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第六十三話

エレナは静かに息を吐いた。


目の前の石造りの通路――先ほどまで通常のカニバルだけがひしめいていたその場所が、再び耳をつんざくような鋭い咆哮に震える。


その声は、上から響いてきた。


二体の細身な影が、巨大な蜘蛛のように通路の壁へ身を低く這わせている。全身を黒い鱗で覆われたその姿はブルートよりもはるかに細身だったが、異様に長い後ろ脚のせいで、不気味な体躯がいっそう際立っていた。両腕から伸びた鋭い鉤爪が石壁を引っかき、砕けた石片をぱらぱらと散らす。


リーパー・カニバル


二体の赤い瞳が、ほとんど同時に妖しく輝いた。


「ギシャアアアッ!!」


何の前触れもなく、一体が壁を力いっぱい蹴る。


矢のような速度で一直線に飛び出し、大きく開いた鉤爪がエレナの喉元へ襲いかかった。


だが、エレナは微動だにしない。


白銀の剣を、ほんのわずか持ち上げただけだった。


――キィンッ!!


振り下ろされた長い鉤爪は剣身に弾かれ、そのまま横へと逸らされる。硬質な爪と金属がぶつかり合う甲高い音が、通路の奥まで響き渡った。


しかし、一体目が着地するよりも早く――


二体目はすでに動いていた。


エレナの背後にできた死角を突き、反対側の壁から跳躍する。狙うのは、その背中。


それでもエレナは振り向かない。


視線は正面に据えたまま。


動いたのは手首だけだった。


剣先が肩越しに滑るように回り込み、そのまま背後へ。


――キィンッ!!


二撃目もまた、難なく受け止められる。


剣先は寸分違わず怪物の両爪とぶつかり合い、その軌道を封じた。まるで相手が動き出す前から、その一撃の行方を見抜いていたかのような正確さだった。


リーパーの目が、一瞬だけ大きく見開かれる。


「読みやすすぎる。」


エレナの声はどこまでも平坦だった。


しなやかに身をひるがえしながら相手の鉤爪を外へ流す。


均衡を崩した細身の身体が大きく揺らいだ。


その隙を逃さず、一歩踏み込む。


――ザシュッ。


白い軌跡が一閃する。


着地したばかりの一体は肩口から脇腹まで斜めに切り裂かれ、鮮血を噴き上げながら石床へ崩れ落ちた。


もう一体が怒りの咆哮を上げる。


今度はさらに高く跳び上がり、頭上から襲いかかろうとした。


対するエレナは、静かに腰を落とす。


怪物がちょうど頭上を通過した、その瞬間――


――シュンッ!!


剣が下から上へと、淀みなく振り抜かれた。


リーパーはなお数メートル宙を飛び続けたが、エレナの背後へ着地した瞬間、その身体は真っ二つに裂ける。


二つに分かれた亡骸が、時間差で石床へ落ちた。


ドサッ。


ドサッ。


エレナは、まだ大きく息をつく暇すらない。


再び重々しい振動が足元を揺らし、小石が床の上で跳ねる。


「ゴォォォォォッ!!」


先ほどとは比べものにならないほど荒々しい回転音が、正面から迫ってきた。


カニバル・ブルートが、縦に高速回転しながら一直線に突進してくる。


全身を覆う分厚い鱗は互いに噛み合い、巨大なドリルさながらの防御形態を作り上げていた。その猛烈な回転は空気を切り裂き、退避の遅れた仲間のカニバルすら容赦なく粉砕していく。


エレナは剣を正面へ構えた。


――ガァァン!!


轟音が通路いっぱいに響き渡る。


黒い鱗と白銀の刃が激しく擦れ合い、無数の火花が四方へ散った。


ブルートはなおも回転しながら押し込み続けるが、エレナの両足は石床へ根を張ったように微動だにしない。


耳障りな摩擦音が通路を満たす。


鱗の奥から、ブルートが低く唸った。


「……」


エレナは剣を握る手に、ほんの少しだけ力を込める。


そして腰から短く力を伝えた。


――ドンッ。


回転していたブルートは一瞬で推進力を失い、その巨体ごと後方へ吹き飛ばされる。


轟音とともに通路の壁へ激突し、ようやく回転が止まった。


噛み合っていた鱗がゆっくりと開き、本来の姿を現す。


幾重にも重なった岩のような鱗に全身を覆われた、前かがみの巨大な体躯。短く太い両腕がその莫大な重量を支え、鱗の隙間からは、火山岩の奥で燻る熾火のような赤い光が脈打っていた。


「……一体だけ?」


その考えが頭をよぎった瞬間――


エレナの本能が、思考よりも先に反応する。


即座に右へ視線を向けた。


そこには、もう一体のブルート。


短く太い腕が、岩をも砕く勢いで横薙ぎに振るわれる。


エレナは半歩だけ身体を流した。


一撃は髪先をかすめるだけで通り過ぎた。


まだ体勢を立て直す前に――


「ゴォォォォォッ!!」


今度は背後から、再び轟く回転音。


三体目のブルート。


縦回転のまま一直線に突っ込んでくる。


エレナは剣を反転させる。


――ガァン!!


激突。


だが今度は受け止め続けない。


刃をわずかに滑らせ、衝突する角度だけを変える。


その瞬間、ブルートの回転軌道は大きく逸れた。


巨体は横へ弾き飛ばされ、通路の壁へ激突する。砕けた岩塊が激しく降り注いだ。


エレナは小さく息を吐く。


「……一体だけかと思った。」


視線が三方向を静かに見渡す。


「三体いたのね。」


その言葉が終わるより早く、三体のブルートの隙間を埋めるように、通常のカニバルたちが再び押し寄せてきた。


数十体もの怪物が獰猛な唸り声を上げながら駆けてくる。


エレナは一歩踏み出した。


剣が軽やかに閃く。


――ザシュッ。


一体の首が宙を舞う。


そのまま流れるような返しの一閃で、別のカニバルの胸が深々と切り裂かれた。


――シュッ。


横合いから飛びかかった一体は、着地することもできず真っ二つになる。


歩みを止めることなく、剣先は次の怪物の頭蓋を正確に貫き、そのまま滑らかに引き抜かれた。


エレナの周囲では、カニバルたちの亡骸が次々と石床へ崩れ落ちていった。


しかし、三体のブルートは息をつく暇すら与えなかった。


「ゴォォォォォッ!!」


一体が正面から突進する。


――キィンッ!!


弾き返す。


次の瞬間、左上から別の回転突撃が襲いかかる。


エレナは軽く跳び退いた。


巨大な身体は石床へ激突し、長い亀裂を走らせる。


舞い上がった土煙が落ちきるよりも早く――


最後の一体が背後へ回り込んでいた。


――ガァン!!


再び剣がその軌道を逸らし、ブルートは数メートル先まで滑るように吹き飛ばされる。


通路を見下ろせば、その光景はまるで一つの舞のようだった。


長い髪をなびかせる少女は、ほとんど同じ場所から動かない。


その周囲を三体のブルートが絶え間なく回転しながら巡り、正面、背後、左右、さらには石壁を跳ね返って軌道を変えながら、次々と襲いかかってくる。


その激突の合間を縫うように、通常のカニバルたちも絶え間なく殺到していた。


エレナは少しも焦ることなく動く。


一歩。


一回転。


一閃。


剣の間合いへ踏み込んだ怪物は、服の裾に触れることすら叶わず、その場へ崩れ落ちていく。


戦いのリズムは、終始変わらない。


静かで。


正確。


まるで、幾千幾万と繰り返してきた鍛錬を、ただなぞっているだけのようだった。


そして――


三体のブルートが、ほぼ同時に動きを止める。


咆哮が通路いっぱいに響き渡った。


次の瞬間。


「ゴォォォォォォッ!!」


三体が同時に、同じ方向から突進した。


縦回転する三つの巨体が一つの破壊の奔流となり、通路の幅いっぱいを埋め尽くす。


エレナは静かに息を吸った。


両手で剣を握る力が、わずかに強まる。


――ガガァァァン!!


凄まじい衝撃が通路全体を震わせた。


白銀の刃は、三体のブルートを同時に受け止めている。


火花が激しく飛び散り、視界を埋め尽くす。


怪物たちの凶暴な回転はなおも止まることなく、容赦なく押し込んでくる。


エレナはわずかに眉を寄せた。


「……悪くない。」


その声は、金属と鱗が擦れ合う轟音にかき消されそうなほど小さい。


「……でも。」


瞳が鋭く細められる。


ほんの一瞬。


圧力への応じ方が変わった。


受け止めるのではない。


押し返す。


――ドンッ!!


剣の一振りから爆発的な力が解き放たれる。


三体のブルートは一斉に回転を失った。


その巨体は数メートル宙へ浮き上がり、互いに噛み合っていた鱗がゆっくりと開いていく。


厚い防御の内側に隠されていた、柔らかな肉が露わになった。


時間が、ゆっくりと流れ始める。


三体がなお空中へ浮かぶ中――


エレナはすでに駆け出していた。


青い閃光が走る。


――シュンッ!!


蒼炎を纏う一閃が、斜めに走った。


その光が消えるよりも早く――


――シュンッ!!


二撃目が、その軌跡を十字に切り裂く。


二本の蒼い光が、宙に輝く十字を描き出し、なお浮かぶ三体のブルートの前に一瞬だけ留まった。


束の間――


すべてが静止する。


そして、時間が再び動き出した。


――ゴォォォッ!!


十字を描いた蒼炎の斬撃が、一瞬で駆け抜ける。


三体のブルートを、同時に呑み込んだ。


そして――


――ドォォォォン!!


凄まじい爆発が通路全体を揺るがす。


蒼い炎が石壁をなめるように駆け抜け、三体のブルートははるか前方まで吹き飛ばされた。


巨大な身体は凄まじい勢いで通路の壁へ叩きつけられ、そのまま通路の奥を埋め尽くす蒼炎の中へ飲み込まれていく。


なおも青い炎は燃え続ける。


壁へ激突した三体のカニバル・ブルートは、ゆっくりと動きを失っていった。


重なり合う鱗の隙間へ亀裂が走り、それは全身へと広がっていく。


やがて一体、また一体と巨体が崩れ落ち、その重い衝撃音が洞窟の奥深くまで響き渡った。


だが――


静寂は訪れない。


幾重もの唸り声が、再び通路を満たしていく。


黒い影が岩の隙間から次々と姿を現した。


通常のカニバルは途切れることなく駆け寄り、リーパーは再び壁を這い回る。


さらに数体は洞窟の天井から羽ばたきとともに舞い降り、その羽音が空気を激しく震わせた。


そして遠くでは、新たなブルートたちが、広がりつつある通路へ巨体を無理やり押し込みながら進んでくる姿まで見える。


その数は――


先ほどよりも、はるかに多い。


倒しても倒しても、そのたびに新たな波が押し寄せてくる。


まるで終わりというものが存在しないかのように。


エレナは静かに正面を見据えた。


その表情は、なおも穏やかなまま。


だが今度は、剣を握る右手にわずかな変化が生まれる。


それまでの握りは、戦いの流れへ自然に合わせられるよう、どこか柔らかさを残していた。


しかし今は違う。


指先が、柄を確かな力で握り締める。


白くなった指の関節が、静かに力を宿していた。


もう、無駄な動きが入り込む余地はなかった。


一歩、踏み出す。


両足を肩幅に開き、


わずかに腰を落とす。


重心がゆっくりと沈み込み、足裏から大地と一体になる。


そして――


白銀の剣が静かに持ち上げられ、頭の横まで届く。


切っ先は正面を向いていない。


わずかに左へ傾けられたその構えは、右上から左下へ振り下ろす一太刀のためのもの。


一見すれば単純。


だが、その一撃は紛れもなく必殺だった。


静寂。


カニバルの群れはなおも迫る。


足音。


唸り声。


石床を叩く鉤爪の音。


それらが通路いっぱいに満ちていた。


次の瞬間――


――ボォォォォッ!!


濃紺の炎が剣身に沿って一気に噴き上がる。


その炎は、ただ白銀の刃を包み込むだけではない。


刃の軌跡に沿って重々しく渦を巻きながら燃え上がり、放たれる熱が周囲の空気を揺らしていた。


蒼い光がエレナの横顔を静かに照らす。


その瞳はなお冷たく。


迫り来る怪物の群れから、一瞬たりとも逸れない。


エレナは静かに息を吸った。


「……一太刀。」


囁くような声。


それでも、その言葉は戦場の喧騒の中で不思議なほど鮮明に響いた。


「この道を選んだ魂を終わらせるには――」


剣身を包む蒼炎がさらに膨れ上がる。


「――これで十分。」


言葉が終わると同時に、前へ踏み込む小さな一歩。


一息のうちに――


――シュンッ!!


剣が振り下ろされた。


右上から左下へ。


無駄のない、美しい斜めの一閃。


力任せでもなければ、大きく身体を捻ることもない。


ただ、それだけ。


だが。


剣の軌跡が結ばれた、その瞬間――


――ゴォォォォォォォッ!!


刃の先端から、巨大な蒼炎の斬撃が解き放たれた。


その幅は通路のほぼすべてを埋め尽くし、


一直線に闇を貫いて駆け抜ける。


まるで世界そのものを両断するかのように。


斬撃は爆ぜない。


止まることもない。


ただ前へ、前へと進み続ける。


最初に触れたカニバルは悲鳴を上げる暇すらなく、


その身体は一瞬で黒い灰へと変わった。


その後ろでも――


数十。


数百。


同じ運命が連鎖していく。


進路を塞ごうとしたカニバル・ブルートは、重なり合った鱗を一枚、また一枚と焼き砕かれ、やがて巨体ごと蒼炎に飲み込まれ、跡形もなく消え去った。


壁から飛びかかったリーパーも、標的へ届くより早く黒い影へと崩れ、そのまま灰となって散っていく。


空高く舞っていた個体も逃れられない。


その軌道へ踏み入れた瞬間、


最初に焼き尽くされたのは翼だった。


そして次の瞬間には全身が蒼炎へ呑み込まれ、


容赦なく消滅していく。


まるで、その一撃そのものが絶対の法となったかのように。


何であろうと。


誰であろうと。


その道へ踏み込んだ瞬間――


迎える結末は、ただ一つ。


死。


濃紺の炎は通路の果てまで駆け抜け――


直後。


――ドォォォォォォォン!!


凄まじい爆発が洞窟全体を揺るがした。


斬撃の軌跡に沿って石壁が次々と亀裂を走らせ、やがて真っ二つに裂ける。


家ほどもある巨岩が四方へ吹き飛び、それまで厚い岩盤に閉ざされていた空間が次々と姿を現した。


それでも通路は崩れない。


むしろ――


以前よりもはるかに広大な道へと変わっていた。


灼熱の熱波が四方へ吹き荒れる。


蒼い炎は斬撃の軌跡をなぞるように石壁を伝い、床を走り、散乱した岩塊までも燃やし続ける。


濃く。


深く。


決して消えようとはしない。


なおもその道を突破しようとするカニバルは、足を踏み入れた瞬間に蒼炎へ呑まれ、数秒と経たず灰となって消えていった。


やがて――


怪物たちの唸り声で満ちていた通路は、静寂に包まれる。


残されたのは、破壊の軌跡に沿って揺らめく蒼い炎だけ。


その淡く昏い光が、洞窟を静かに照らしていた。


エレナはゆっくりと息を吐く。


剣身を包んでいた蒼炎が、少しずつその輝きを失っていく。


剣を下ろす動作もまた、構えた時と同じように静かだった。


勝利を誇る笑みはない。


満足げな表情もない。


彼女にとっては――


ただ、剣をもう一度振るっただけに過ぎない。


一方、その通路の反対側では――


カイデンがなお歩みを止めることなく、いまだ燃え続ける蒼炎の明かりの中を進んでいた。


両脇には二基のオートノマス・コンバット・タレット。


絶え間なく回転する砲身からは蒼いエネルギー弾が流星雨のように降り注ぎ、射程へ踏み込んだカニバルを一体残らず消し去っていく。


二基のタレットによる連続射撃の合間にも、


カイデンの手に握られたエネルギーピストルは絶え間なく火を噴いていた。


――ズシュッ。


一体のカニバルが青いデータキューブとなって砕け散る。


――ズシュッ。


洞窟の天井から舞い降りたばかりのリーパーは、頭部を撃ち抜かれ、そのまま全身がデータへと分解されて消滅した。


――ズシュッ。


壁から跳びかかったリーパーも、鉤爪を振るうより早くエネルギー弾が胸を貫き、その身体は崩壊していく。


だが――


倒しても、


倒しても、


新たな怪物が現れる。


唸り声は絶えることなく通路を満たし、その数が減っている気配はまるでなかった。


数メートル後方では――


ヴィナとロッキーが、カイデンのドローンによって展開された透明なバリアの中へ身を寄せている。


「ま、まだ終わらないのか……?」


息を荒げながら、ロッキーが呟いた。


ヴィナは小さく唇を噛む。


視線は、通路の両側で戦い続けるカイデンとエレナの姿を追い続けていた。


その時――


「ギシャアアアアッ!!」


一体のリーパーが壁の上から跳びかかる。


細長い身体は、そのままバリアの正面へ着地した。


――ドォン!!


両腕の鉤爪が障壁へ叩きつけられる。


しかし、表面にはひび一つ入らない。


怪物は苛立ったように咆哮した。


――ガガガガガッ!!


長い鉤爪がエネルギーキューブの表面を何度も引き裂こうと擦り続ける。


「きゃっ!」


「こ、こっちに来るつもり!?」


ヴィナとロッキーは反射的に数歩後ずさった。


怪物はさらに両腕を大きく振り上げる。


その直後――


動きが止まった。


全身がぴたりと静止する。


「……え?」


ほんの一瞬後。


――ザシュッ。


肩から脇腹へ、細い斬線が浮かび上がる。


怪物の身体はゆっくりとずれ、


そのまま真っ二つに裂けた。


二つの肉塊が重々しい音を立てて石床へ落ち、


次の瞬間には無数の青いデータキューブとなって宙へ散っていく。


ヴィナは目を見開いた。


「今の……」


ロッキーは思わず前方へ視線を向ける。


その先では――


カイデンは二人を振り返ることすらなかった。


エネルギーピストルはなお別の怪物へ向けられ、先ほどリーパーを両断した一撃も、数ある射撃の一つに過ぎなかったかのように淡々と戦い続けている。


――ズシュッ。


――ズシュッ。


――ズシュッ。


さらに三体のカニバルが倒れた。


カイデンは、なお怪物で埋め尽くされた通路を見渡す。


(まだ湧き続けているか……)


(このままじゃ、戦闘が長引くだけだ。)


静かにエネルギーピストルを下ろす。


(ヴィナとロッキーにも、もう十分見せただろう。)


カイデンはゆっくりと息を吐いた。


(……もう手加減は必要ない。)


左手を持ち上げる。


掌を前へ向けた、その瞬間――


無数の蒼い光粒子が掌の上へ現れた。


粒子同士が結びつき、立体的なデータラインを描き出していく。


ブループリント。


幾重もの機械設計図が、空中で一層ずつ組み上がっていく。


四本の支持脚。


メインフレーム。


三門のエミッター砲身。


武装全体が、半透明の蒼いホログラムとして静かに回転していた。


カイデンはそれを一瞥すると、


静かに拳を握る。


「……KDT-03。」


「トライデント。」


ブループリントが眩い光を放つ。


――ウォォォン!!


巨大な透明データキューブが次々と出現した。


それらは自律的に動き始め、


まるでデジタル構造材のように互いを組み合わせていく。


一つ。


十。


百。


巨大な骨格が徐々に形を成し、


やがて実体へと変換されていった。


最初に四本の機械脚が石床へ降り立つ。


――ドン。


――ドン。


――ドン。


――ドン。


続いて主機構が組み上がる。


黒銀色の金属装甲がデータキューブの中から次々と現れ、重厚な駆動音を響かせながら噛み合っていく。


その前面には――


三本の長大なエミッター砲身。


巨大な三本の槍のように一直線に並び、正面を静かに見据えていた。


わずか数秒後。


すべての光のキューブが消え去る。


そこに残っていたのは、高さ三メートル近い一基のAutonomous Heavy Beam Cannon Turret。


四本の機械脚で大地を踏みしめ、堂々とそびえ立っていた。


機体各部の蒼いランプが、一つ、また一つと点灯していく。


カイデンは鋭く前方を見据える。


「前方の全目標を優先排除。」


その命令に、


タレットは即座に応答した。


《Command received.》


無機質な合成音声が静かに響く。


《Priority updated: Total target annihilation.》


《Recharge on.》


タレット側面にホログラムのエネルギーパネルが展開された。


ENERGY CORE


03%


07%


18%


数値は途切れることなく上昇していく。


それと同時に、前方へ並ぶ三基のエミッターがゆっくりと回転を始めた。


徐々に。


さらに速く。


「ウゥゥゥゥン……」


蒼い光がコアの内部を満たしていく。


その輝きはやがて純白へと変わり、さらに紫を帯びながら、一つの極小点へ向かって圧縮されていった。


周囲の空気が震え始める。


砲口の前方には、半透明のデータリングが一つずつ展開された。


一つ目。


二つ目。


三つ目。


四つ目。


五つ目。


それぞれ異なる速度で回転しながら、圧縮され続けるエネルギーの軌道を精密に同期させていく。


エネルギーパネルの数値が、ついに最後まで到達した。


100%


《Energy convergence complete.》


《Trajectory calculation complete.》


カイデンは左腕を静かに前へ伸ばす。


開かれた掌の先には、怪物で埋め尽くされた通路。


その眼差しは、どこまでも冷静だった。


「……ヘビー・ビーム・キャノン。」


一瞬の静寂。


「――Engage。」


――ブォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!


トライデントの三門のエミッターから、巨大な光の奔流が炸裂した。


中心では純白の閃光が眩く輝き、その周囲を濃紺のエネルギーが高速で螺旋を描いて包み込む。


さらに桃色の稲妻が奔流の表面を荒れ狂うように駆け巡り、通路全体を巨大なエネルギーの嵐へと変えていた。


その光に触れたものは――


すべて消滅する。


通常のカニバルは悲鳴を上げる暇もなく消え失せ、


跳躍中のリーパーは光となって分解され、


空を飛ぶ個体もまとめて薙ぎ払われた。


分厚い鱗で身を守るカニバル・ブルートでさえ、ほんの刹那だけ耐えた後、その巨体はデータの破片となって砕け散る。


光の奔流は止まらない。


幾重もの通路を貫き、


岩盤を粉砕し、


地下洞窟を遥か彼方まで一直線に切り裂いていく。


――ドゴォォォォォォォン!!


地下界全体が激しく揺れた。


凄まじい震動は幾重もの空間を突き抜け、


その波は次元の境界さえ越えていく。


アストラヴェル。


ある商業施設の一角。


ケイルはカエラとともに宝飾店のショーケースの前に立ち、シルヴィアは陳列台の近くでアクセサリーを選んでいた。


その時――


――ゴゴゴゴゴゴゴッ!!


床が激しく揺れる。


クリスタルの展示品が震え、


いくつものジュエリーケースが棚から落ちた。


「なっ!?」


店員の一人が慌てて声を上げる。


「じ、地震!?」


シルヴィアは反射的にしゃがみ込み、頭を抱えた。


「ど、どうして急に地震が!?」


カエラはゆっくりと顔を上げ、わずかに眉を寄せる。


「……これは。」


ケイルも店の外へ視線を向けた。


揺れは長くは続かなかった。


それでも建物全体を震わせるには十分な強さだった。


その視線はゆっくりと、アストラヴェルの空へ向けられる。


「……どこからだ?」

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