体の一部が本体から離れ、その周囲を浮遊しているものさえいた。
まるで、あの生物たちには物理法則そのものが適用されていないかのようだった。
頭部では、紫色のコアが光を放っている。
その数は、さらに増え続けていた。
アストラヴェルの兵士たちは動かない。
何人かが唾を飲み込む。
別の者は、武器をさらに強く握り締めた。
最前列では、一人の若い兵士が鼻からゆっくりと息を吸った。
「……多すぎる」
その隣には、重装の兵士が立っていた。
身体は通常の兵士よりも遥かに大きく、ほぼ全身を覆う分厚い鎧に包まれている。
大きな肩当てを装備し、両手には重量のある盾と長柄の武器を携えていた。
彼は何も言わなかった。
ただ、前方を見つめている。
斜面を下る足音が、次第にはっきりと聞こえてくる。
ズゥン。
ズゥン。
ズゥン。
地面が、ゆっくりと震える。
何人もの兵士の額に汗が浮かんだ。
暑さのせいではない。
まだ攻撃は始まっていない。
それでも、目の前に広がる異形の群れを見れば、誰だって平静に呼吸することは難しかった。
防衛線の建物の一つ、その屋上では、女性の指揮官が地区の外に広がる戦場を見つめていた。
風に煽られ、マントが揺れる。
彼女は剣を高く掲げた。
兵士たちの声が、次第に消えていく。
全員が待っていた。
指揮官はすぐには叫ばなかった。
視線は、なおも近づき続けるカオス・タイドの群れへ向けられている。
数秒が過ぎる。
五基のレゾナンス砲は、すでに標的を捉えていた。
オペレーターたちは操作パネルのすぐそばに指を置き、発射の瞬間を待っている。
誰も、まだ何も押さない。
女性指揮官が息を吸う。
「構え!」
その瞬間、全防衛線が動き出した。
兵士たちが武器を構える。
盾が一斉に持ち上げられる。
重装兵たちが数歩前へ出て、最前列へと位置を取った。
オペレーターたちが砲身を回す。
五つの砲口が、ゆっくりとカオス・タイドの群れへ向けられていく。
遠くで、タイド・ベヒーモスが頭を持ち上げた。
ヴォイドリングが走り始める。
タイド・ストーカーが続く。
距離が、少しずつ縮まっていく。
女性指揮官は、なおも剣を掲げたままだった。
「……まだだ」
兵士たちは、その場を動かない。
カオス・タイドがさらに近づいてくる。
百メートル。
八十。
六十。
何体かのヴォイドリングが、群れの本隊から離れ始める。
四十メートル。
指揮官が剣を下ろした。
「攻撃!」
叫び声が、防衛線全体に響き渡った。
「進め!」
千人を超える兵士たちが、それぞれの配置から一斉に走り出す。
開けた戦場へ、幾重もの攻撃の波が広がっていく。
「レゾナンス砲!」
五人のオペレーターが同時に操作パネルを押した。
五基のレゾナンス砲が、一斉に起動する。
砲身の内部を青い光が満たした。
次の瞬間――。
ズドォォォン!
五発のレゾナンス弾が、同時に前方へと放たれた。
弾丸とは違う。
圧縮された青いエネルギーが、凝縮されたプラズマとなって前方へ撃ち出され、その軌道に沿って空気を歪ませていく。
衝撃波が戦場を駆け抜ける。
土煙が舞い上がる。
大地が震える。
砲口の前では、放出されたエネルギーの圧力によって空気そのものが湾曲して見えた。
最初の一撃が、ヴォイドリングの群れを直撃する。
青白い光の爆発が最前列を薙ぎ払った。
何体ものカオスが大きく弾き飛ばされ、そのうちの一部は二度と立ち上がらなかった。
だが、それでも波は止まらない。
タイド・ストーカーが、仲間の残骸を踏み越えるようにして突進してくる。
次の砲撃が、その前方の地面へ叩き込まれた。
衝撃波が何体もの魔物を空中へと吹き飛ばす。
アビス・レイスもまた、エネルギーの奔流に巻き上げられ、煙の中を旋回するように舞った。
それでも、再び宙へと浮かび上がる。
だが、タイド・ベヒーモスは前進を続けていた。
巨大な身体が、戦場を覆う土煙を突き抜ける。
青い砲撃の一発が、その胸部へ直撃した。
身体の表面で光が弾ける。
巨体が数メートル押し戻された。
しかし、それでも倒れない。
「まだ生きてる!」
アストラヴェルの兵列から叫び声が上がった。
もう次の砲撃を待っている時間はない。
カオス・タイドは、すでに目前まで迫っていた。
「うおおおおっ!」
ついに、アストラヴェル軍と最初の波が衝突した。
一人の兵士が、突進してきたヴォイドリングへ槍を突き出す。
魔物は身を翻してそれを躱し、横から爪を振るった。
だが、その前に盾が身体へ叩き込まれた。
続く二人の兵士が、同時に武器を突き込む。
ヴォイドリングが地面へ倒れた。
別の場所では、タイド・ストーカーが最前列を飛び越える。
四本の四肢が、まるで刃のように動いた。
一人の兵士が最初の攻撃を剣で受け止める。
だが、続く一撃が盾を打ち、身体が大きくよろめいた。
三度目の攻撃が、首元を掠めそうになる。
バキィッ!
横から飛び込んできた重装兵が、重量武器をタイド・ストーカーへ叩きつけた。
魔物の身体が弾き飛ばされる。
「押し返せ!」
後方にいた兵士たちがすぐさま前進し、開いた場所を奪い返していく。
その頭上を、アビス・レイスが防衛線を越えて浮遊する。
背後から伸びる細い触手が数人の兵士を薙ぎ払い、彼らをよろめかせた。
一人のカスターが杖を掲げる。
「今だ!」
エネルギー弾がレイスの身体へ叩き込まれる。
魔物の身体が空中で回転した。
二人の兵士がすぐさま同時に武器を撃ち放つ。
光がその身体を走る。
アビス・レイスが後方へ退いた。
だが、その背後からすでにカオス・スポーンが突破してくる。
一体が防衛線へ飛び込んだ。
盾が一斉に持ち上がる。
激突の衝撃で、三人の兵士が後方へ押し戻された。
「陣形を崩すな!」
重装兵が再び前へ出る。
自らの身体でカオス・スポーンの攻撃を受け止め、そのまま重量武器を叩きつけて地面へと沈めた。
しかし、周囲のあらゆる衝突音をかき消すほどの、さらに重い足音が響く。
ズゥン。
一歩。
ズゥン。
二歩目。
ついにタイド・ベヒーモスが最前線へ到達した。
その前に立つ兵士たちが、ゆっくりと顔を上げる。
土煙の向こうから、巨大な身体がそびえ立っていた。
骨と肉の隙間から、紫色の光が明滅している。
魔物が咆哮を上げた。
その声だけで、大気が震える。
兵士たちが盾を構え直す。
「耐えろ!」
タイド・ベヒーモスが突進する。
ズドォン!
激突の衝撃が、前線全体を揺さぶった。
盾が一斉に跳ね上がる。
何人もの兵士が後方へ押し飛ばされ、その一部は地面へ倒れ込んだ。
だが、第二列がすぐに前へ出て、陣形が完全に崩れる前に生じた隙間を埋めていく。
タイド・ベヒーモスは止まらない。
再び身体を持ち上げ、突進の構えを取る。
防衛線の後方では、五基のレゾナンス砲が再び旋回していた。
内部のコアが光を帯び始める。
砲身の中へ、青い光が再び集束していく。
砲の前方では、すでに数千もの兵士とカオスの群れが、一つの戦場に入り乱れていた。
もはや明確な前線は存在しない。
武器と爪。
光と足音。
それらすべてが、煙の中で激しくぶつかり合っている。
アストラヴェルはついに、カオス・タイドの第一波を受け止めた。
だが、その波の向こうでは……。
なおも数千もの魔物が、山々から次々と下り続けていた。




