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第八十話

ラインマーはしばらくの間、ケイルをじっと見つめていた。


やがて、小さく息を吐く。


「ケイル」


その声色が静かに変わる。


「もし最初からすべてを知っていたら……お前はどうしていたと思う?」


ケイルは眉をひそめた。


「勉強します」


「何を学ぶ?」


「自分の力の使い方です」


その答えに迷いはなかった。


「もっと強くなります」


ラインマーは静かに視線を落とす。


「その先は?」


「大切な人たちを守ります」


答えはあまりにも素直だった。


拍子抜けするほどに。


ラインマーは再び顔を上げる。


「ならば、よく聞きなさい」


その声には先ほどまでとは違う重みが宿っていた。


「私たちが恐れていたのは、お前の力そのものではない」


ケイルは黙って耳を傾ける。


「その力を、お前が使った先に待つものを恐れていたんだ」


ラインマーはゆっくりと息を吸った。


「なぜなら、お前はただ強大な力を持つ子どもではない」


「お前は――」


そこで一度言葉を切る。


「……最後の悪魔なんだ」


その瞬間、ケイルの瞳が大きく見開かれた。


全身が強張り、思考が数秒間止まってしまったかのようだった。


「……え?」


ケイルはわずかに俯く。


「最後の……悪魔?」


自分の両手のひらを見つめる指先が、小さく震えていた。


まるで、そこにずっと隠されていた何かを探すように。


「ああ」


ラインマーの声は静かだった。


「悪魔だ」


その言葉は、どこか現実味がなかった。


それなのに、不思議と胸の奥では、長い間失われていた答えの欠片がようやく見つかったような感覚があった。


「じゃあ……どうしてお父様とお母様は、それを知っていたんですか?」


ラインマーは静かに息をつく。


「お前が生まれて間もない頃だ」


ケイルは再び視線を向ける。


「あの日の昼、お前はエアリンとアステリアと一緒にいた」


ラインマーの眼差しがわずかに遠くなる。


遠い過去の出来事を思い返すように。


「そこへ、カストディアンが現れた」


ケイルは息をのむ。


「一匹の狼だった」


ケイルの指先がぴたりと止まる。


狼。


なぜだろう。


その姿には、言いようのない懐かしさがあった。


「そいつは言った。お前の中には何かが宿っていると」


ラインマーは続ける。


「ただ強い力があるという話ではない」


「お前の中には、二つの異なる意識が存在していると」


ケイルは眉を寄せる。


「二つの……意識?」


「一つ目は、王だ」


その言葉に、ケイルは息を止めた。


王。


ぼんやりとした記憶が脳裏をよぎる。


それは赤ん坊だった頃のものではない。


もっと後になってからの記憶だった。


青みがかった模様をまとった、大きな白い狼。


獣とは思えないほど深く、すべてを見透かすような眼差し。


そして会うたびに、その狼はいつも同じ言葉を口にしていた。


――王。


誰のことを指しているのか、ケイルにはずっとわからなかった。


自分を王だと思ったことなど、一度もなかったからだ。


「もう一つは?」


ケイルの問いに、ラインマーはゆっくりと首を横に振る。


「それが何者なのか、あるいは何なのか……あいつにもわからなかった」


ケイルは黙り込む。


「ただ、その二つ目の意識は、いつの日かこう呼ばれるだろうと言っていた」


ラインマーはそこで言葉を止めた。


「……終焉、と」


ケイルはわずかに目を細める。


終焉。


その言葉は奇妙な響きを持っていた。


だが今になって、頭の中で点と点が少しずつ繋がり始める。


王。


終焉。


悪魔。


再び、自分の両手へと視線を落とした。


「じゃあ……最後の悪魔というのは……」


ラインマーは静かに頷く。


「それが、あの者たちがお前という存在について理解していたことだ」


それ以上、ラインマーは語ろうとはしなかった。


「そして、その日からお父様とお母様は知ったんだ。お前の中には、決して普通の力とは呼べないものがあると」


ケイルは黙り込む。


ラインマーはまっすぐに見つめながら続けた。


「だからこそ、私たちはお前の力を封印した」


「お前を弱いと思っていたからじゃない」


「お前の中に眠る何かが目覚めたとき、何が起こるのかわからなかったからだ」


ケイルは静かに息を吸う。


「でも……どうしてですか?」


ラインマーは答えなかった。


沈黙が続くにつれ、ケイルの胸には焦りが募っていく。


「もし僕が本当に最後の悪魔なら、どうしてそんなに恐れる必要があるんですか?」


それでもラインマーは黙ったままだった。


「僕なら制御する方法を学べます」


「お前はわかっていない」


「学べます!」


ケイルの声が大きくなる。


「僕は小さい頃からずっと努力してきたんです!」


拳を強く握り締める。


「何度も失敗したことくらい、自分が一番わかっています。でも、もし本当に僕の中に何かがあるなら、どうして一度も、それを使いこなす機会を与えてくれなかったんですか!」


ラインマーは静かに背筋を伸ばした。


「問題は、お前がそれを制御できるかどうかではない!」


ついに、その声が鋭く響く。


ケイルは言葉を失った。


「強くなれば、すべて解決するとでも思っているのか?」


鋭い眼差しがケイルを射抜く。


「封印を解けば、そのあとも今までと同じ人生を送れると思っているのか?」


ケイルは答えられない。


「誰も、お前を以前と同じようには見なくなる」


ラインマーの息遣いは重かった。


「お前が化け物になるからではない」


ゆっくりと首を横に振る。


「お前という存在が、お前の想像をはるかに超える意味を持ってしまうからだ」


ケイルはなおも、その言葉を理解しようとしていた。


「それでも……選ぶのは僕です」


「世界がお前に、その選択を許すと思うのか?」


その問いに、ケイルは押し黙る。


ラインマーは一瞬だけ視線を落とした。


「お前が何者なのかを人々が知った瞬間、お前の人生はもう、お前だけのものではなくなる」


声は静かだった。


「奴らはやって来る」


「お前の力を求める者もいる」


「お前を恐れる者もいる」


そこで一度、言葉を切る。


「そして、その中には、お前が自分の中にあるものを理解する前に、お前を殺そうとする者もいるだろう」


ケイルは唇を強く噛んだ。


「でも、僕が強くなれば……」


「違う」


ラインマーは言葉を遮る。


「強さがあれば、誰かを救えるとは限らない」


その一言は、先ほどまでのどの言葉よりも重く響いた。


「そして、そのことを誰よりも知っているのが、お父様だ」


ケイルは黙ったままだった。


ラインマーは拳を握り締める。


「お前は、お父様の力を見てきただろう」


自らを指し示すように、小さく胸へ手を向ける。


「お父様に何ができるのかも知っている」


「そして、お母様がそれ以上に強い存在であることも」


乾いた笑みが漏れた。


「それほど強いのなら、すべてを守れて当然だと思うだろう?」


しばらく沈黙が流れる。


「だが、この世界はそんなふうにはできていない」


ケイルは静かに見つめ続けた。


ラインマーは視線を逸らす。


「お父様はかつて、一軍を率いるだけの力を持っていた」


その声は少しずつ低くなっていく。


「それでも、守れなかった者たちがいた」


静寂が部屋を包む。


「誰もが勝利を疑わなかった戦場にも立った」


握っていた拳がゆっくりとほどけていく。


「それでも、帰って来られなかった者はいた」


ケイルはもう口を挟まなかった。


「だから、ただ強くなればいいなどとは言わないでくれ」


ラインマーは再びケイルを見つめる。


「お父様も、かつてはそう信じていた」


しばらく、二人の間に沈黙だけが流れた。


やがてラインマーは長く息を吐く。


「お前には、同じ代償を払ってほしくないんだ」


ケイルは深く俯いた。


まだ、何一つ受け入れられない。


最後の悪魔。


封印された力。


そして、自分には一度も知らされることのなかった未来。


それでも、胸の奥にはなお引っかかる疑問が残っていた。


「だったら……」


ケイルはゆっくりと顔を上げる。


「どうして、お父様とお母様は、僕が二人と同じような人生を歩むことを、そんなにも恐れているんですか?」


ラインマーは答えず、ただ静かに沈黙した。


ケイルは黙って続きを待った。


「……お父様は、お前と同じくらいの年頃の子どもたちが、人生を生きる間もなく命を落としていく姿を、あまりにも数多く見てきたからだ」


ラインマーの声に熱がこもる。


ケイルは息をのんだ。


「本来なら学び、笑い、家へ帰るはずだった子どもたちが、戦場に立っていた」


その拳が強く握られる。


「彼らは強かった。鍛え続け、戦い続けた」


呼吸は次第に重くなっていく。


「十分に強くなりさえすれば、生き残れると信じていた」


その言葉に喜びは微塵もない。


「それでも……一人、また一人と命を落としていった」


ラインマーは静かに目を伏せた。


「お父様も、かつては同じことを考えていた」


視線をまっすぐ前へ向ける。


「自分がもっと強ければ、皆を救える」


握っていた指先がゆっくりとほどけていく。


「正しい判断を下せば、皆が無事に帰ってこられる」


そこで一度言葉を切った。


「もっと優れた指揮官になれれば、誰も大切な人を失わずに済むと」


その微かな笑みは、いつの間にか消えていた。


「……だが、お父様は間違っていた」


風が木々の間を静かに吹き抜ける。


「何年も共に歩んできた仲間を失った」


声が一瞬だけ詰まる。


「中には……」


ラインマーは深く息を吸った。


「……今でも忘れられない者がいる」


ケイルは何も言わず、その言葉を受け止める。


「顔も覚えている」


ラインマーの視線は遠くを見つめていた。


「声も覚えている。お父様の名を呼ぶ声も、今でも耳に残っている」


小さく喉を鳴らす。


「そして、お父様は今でも覚えている。あの日、彼らが帰ってこなかったことを」


再び沈黙が訪れる。


「戦争だったから仕方がないと、そう言うことはできる」


ラインマーは静かに首を横へ振った。


「他に道はなかったと、そう言うこともできる」


わずかに俯く。


「だが、それで心が軽くなったのかと聞かれれば……」


言葉が途切れる。


「ならない」


その声は再び強さを帯びた。


「少しも、軽くなどならない」


ケイルは父を見つめていた。


その瞬間、初めて気づく。


皆が語る、揺るぎない強者の姿ではない。


失ってしまった人々を、今なお胸に抱え続けている、一人の父親の姿だった。


「だから、お前を見るたびに……」


ラインマーは長く息を吐く。


「お父様たちが見ているのは、強くならなければならない子どもじゃない」


ゆっくりとケイルへ顔を向ける。


「お前は、私たちの息子なんだ」


その声は穏やかさを取り戻していた。


「いつかこんな場所で、お前の顔を思い浮かべながら、『どうすれば生かしてやれたのだろう』と悔やむような日を、お父様は迎えたくない」


ケイルは言葉を失った。


ラインマーはしばらく静かに見つめる。


「マリアーネは、お父様以上に怯えている」


薄く笑みを浮かべる。


だが、その瞳は少しも笑っていなかった。


「あの人は、あまりにも多くの可能性を見てしまった」


視線を落とす。


「だから、お前を見るたびに考えるのは、お前がどれほど強くなるかじゃない」


静かに続ける。


「ただ、お前が生きていてくれれば、それでいいと願っている」


沈黙。


「……お前が生まれる前から」


ラインマーは長く言葉を止めた。


次の一言を口にすること自体が苦しいかのように。


「……お母様は、三人の子どもを失っている」


ケイルの身体がゆっくりと固まる。


「……三人も?」


ラインマーは視線を向けなかった。


「そのたびに、お父様は見てきた」


拳を再び握り締める。


「どれほど苦しくても、あの人が立ち上がろうとしていた姿を」


深く息を吸う。


「だから、お前がようやく生まれてきてくれたとき――」


その声は震えるほど静かだった。


「お前が生きていてくれること以上に大切なものなど、私たちには何一つなかった」


ケイルの胸に積み重なるものは、さらに重くなっていく。


ラインマーはゆっくりと顔を覆い、静かに撫で下ろした。


「お父様たちのやり方が正しかったとは思っていない」


その声は再び落ち着きを取り戻す。


「お前には、あまりにも多くのことを隠してしまった」


小さく息を吐いた。


「だが、決して勘違いしないでほしい」


ラインマーはまっすぐケイルを見つめる。


「お前を弱いと思ったから、力を封じたわけじゃない」


その瞳に宿るのは、父親としての揺るがない想いだった。


「いつか、この世界がお前を私たちから奪ってしまうことが、ただ怖かったんだ」


ケイルは何も答えられなかった。


しばらくの間、ラインマーはただ隣に座っている。


もう怒鳴ることもなければ、説明を続けることもない。


ただ二人だけが静かな時間を共有し、その間には、今ようやく明かされた真実が、あまりにも重く横たわっていた。


やがてラインマーは、そっとケイルの右肩に手を置く。


「……すまなかった」


ケイルはすぐには返事をしない。


「お前に、自分は何もできない人間なんだと思わせたまま育ててしまった」


ラインマーは、かすかに微笑んだ。


「……お父様は、怖がりすぎていたのかもしれない」


そう言って、小さく笑う。


「それに……きっと、お父様は最後まで、本当の意味で良い父親になる方法なんてわからなかったんだろう」


ケイルは何も言わなかった。


ラインマーは静かに手を伸ばす。


その手は途中で一度止まり、それからそっとケイルの頭へと触れた。


ケイルはわずかに目を見開く。


ラインマーは一度だけ優しく髪を撫で、そのまま手を頭の上に置いた。


「一人で答えを探させてしまって、すまなかった」


穏やかな笑みが浮かぶ。


「そして、お前は十分じゃないんだと思わせてしまったことも、本当にすまない」


それでもケイルは何も言わない。


「だけど……」


ラインマーは静かに息を吐く。


「お前について、一度も疑ったことがないものがある」


優しく頭をぽんと叩く。


「それは、お前の努力だ」


ケイルは少しだけ顔を上げた。


「お父様は遠くから、お前が鍛錬している姿を何度も見ていた」


「転んでも、お前は必ず立ち上がった」


「木剣が重すぎて持ち上げられなかった頃でさえな」


小さく笑みをこぼす。


「何度も止めに行こうと思った」


くすりと笑う。


「でも、そのたびに、お前はもう立ち上がっていた」


ラインマーの眼差しは柔らかかった。


「だから、お父様がお前を信じていなかったなんて、決して思わないでほしい」


やがて、その手は静かに頭から離れる。


「お父様は、ただお前を失うのが怖かっただけなんだ」


ケイルはなおも父を見つめていた。


ラインマーもまた、その視線を静かに受け止める。


「全部を知った今でも、お父様に失望しているのなら……」


小さく肩をすくめた。


「それでも構わない」


穏やかな笑みが戻る。


「お父様は、その気持ちを受け止めるべきだからな」


ケイルは何か言おうと口を開きかけた。


だが、言葉は出てこなかった。


ラインマーは再びレプリカ・ツリーへと視線を向ける。


「お父様から、お前に一つだけ願いがある」


少し間を置いて続けた。


「私たちが隠してきたことのせいで、自分自身を嫌いにならないでくれ」


その声は静かだった。


「そして、世界がお前に望むからという理由だけで、自分を何かに縛る必要もない」


色づき始めた夕空を見上げる。


「いつか、お前が自分の道を選ぶ日が来たなら……」


かすかに微笑む。


「それがお前自身の望む道だから選んでほしい」


「お父様に何かを証明するためではなく」


再び静寂が訪れる。


けれど今度の沈黙は、先ほどまでとは違っていた。


秘密を抱えた者同士の隔たりではない。


長いあいだ積み重なっていた壁が、少しずつ崩れていくような静けさだった。


ラインマーはゆっくり息を吐く。


「もう遅いのかもしれない」


そう呟いてから、ケイルへ振り向く。


「それでも、お父様はこれから、もっと良い父親になりたい」


ケイルは答えなかった。


ただ、変わらず隣に座っていた。


それでも、この日初めて。


もう次の答えを探さなければならないとは思わなかった。


膝の上で握り締めていた手が、ゆっくりと力を抜いて開かれていく。


不思議だった。


さっき頭に触れられたあの温もりが、長いあいだ心の奥底に沈んでいたものを静かに呼び覚ましていた。


一つの記憶。


この人生のものではない。


静かな雨が降っていた。


幼い少年が、二つの墓石の前に一人で立っている。


まだ五歳。


少し大きすぎる黒い喪服に身を包み、小さな両手で服の裾をぎゅっと握り締めていた。


そこには誰もいない。


手を引いてくれる人も。


名前を呼んでくれる声も。


墓地の木々を打つ雨音だけが、静かに響いていた。


少年は目の前の二つの墓石を見つめる。


そこには、両親の名前が刻まれていた。


あの頃の彼は、喪失というものをまだ理解できてはいなかった。


ただ、一つだけわかっていたことがある。


いつも家に帰ると迎えてくれた人たちは、もういない。


そして、もう二度と帰ってこない。


少年は長いあいだ、その場に立ち尽くしていた。


決して訪れるはずのない何かを待ちながら。


やがて、静かに俯く。


たった一人で。


ケイルはゆっくりと目を開けた。


夕暮れの光はまだ目の前に広がっていたが、その色は先ほどよりもずっと淡くなっていた。


隣に座るラインマーへと視線を向ける。


しばらく何も言わない。


ただ、かつて家族だった二人の面影を思い返していた。


そして、不意に気づく。


これまで一度も真剣に考えたことのなかったことに。


この人生は、誰かの代わりではない。


ラインマーは、亡くなった父親の代わりではない。


マリアーネも、亡くなった母親の代わりではない。


二人は、今の自分の家族なのだ。


そして、この人たちもまた、ずっと同じ恐れを抱えて生きてきた。


愛する者を失うことへの恐れを。


「……お父様」


ラインマーが振り向く。


ケイルは静かに息を吸った。


「僕は、お父様を憎んでなんかいません」


ラインマーは何も言わない。


「お母様のことも、憎んでいません」


ケイルはまっすぐ前を見つめた。


「僕はただ……」


ケイルは少し言葉を探すように口を閉じた。


「ただ、普通の子どもみたいに生きたかっただけなんです」


ラインマーは何も言わずに耳を傾ける。


「遅れを感じることなく学びたかった」


「何かに挑戦するときも、『やっぱり僕には無理なんじゃないか』なんて考えずに済むようになりたかった」


ケイルは小さく微笑んだ。


「それに、自分の家族のことくらいは……今日みたいに全部が明らかになるまで待つんじゃなくて、ちゃんと知っていたかった」


ラインマーは静かに俯く。


「……すまない」


ケイルはゆっくりと首を横に振った。


「もう大丈夫です」


そう言って父のほうを見る。


「理由は、ちゃんとわかりましたから」


ラインマーはしばらく黙っていた。


「それでも」


ケイルは穏やかに続ける。


「また何か隠し事をしたら、そのときはちゃんと怒ります」


ラインマーは目を瞬かせた。


そして、小さく笑う。


「それはもっともだな」


ケイルもつられて微笑んだ。


しばらくの間、二人は肩を並べて座っていた。


もう質問はない。


無理に答えを探す必要もなかった。


遠くでは、レプリカ・ツリーが静かに佇んでいる。


淡い桃色へと染まった葉が、風に揺れてさらさらと音を立てていた。


ケイルはその姿を静かに見つめる。


すると、不意に前世で抱いた感情が胸によみがえった。


孤独。


喪失。


帰る場所を失ってしまった者だけが知る、あの空虚な感覚。


もう、二度と味わいたくはなかった。


自分自身も。


そして、今の家族にも。


「お父様」


「ん?」


「いつか、本当にそれらすべてと向き合う日が来たら……」


そこで一度言葉を区切る。


「僕は、僕自身のやり方で向き合いたい」


ラインマーは静かに振り向いた。


「でも、お父様たちを失いたくもありません」


ラインマーの口元に穏やかな笑みが浮かぶ。


「本当に、お前は頑固な子だ」


ケイルは少し眉を上げた。


「それって、お父様譲りじゃないですか?」


ラインマーは声を上げて笑う。


「……そうかもしれんな」


陽はさらに傾いていく。


二人の影は地面の上に長く伸び、空もゆっくりと夕闇の色へ染まり始めていた。


ラインマーは背をベンチにもたせかける。


ケイルも同じように身体を預けた。


それから先、二人の間に言葉はなかった。


けれど、その沈黙を埋める必要はもうどこにもなかった。


ただ静かに、同じ時間を過ごす。


父と子として。


そして今は、それだけで十分だった。

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