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第六十六話

仮面の人物は、なおもこちらへ近づいてくる一団を静かに見据えていた。


「ふむ」


一度だけ剣を軽く振るうと、そのまま腰へ納める。


「お前は行け」


「俺には俺の予定がある」


女は何も問い返さなかった。


「……わかりました」


その背後に、血のように赤い四本の光線がふっと灯る。


四本の光は互いに結びつき、星形の門を形作った。


周囲の空気が微かに震える。


ロナンを肩に担いだまま、女はその門の中へと足を踏み入れた。


次の瞬間――


赤い光は音もなく閉じ、まるで最初から存在しなかったかのように消え去る。


それとほぼ同時に、カイデン・アークライトの車両が滑るように到着し、その場から数メートル手前で静止した。


機体下部を覆っていたエネルギーの層が、ゆっくりと光を失っていく。


仮面の人物は小さく息を吐いた。


「残念だ」


「お前たちみたいな客を相手にしている時間はない」


車両のドアが開く。


ヴィナとロッキーはほとんど同時に飛び降りた。


「ミレイヤ先輩!」


二人は壁際に倒れ込んでいるミレイヤのもとへ駆け寄る。


ロッキーが左側から体を支え、ヴィナは反対側の腕を抱えた。


「その顔……!」


「そんなに騒ぐな……」


荒い息をつきながらも、ミレイヤはかすかに微笑む。


「……まだ、生きてるから」


その一方で――


カイデン・アークライトは一言も発することなく車両から降り立った。


足取りは静かだった。


片手に握ったハンドガンを、ゆっくりと正面へ向ける。


仮面の人物がちらりと視線を向けた。


「止めるつもりなら――」


ビシュッ!


青い閃光が走り、その言葉を途中で断ち切る。


仮面の人物は、ほんのわずかに首を傾けただけだった。


エネルギー弾は仮面の脇をかすめ、そのまま背後の石壁へと突き刺さる。


ドンッ――と鈍い衝撃が響き、粉塵が通路いっぱいに舞い上がった。


束の間、静寂がその場を包む。


仮面の人物は、撃ち抜かれそうになった仮面の縁を指先でそっとなぞった。


「……なるほど」


口元がわずかに吊り上がる。


「どうやら、お前たちは前置きを好まないタイプらしい」


紅い瞳が数秒間、カイデン・アークライトをじっと見据える。


「なら――」


「……追いついてみろ」


その姿が唐突に消えた。


消失したわけではない。


あまりにも速く駆け出したせいで、通路には残像だけが一筋の影となって駆け抜けていく。


エレナ・ヴォスは即座に反応した。


「待て!」


その身もまた一気に駆け出す。


一瞬のうちに、二つの影は暗い通路の奥へと消えていった。


カイデン・アークライトはすぐには動かなかった。


わずかに振り返り、ヴィナとロッキーへ視線を向ける。


「彼女を外へ連れて行け」


ミレイヤを支えたまま、ロッキーが困惑したように目を瞬かせる。


「……外って?」


「この車はどうするんだ?」


カイデン・アークライトは静かに浮かぶ車両へ向かって手をかざした。


機体表面のいくつもの青いパネルが次々と点灯する。


「オートドライブを起動」


「地上までのルートは設定済みだ」


「この車両が自動でお前たちを運ぶ」


ヴィナは車両を見つめ、それから再びカイデン・アークライトへ視線を戻した。


「……えっ?」


だが、その頃にはもう背を向けている。


返事を待つこともなく。


それ以上説明を加えることもなく。


そのまま一気に加速し、エレナ・ヴォスの後を追って暗い通路へ飛び込んでいった。


残されたのは、彼が駆け抜けた風だけだった。


再び静寂が訪れる。


ヴィナとロッキーは、その場に立ち尽くしていた。


二人に支えられたミレイヤは、意識を失いかけながら辛うじて体を預けている。


三人はしばらく無言で顔を見合わせた。


ロッキーがごくりと唾を飲み込む。


「……あいつって」


「……いつもあんな感じなのか?」


黒い影は、やがて足を止めた。


石床にブーツの底が軽く擦れる音を響かせながら、今しがた駆け抜けてきた通路へと振り返る。


ほどなくして――


曲がり角の向こうから二つの人影が姿を現した。


先に足を止めたのはエレナ・ヴォスだった。


手にした剣を改めて構え直し、その視線は正面の仮面の人物から一瞬たりとも離れない。


その隣では、カイデン・アークライトがハンドガンをまっすぐ相手へ向けていた。


銃口は微動だにしない。


「もう逃げ場はない」


カイデン・アークライトの声は落ち着いていた。


「この先に出口はない」


「なら――」


「……ここで終わらせる」


仮面の人物は、ただわずかに首を傾ける。


カイデン・アークライトは再び口を開いた。


「お前は何者だ?」


目を細める。


「いや……」


「それよりも、お前たちはアゼンティナム・レルムで何をしている?」


「集められたモンスター。」


「攫われた冒険者。」


「異常なレゾナンス。」


「こんなものが、ただの偶然で片付くはずがない」


静寂が再び通路を包み込んだ。


「お前たちには目的がある」


カイデン・アークライトはハンドガンのグリップを握る手に力を込めた。


「答えろ」


「お前たちは何者だ?」


仮面の人物は静かに息を吐く。


「ずいぶん質問が多いな」


その声色は相変わらず淡々としていた。


「残念だが――」


「……そのどれにも答える義務はない」


一歩だけ横へ移動する。


「それに」


「今日の俺の任務は、お前たちを止めることじゃない」


「戦いに時間を費やすことでもない」


「俺には、もっと重要な仕事が残っている」


エレナ・ヴォスは眉をひそめた。


「だったら、どうして私たちをここまで誘い込んだ?」


仮面の奥で、口元がわずかに笑みを浮かべたように見えた。


「それは――」


「……お前たちが、あまりにも簡単についてきたからだ」


左手がゆっくりとローブの中から姿を現す。


その指先には、小さな円筒状の装置が握られていた。


赤く鈍く光る起爆スイッチ。


カイデン・アークライトの瞳孔が鋭く収縮する。


「……エレナ」


視線が通路全体を素早くなぞる。


そこでようやく気づいた。


石壁に映る、かすかな反射光。


結晶ではない。


通路のあちこちに貼り付けられた、小型の装置だった。


爆薬。


「……下がれ!」


遅かった。


仮面の人物は親指をゆっくりと起爆スイッチへ乗せる。


「また会おう――」


「……別の機会にな」


カチッ。


最初の爆発が通路を揺るがした。


ドォォォンッ!!


続いて二発目。


三発目。


四発目。


わずか数秒のうちに、連鎖するように爆発が通路全体へと広がっていく。


ドォン! ドォン! ドゴォォン!!


石壁が崩れ落ちる。


天井が砕け散る。


カイデン・アークライトとエレナ・ヴォスの足元には巨大な亀裂が走った。


大地が激しく揺れる。


「カイデン!」


エレナ・ヴォスは後方へ跳ぼうとする。


しかし、その足場は先に砕け散った。


通路全体が崩落する。


巨大な岩塊が二人を巻き込みながら奈落へと落ちていく。


カイデン・アークライトの体勢が崩れた。


咄嗟にエレナ・ヴォスへ手を伸ばす。


だが、二人の距離はみるみる離れていった。


闇。


舞い上がる土煙。


耳をつんざく崩落音。


そして――


二人の姿は、通路の下に広がる深い闇へと完全に飲み込まれた。


仮面の人物は、新たに生まれた巨大な裂け目の縁に立ったまま、その底を数秒間見下ろえていた。


音は聞こえない。


動く気配もない。


あるのは、奈落を覆う深い闇だけ。


やがて何事もなかったかのように背を向ける。


表情一つ変えぬまま、その場を後にした。


振り返ることは、一度としてなかった。


カイデン・アークライトとエレナ・ヴォスは、なおも暗闇の中を落ち続ける。


周囲では巨大な岩が次々と落下し、通路の壁へ激突しては無数の破片を飛び散らせていた。


数秒後――


ドスッ。


カイデン・アークライトは片膝をついた姿勢で先に着地し、衝撃を受け流す。


その隣では、エレナ・ヴォスが空中で軽やかに身をひねり、両足で静かに石床へ降り立った。


土煙がゆっくりと狭い通路へ広がっていく。


空気が違う。


カニバルの唸り声は聞こえない。


モンスターの足音が反響することもない。


響いているのは、暗い岩天井から落ちる水滴の音だけだった。


カイデン・アークライトはゆっくりと顔を上げる。


「……」


この通路は、上層よりもはるかに狭い。


背後では、落ちてきた場所が巨大な岩塊によって完全に塞がれていた。


そして前方には――


闇の奥へと続く一本の長い通路だけが伸びている。


「カイデン」


エレナ・ヴォスの声が静寂を破った。


その視線は数メートル先へ向けられている。


「誰かいる」


返事を待たず、エレナ・ヴォスは石壁にもたれかかる人影へ駆け寄った。


カイデン・アークライトもすぐに後を追う。


近づいてみると――


そこには、一人の冒険者風の男が壁にもたれたまま座り込んでいた。


全身の衣服は、土埃にまみれていた。


革鎧はところどころ裂けていた。


顔や腕の皮膚には、すでに乾き始めた無数の傷が刻まれている。


男はうつむいたまま、ほとんど身じろぎ一つしなかった。


エレナ・ヴォスはその前にしゃがみ込む。


「おい」


「しっかりしろ」


返事はない。


数歩遅れて到着したカイデン・アークライトは、ためらうことなく片膝をついた。


二本の指を男の首筋に当てる。


脈は――


まだある。


弱い。


あまりにも弱々しい。


カイデン・アークライトは男の肩をそっと支え、少しだけ体を起こした。


「聞こえるか?」


「名前を教えてくれ」


「意識を保つんだ」


反応は返ってこない。


カイデン・アークライトはもう一度声をかけた。


「聞いてくれ」


「俺たちはルーメン・ハイム魔法学院・特別調査部門の人間だ」


「この場所を調査するために来た」


ゆっくりと――


男のまぶたが微かに震えた。


薄く開いた瞳には、焦点が定まっていない。


目の前にいる相手さえ、もう見えていないかのようだった。


乾いた唇がわずかに動く。


かすれた声は、今にも消え入りそうだった。


「……塞げ……」


カイデン・アークライトは少し身を乗り出す。


「何だ?」


男は重苦しい息をひとつ吐いた。


「……塞げ……」


「……耳を……」


沈黙。


その体から力が抜け落ちていく。


頭が再び力なく垂れた。


最後の息がゆっくりと唇からこぼれる。


そして――


それきり動くことはなかった。


エレナ・ヴォスは静かに目を伏せる。


「……もう、逝ったわ」


カイデン・アークライトはしばらく黙ったまま、男の遺体を見つめていた。


傷は新しいものではない。


衣服を覆う土埃。


乾ききった唇。


そして極度に衰弱した身体。


そこから導き出される答えは一つだった。


「……この場所に、何日も閉じ込められていたんだろう」


エレナ・ヴォスも周囲を見回す。


「でも、おかしいわ」


「出口があるなら……」


「……どうして探さなかったの?」


カイデン・アークライトは立ち上がった。


視線を通路の先へ向ける。


背後には、落石が通路を完全に塞いでいた。


左右を見ても――


分かれ道はない。


隠し通路らしき隙間も見当たらない。


あるのは、闇の奥へと続く一本の通路だけだった。


「あの爆発は……」


「……偶然じゃない」


エレナ・ヴォスは静かに頷く。


「最初から私たちをここへ落とすつもりだったのね」


カイデン・アークライトは、壁にもたれた冒険者の亡骸へもう一度目を向けた。


「だが――」


「ここを意図的に隠していたってことは……」


「……見つけられたくない何かがあるということだ」


男の体を静かに壁へもたれさせる。


まぶたをそっと閉じると、ゆっくりと立ち上がった。


その掌の上に、半透明の青い光のキューブが次々と現れる。


キューブは高速で回転しながら組み上がり、小さなプリズム型ドローンへと姿を変え、目の前に静かに浮かび上がった。


ブゥゥン……


ドローン中央の青い光が灯る。


細いエネルギーラインが幾重にも伸び、周囲に円形のホログラムを展開した。


「通信接続を開始します――」


ドローンの合成音声が静かに響く。


《シグナルを捕捉しました》


《対象との接続を確立しました》


しばらくして――


ドローンの向こうから、聞き慣れた低い声が流れてくる。


「……カイデン?」


最初に聞こえたのはローワン・ハースの声だった。


続いて、さらに柔らかな声が重なる。


「ようやく通信を入れてくれたのね」


リサンドラ・ヴェイルの声は落ち着いていた。


それでも、その奥には隠しきれない疲労がわずかに滲んでいる。


カイデン・アークライトは小さく息をついた。


「そっちはどうだ?」


ローワン・ハースが先に答える。


「俺たちは二十階層から六十階層まで調査した」


「通過したアゼンティナム・レルムは、どこも正常だった」


「異常なレゾナンスは確認できない」


「儀式の痕跡もない」


「このダンジョンで噂されていた現象も、一つとして見つからなかった」


しばし沈黙が流れる。


小さく息を吐く音が聞こえた。


今度はリサンドラ・ヴェイルが口を開く。


「私たちがずっとやっていたのは、レルムを移動して、モンスターを倒して、また次のレルムへ向かうことだけ」


「全部が……無駄だったように思えてくるわ」


「今回の調査情報そのものが間違っていたんじゃないかって、本気で疑い始めてるくらい」


少し間を置き、わずかに不満を滲ませた声で続けた。


「このままなら、こんなふうに当てもなく歩き回るより、図書館に戻っていたほうがまだ有意義よ」


その愚痴を聞いて、エレナ・ヴォスは思わず口元をわずかに緩めた。


一方で、ローワン・ハースが話を戻す。


「それで?」


「急に通信を入れた理由は何だ?」


「何か見つけたのか?」


カイデン・アークライトは暗い通路の奥へ目を向けた。


「……見つけた、と言っていいだろう」


「ある人物を追っていたところ、俺とエレナは爆薬で罠にはめられた」


「調査地図にも載っていない通路へ落とされたんだ」


「しかも、後ろの出口は崩落で完全に塞がれている」


視線が壁にもたれた冒険者の遺体へ移る。


「ここへ来てすぐ……」


「……一人の冒険者を見つけた」


「状態から見て、おそらく何日もここに閉じ込められていたんだろう」


「死ぬ直前に……」


「……二つだけ言葉を残した」


カイデン・アークライトは一瞬言葉を切る。


「それで?」


ローワン・ハースの声が低くなる。


カイデン・アークライトはまっすぐ前を見据えた。


「『耳を塞げ』――そう言った」


その瞬間、通信回線は静まり返った。


誰一人として口を開かないまま、数秒が過ぎる。


やがて、カイデン・アークライトが沈黙を破った。


「警告の意味は、まだわからない」


「だが、一つだけ確かなことがある」


その眼差しが鋭さを帯びる。


「……間違いない」


「こここそが、奴らがずっと隠し続けてきた場所だ」


再び、狭い通路を静寂が支配した。


空中に浮かぶドローンの微かな駆動音だけが、その場に響いている。


最初に口を開いたのはローワン・ハースだった。


「……よし」


声は落ち着いたままだ。


「少なくとも、これで調査の進むべき方向は見えた」


一拍置いてから続ける。


「なら、すぐに合流して――」


「だから最初から言っていたでしょう?」


ローワン・ハースの言葉を遮るように、リサンドラ・ヴェイルが口を挟んだ。


柔らかな口調は変わらない。


それでも、その奥にはわずかな不満が滲んでいる。


「最初からヴィナたちと一緒に行動していれば……」


「……みんなでその場所を見つけられたかもしれなかったのに」


小さく息をつく。


「何時間もレルムを渡り歩いて」


「数え切れないほどのモンスターと戦って」


「その結果が――」


「……何もなし、なんて」


エレナ・ヴォスはちらりとカイデン・アークライトを見た。


口元には、かすかな笑みが浮かぶ。


彼がどんな反応をするのか、もう想像がついていた。


案の定だった。


カイデン・アークライトはしばらく黙っていたが、やがて静かに口を開く。


「……悪かった」


その謝罪に言い訳はなかった。


自分を正当化しようとする様子もない。


「調査ルートを分けると決めたのは俺だ」


「考えは単純だった」


「同時に調べられる範囲が広ければ――」


「……それだけ早く異変の発生源へ辿り着けると思った」


再び視線を暗い通路の奥へ向ける。


「だが……」


「……この場所がヴィナたちのルート上にあると断言できたわけじゃない」


「それに――」


「俺はまだ、案内役としての二人の実力を十分に把握していなかった」


「だから、別行動を選んだ」


ドローンの向こうから、小さなため息が聞こえる。


「……まあ、いいわ」


リサンドラ・ヴェイルの口調は少し和らいでいた。


「今回はあなたの読みが当たっていたもの」


「そうじゃなかったら……」


「……失った休憩時間を全部請求していたところよ」


エレナ・ヴォスは思わず小さく笑みをこぼした。


「あなた、いつも休憩時間のことで文句を言ってるじゃない」


「それとは別よ」


リサンドラ・ヴェイルは間髪入れずに答える。


「本を読んで夜更かしするのは、自分でそうしているだけ」


「でも、こんなふうに成果もなく歩き回るのは……」


「……さすがに疲れるわ」


ローワン・ハースが軽く咳払いをした。


「その話はここまでだ」


「続きは合流してからにしよう」


カイデン・アークライトは小さく頷く。


「今から座標を送る」


ドローンへ向かって手をかざした。


幾重もの青いホログラムが目の前に展開される。


無数の座標データが空間を埋め尽くした。


カイデン・アークライトの指先が光のパネルを素早く走る。


《現在位置をマッピングしました》


《同期を開始します》


ドローンの青い光がさらに強く輝いた。


一筋のエネルギーがコアから伸び、そのまま空間へ溶けるように消えていく。


「完了」


「座標は送信した」


それから数秒後――


何もない空間が突如として揺らぎ始めた。


青白い亀裂が空中へゆっくりと走る。


ギギギ……


亀裂はさらに大きく広がっていく。


その向こうには、無数の星々が散りばめられたような蒼い光景が広がっていた。


まるで現実そのものが無理やり引き裂かれているかのように。


エレナ・ヴォスは一歩後ろへ下がる。


「ようやくね……」


カイデン・アークライトは黙ったまま、その光景を見つめ続ける。


やがて――


最初の人影が亀裂の向こうから姿を現した。


長身の男が落ち着いた足取りで歩み出る。


古い青銅色の積層鎧が全身を覆い、白い縁取りの入った深緑のマントが膝裏まで垂れていた。


左手には、凧形の大盾がしっかりと握られている。


少し乱れた濃い茶髪とは対照的に、その眼差しはいつもと変わらず静かだった。


ローワン・ハースは通路をひと目見回す。


「……ここは」


「……今までとはまるで違うな」


さらに歩みを進めようとした、その時――


白い手が亀裂の中から静かに伸びてきた。


掌の上では、青紫色の魔法陣がゆっくりと回転している。


小さな星々がその軌道を優雅に巡っていた。


やがて、一人の女性が優雅な足取りで姿を現す。


濃紺の布を合わせた白いロングドレスが、歩みに合わせて静かに揺れた。


紫がかった黒髪は腰を越えて流れ、金色の星形の装飾が控えめに煌めいている。


頭には、衣装と調和した金と紫の装飾が施された白い魔女帽子。


両足が石床に降り立つと同時に、掌の魔法陣は静かに消えていった。


二人の背後で空間の裂け目もゆっくりと閉じる。


まるで最初から存在しなかったかのように。


リサンドラ・ヴェイルは帽子のつばを軽く整え、小さく息を吐いた。


「悪くないわね」


紫色の瞳が狭い通路をゆっくりと見渡す。


「あれだけ歩き回って……」


「……ようやく正しい場所へ辿り着けたみたい」


カイデン・アークライトは静かに頷いた。


「ようこそ」


その視線は再び、遥か先まで続く暗い通路へ向けられる。


「ここから先が――」


「……本当の調査の始まりだ」

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